俺の嫁ぇ
はじめてです。
目の前には、燃える建造物があった。その建物は、歴史的な価値があり世界遺産ともなっている美術館「国立東都美術館」であった。
国立東都美術館は日本の首都東京の大きな公園内に存在している。館内には国内外から集めた美術品が数千点あり、そのなかにはゴッホやピカソ。ロダンやギリシャ、ローマの彫刻。 有田焼や九谷焼といった焼き物。 刀や仏像、掛け軸・・・そのすべてが一流であり、そのすべてが特別であった。
火災の原因は不明だが、燃える東都美術館は皮肉にも美しい物であった。
炎は天に向かう龍のようで、向かっては消え向かっては消えを繰り返していた。
放つ光は宝石の輝きのそれで、暗い公園内を明るく照らしていた。
歴史あるものが失われる瞬間というのは皮肉にも美しい。
それはやはり、そこにある歴史はもちろん、人々の思いや愛というものが拍車をかけているのだろう。
その光景をボーッと眺めている人物がいた。その人物はパッつんパッつんなスーツに身を包んでいるおじさんだった。
彼はこの美術館の館長 岡田一心であった。その額には大粒の汗がいくつもあった。
岡田一心は現在42歳。体重は120キロ。身長は178センチと長身の方である。結婚は愚か、ある行為すらしたことはない。
だが、42歳で国立美術館の館長を務めている。美術への情熱は誰よりも負けない。そんな人物であった。
岡田視点に移る。
「ハッハッハッ」 犬のような呼吸。
心臓がバクバクとなっており、体が動かない。動かせない。
私の目の前には燃える東都美術館があった。
私はそれをただ観るしかない。
燃えてゆくのは、私の人生そのものだ。
幼い頃に今はもういない両親に連れてこられ、この美術館を見たときに「美」というものを感じた。東京というビルの森のなかにある「静」それがこの美術館だ。私は努力した。この美術館に勤めるためにそして私の嫁と一緒に居るために。
嫁は、作者不明の名作である。ヨーロッパはイギリスのとある民家で発見されたこの絵は発見当初、世界中で話題を呼んだ。
漆黒の背景。そしてその中心に描かれている女神。
モデルも描かれた時代も作者もわからないが世界中の誰もがその絵の虜となった。
腰まである銀髪。妖艶な笑顔。豊満な胸。美しいくびれ。艶目かしい太もも。白いふくらはぎ。あしぃー。
彼女のすべてが素晴らしかった。漆黒の中にいる彼女はまさに星そのものだった。
私は嫁と一緒にいられればそれでよかった。
なぜ?なぜこうなるのだ。
横目では美術館の職員達が救出した美術品の点呼をしていた。
あわてて持ち出された美術品は中々乱雑に置かれていた。
だが消失するよりはましだろう。
「(太陽)はここにあるぞー」
「(水川)もある」
「くそ!(阿弥陀像)が無いぞ」
「あー!(友成の絵)もないよ」
「シロスの(蟹の像)は諦めろ。この人数じゃ持ってくることは難しい」
次々と足りていない美術品の名前が上がっていく。
そのなかには数億円もの価値がある絵画や国宝、重要文化財がいくつも含まれている。
私は願った。 嫁よ生きていてくれ。
「おっおい!(星の女神)が無いぞ!」
「本当ですか!」
「俺の嫁ぇ!!!」
「かっ館長!?」
私は嫁がここにいないことを知ったとたんに動いた。さっきまで動かなかった体が嘘のように動く。
その動きは120キロの巨体を持っている者とは思えない程の動きだ。
私は館内へと入る。
周囲は炎に包まれており、普通の人ならば通れないと思うだろう。
だが、通る。嫁が待っているから。
嫁は2階の奥にいる。私は炎の壁を抜け受付の近くにある階段をかけ上る。
熱い。痛い。体中が悲鳴をあげている。
2階の通路を渡る。この通路の先の部屋に嫁がいる。
通路の壁には、たくさんの名画が並んでいた。
モノにトルート、タピチ。
何億円もする名画たちだ。
だが今は、構っていられない。
私は夢中になって通路を抜け、奥の部屋に入る。
その部屋の壁のちょうど真ん中にその絵はあった。
嫁だ。
私は一直線に嫁へと向かい、壁から引き剥がし戻ろうと振り返った。
だが目の前は火の海だった。さっきまでこんなところを走っていたのかと自分に恐怖した。体中が痛みだした。見えている皮膚はただれていた。今の私は溶けたロウ人形のようになっているのだろうか。
私は帰ることを諦めた。だが、この作品だけは守りたい。
「(星の女神)・・・おれの嫁」
守りたい。私の人生を懸けたこの絵を。
私は着ていたスーツを脱ぎだしこの作品を包む。次にカッターシャツで包み、ワイシャツを着させる。
私の膨らんだ腹が現れる。
「まだだ。まだ足りない」
私はズボンを脱ぎ、パンツを脱ぎ靴下を脱ぎ全裸となった。
パンツを作品に履かせ、その上に靴下を乗せ、ズボンを履かせる。そして、自分の衣服で包まれた嫁を抱きしめ、迫りくる火に背を向ける。
熱い熱すぎる。
でもこれでいいんだ。嫁と一緒に死ねるなら。
私の人生と共にあったこの美術館と死ねるなら。
願うならば、再建されたこの美術館でもう一度、星の女神が展示されたらいいな。
まぁ、私の汗臭い衣服に包まれた絵だが。
そう思うと笑えてきた。
あっちでは両親に会えるかな。
エッチぃことしたかったな。
何でこの美術館燃えたのか
「ふふっ」
あー 死ぬんだ。私は。
まっいいか。
私の好きな美術館。
私の好きな美術品。
俺の嫁と一緒だから。
どうか神様、仏様。
来世でも美術品に囲まれた人生が歩めますように。
よろしくお願いいたします。