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義弟と入学の日

 五年前の山火事を無事おさめた褒美にと、父が王都に賜った邸宅の使用人の数は少ない。


 だが元々辺境で暮らしていたフィオレンツァにとっては、それは然したる問題ではなかった。


 フィオレンツァの髪を整えてくれたメイドは家令によばれ、忙しなく部屋を後にした。きっと馬車の準備やら何やらの手伝いに呼ばれたのだろう。


 部屋に一人残され、姿見に写る自らの姿に息を吐く。


 繊細なレースの大襟のついた、深い青を織り込んだ紺の生地のミモレ丈のフレアワンピース。袖口の金の飾りボタンには王立学園の紋章が入っている。袖口を持ち上げて紋章を見つめる。




「遂にこの日が来たのね」




 胸に浮かんだ言葉は、思わず声になっていた。


 そのまま視線をあげると、右手の甲の火傷の痕が目に入る。幸いなことに瘢痕ではなく、花弁のように斑な痣となって残っているそれを隠すように制服合わせて仕立てたレースの手袋に手を通す。


 すると示し会わせたように部屋のドアがノックされた。




「お嬢様、馬車の準備ができました」


「今行くわ」




 促されるまま踊り場へ出ると、階下には同じ紺の生地で仕立てたジャケットに身を包んだ栗色の髪の少年が立っている。


 彼はフィオレンツァの姿を捉え、嬉しそうにはにかんだ。




「義姉さん、よく似合ってるよ」


「ラディーこそ」




 義弟にエスコートされ、馬車に乗り込むと、馬車は一定のリズムを刻みながら、石畳の道を走り始めた。




 ルピナデメテの王都は、王城を中心に放射線情に広がっている。


 白い石造りの城には蒼い装飾を施した尖塔がいくつも建っている。城の周りを囲むよ水のはられた堀を回り込むように馬車で走り、屋敷から見た城を挟んだ反対側にルピナデメテ王立学園は存在した。




 ルピナデメテは、女神の名前に由来している。


 まだ神々がヒトの身近にあったずっとずっと昔、この世を作った四人の神々がいた。


 その中の一人が女神ルピメーテ。


 太陽の光を反射させキラキラ光る清流を思わせるプラチナの豊かな髪と、崖に咲く花のように可憐ながら力強い光を宿した深紫の瞳をもつ美しい女神だったという。


 彼女に焦がれるものは多かった。神々の中にすら、彼女に情を抱くものさえいたという。そんな彼女はある時、人間の男と恋に落ちた。男と暮らすため神々のもとを去った彼女は、男と二人穏やかな日々を送っていた。だが、その日々は長くは続かなかった。彼女に情を抱く神がそれを許さなかったからだ。


 神の怒りをうけヒトの住む地に厄災が降りかかった。


 水が干上がり、草木が枯れ、多くの命が息絶えた。


 男はその有り様を嘆いた。自ら責めを負い、その命を神に捧げようとすらした。


 だが女神はそれを許さなかった。ヒトと交わった女神には、すでに単身でその厄災を退けるだけの力はない。


 けれど彼女がヒトのもとを去り、本来あるべき場所に戻ればやがて彼の神の怒りは静まるだろう。


 彼女は男に別れを告げ、神の地に戻った。


 その時別れを惜しんで彼女が流した涙が、ヒトの地に降り注ぎ、やがて芽吹き新たな命を産んだ。ルピナデメテはこうして豊かな地となった。彼女の力が宿った地で育った命を口にして、ヒトは育つ。


 女神の力を取り込んで、ヒトはマナと呼ばれる魔法を使うに至った。


 今ではその魔法は人々に浸透し、魔法を使えない人間はこの国にほとんどいないとさえ言われている。




 ほとんどというと、勿論僅かな例外もあるわけなのだがーー




「義姉さん、どうしたの?」




 扉を挟んで向かいに同乗していた義弟・ランディーが訝しげな声をあげた。


 膝の上で組んでいた手に思いの外力が入っていたらしい。




「やっぱり、気が重いの? だったら今からでも入学取り止める?」


「そんなこと、絶対するわけにはいかないわ!」




 確かに気が重い。なぜなら、フィオレンツァはその僅かな例外だからだ。幼い頃から使えるはずの力が使えなかった。


 領主の娘という身分に守られていたとはいえ、人口の少ない辺境領にあって人の口に戸は立てられない。


 人々は皆優しかったけれど、好奇の目で見られることがなかったわけではない。


 それでも領主である父や街の皆の役にたちたくて、いつか使える日が来るのだと信じていた時期もあった。


 五年前の干ばつに伴う山火事の日も、皆の役にたちたい一心だったのだ。けれど何もできなかった。それどころか、自分のせいでリアムは怪我を負ったのだ。助けられたあの日から、フィオレンツァの意識は3日3晩戻らなかった。ようやく意識を戻した頃には何もかも片付いた後だった。幸運にも山火事では死者はでなかったらしい。干ばつの調査が目的だった騎士団の姿もすでに辺境領にはなく、リアムも騎士団と共に姿を消していた。


 フィオレンツァは騎士団を見送った父に、リアムの火傷のことを尋ねたが、この件は忘れなさいの一点張りで、我が家ではあの事件の話は禁句になっている。


 無茶をした自覚もあるし、皆にたくさん迷惑も掛けた。


 父を恨んだ日もあったが、父はこれ以上フィオレンツァに何かを背負わせたくはなかったのだろう。


 だけど一目リアムに会ってお礼を言いたい。これ以上夢だけをみて、誰かに守られるだけの自分でいたくない。リアムの前で胸を張れる自分になりたい。


 例え魔法が使えなくても、皆の役に立つ方法はあるはずだ。


 そう決心してからは早かった。


 フィオレンツァは本を読み、父に教えを請い、勉学に励んだ。挫けそうになる時もあったが、山火事で両親をなくしたという同じ歳の少年を父が養子に迎えてからは、義弟であるランディーがライバルであり同志としてフィオレンツァを支えてくれた。


 五年前のあの日、山火事で死者はでなかったと聞いていたにも関わらず、ランディーの両親が山火事で死んだというのは、父には何か他に隠し事がありそうだけれど……。


 だかそれは、姉弟の仲には関係ないことだ。


 共に学んで、二人で今日という日を迎えられたのだから。




 義弟に目を向ければ、しゅんっと肩を落としている。




「ごめん、悪かったよ。義姉さんがどれだけこの日を待ち望んでいたのか、僕は知ってるのに。リアムさんの手掛かり見つかるといいね」




 王立学園は、元々は年頃になった貴族の子息や令嬢が通う学校だ。年齢にあわせて初等部、中等部、高等部と別れている。子息は交易や災害支援といった領地運営に関連した学問や、馬術や剣術といった武術を学び、令嬢に対しては領地運営の補佐に必要な知識はもちろん、淑女たるべき礼儀作法やダンスといった嗜みを学ぶための場でもある。


 ここ数十年の間には、諸外国の留学生の受け入れたり、民間にも門戸を開き、高位魔力を宿した民や従騎士を目指す者達を受け入れているが。


 多くの男子学生は在学中に騎士見習いとして、騎士団の仕事に関わっていく。


 あの年齢でリアムが騎士団と行動を共にしていたのならば、学園の関係者と考えるのが妥当だろう。


 魔法を使えない故に、これまで貴族の集まりを自分も父も敬遠していた。本来ならば貴族の末席であるフィオレンツァも初等部から入学していてもおかしくない学校だし、今までのフィオレンツァだったなら、たぶん入学しようとさえしなかっただろう。けれど、そこに彼の手掛かりがあるかもしれない。


 それを知ってしまったのだから、行かないわけにはいかない。


 これからのことを思うと、武者震いのように自然と体が震えた。


 心配したように覗きこんできた義弟の琥珀の瞳が目の前にある。




「大丈夫だよ、義姉さんには僕がついてるんだから」





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