第一章 転生~幼少期編 【第六話 迎賓館】
迎賓館の中へ入ると、まず目に飛び込んできたのは、真っ白い天井にある巨大なシャンデリアだ。
大きさはもちろん、威厳と美しさを漂わせ、黄金のピラミッドを逆さまにしたような形をしている。
その一層一層に光の球が見え、灯りの数は数えきれないが、20層はありそうだ。
それが、中央に一台。
そして同じデザインでより小ぶりなものが四隅の天井にあった。
天井をよく見てみると格子状の区画のように分かれていて、一枚ずつ異なる絵が描かれている。
そして床は荘厳な赤色の絨毯に、黄色い糸で王宮に相応しい紋様が描かれている。
会場は立食パーティー形式で、ダンスをする者、食事をする者、会話を楽しむ者、それぞれであった。
「綺麗でしょう?」
母親のミネラに声をかけられ、コクンとうなずくことしかできないタマ。会場の雰囲気に、人の多さに圧倒されていた。
給仕のメイド達が決して走らないよう、かつ迅速に会場を行ったり来たりしているが、ひとつひとつの仕草が優雅に洗練されているように感じられる。
さすがは宮廷のメイド達だと、タマは幼心に感動していた。
《さすがは王宮のメイドちゃんね。クラシカルな服だけど、ちゃんと、どの子が立派な双丘かがわかるわ。フフフ。》
火野珠美も違う部分で感動していた。
そして、会場内には、なんとも美味しそうな料理の香りが、三人の鼻をくすぐってお腹の音を「グ~っ!」とハーモニーさせてしまい思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
「「「あははははっ!」」」
「さ、奥様。まずは腹ごしらえいたしましょう!」
「ええ、そうね。」
と、ミネラとヨーコは料理の置いてあるテーブルへと向かう。
しかしタマは、『いちばんきになるのは、あのタワーケーキかなぁ。』などと、豪勢な料理よりもお菓子のことばかり考えている。
パーティー会場内では、子爵家ではまず見たことのない美味しそうな料理がたくさん並べてあり、たとえ大人であっても空腹感が抑えきれないほどの魅力的な芳香が充満し誘っているのである。
「では、奥様。出陣して参ります!」
「え???」
ミネラが振り返ると
ヨーコがマジシャンのようにタッパーを両手にババっと取り出し身構えていた。
しかし、ミネラに 「お辞めなさい!」 とすぐ突っ込まれ、渋々タッパーを引っ込める。
が、タマはヨーコが後ろ手にタッパーを構えたままであるのを見逃さなかった。
『ヨーコはくいしんぼうなんだね。かわいい。』
と、タマは心の声を呟く。自分のことは棚上げだ。
この迎賓館は、まさにどこを見ても絢爛豪華! としか言いようのない会場である。
そして、人が多い!ダンススペースはもちろん確保されているが、食事や談笑するスペースはできるだけ壁際に寄せてあるが、人の多さで移動しにくく狭い。気を付けなければ迷子になりそうだ。
もちろん会場にあるほとんどのものは、タマにとって生まれて初めて見るものばかりであるし、特にお菓子を見ると、目は星になりヨダレは滝のように流れてしまうのだった。
それに気づいたミネラは再び 「あらあら〜♡」 とハンカチーフでタマの口元を拭く。
「あ♡ママ〜?あれ?ねこみみ??かわいいね〜♡」
タマのすぐ近くを猫系の獣人が通り過ぎる。
タマの声が聞こえたのか、シッポが嬉しそうに、フニョフニョと揺れていた。
獣人国の貴族令嬢のようだ。
そんなこんなで、会場内の様々な国からやってきた人々は、色彩豊かな服装をしており、中には民族衣装のような珍しい服装の来賓もいて、とてもカラフルで楽しい。
しかしそれより何より、
普段はなかなか食べられない珍しいお菓子を狙っているタマは・・・
「ママッ?おかしみてきていいッ?」
と言って、タワーケーキのある方向へ タタタッと駆け出す。
「もう、しょうがない子ねぇ。」
タマの後についていこうとするミネラに、横から声をかける人物があらわれる。
「おや?ミネラじゃないか?」
「ん?・・・あら、メイド長じゃないですかぁ!お久しぶりです〜!」
声をかけてきたのは中年の婦人で、メイド長のサーシャだった。
実はミネラは元メイドで以前は王宮勤めをしていたのだが、メルサスと結婚するために引退したのであった。
「どうだい、久しぶりの王宮は?」
「そうですね。懐かしいですが、やはり迎賓館であっても王宮。身が引き締まる感じがしますね。」
「フフッそうかい?
こっちはミネラが抜けてから、あんたくらいの技量を持った娘がなかなか育たなくて苦労したんだよ?」
「そんなぁ、買い被りですよ?」
「ははは、本当のことさ。
でもやっと見込みのある娘が育ってきたから、まぁ一安心ってとこだねぇ。」
「そうなんですね!」
「いやいや、本当あんたは優秀だったよ。できれば私の後を継いで欲しかったんだけどねぇ・・・おっと、誰か私を呼んでるね。」
だいぶ離れた場所から、メイドが手を振りながら、サーシャを呼んでいた。
「じゃあ、ミネラ。元気でおやりよ?」
立ち去るサーシャ。
ミネラは軽く一礼して見送ると、タマの姿もヨーコの姿も見当たらないことに気づく・・・
「もう、二人ともどこへ行ったのかしら?」
と、会場内を当てもなく探し始めた。
一方、タマは目的のお菓子に夢中だった。
普段、子爵邸では質素な暮らしぶりで、お菓子はメイドが作ってくれるクッキーなど簡単な焼き菓子くらいだ。もちろん美味しいのだが、今、目の前にあるお菓子は次元が違う!
今、タマの目の前にある「ケーキ」というお菓子。これは初めて見た!
《お!ケーキだ!ちゃんとこの世界にもあったんだね~!》
珠美にとっては異世界で初めて見た懐かしいケーキに過ぎないが。
白クリーム、チョコ、黄色いマロンクリームやフルーツが載っているケーキもあり、色合いがきれいで鮮やかだ。
甘い香りがまたなんとも言えず、タマにとって天国のような状態であった。
「は~~~っ♡おいしそう・・・じゅるり♡」
「アムアムアムアム!」
「ん???」
先ほどからタマの隣でハムスターのように、両手鷲掴みでケーキを頬張っている女の子は何者なんだろうか?貴族令嬢にあるまじきお行儀である。それが逆に堂々としていて驚くのだが、誰も気にも留めていない様子で、通過していく。
タマと近い年齢のようだが、赤色の髪に、瞳も赤色、服の色も赤く、見た目がすごく暑苦しい・・・。
しかし、初参加のタマには
この女の子がどちらの貴族の御令嬢なのか、わかりようもなく、もし注意して王女様でした~となれば、どうなるかわからないし、とにかく謎の女の子である。
ただわかるのは、タマもケーキを高速で食べなければ、彼女に全部食べられてしまうということだった。
このままでは、彼女に負ける・・・それだけは5歳のタマにもよく分かっていた。
『いま、ここにあるきき!!ここがしょうぶどころね!』
と、以前、パパのメルサスが話してくれたお伽話の名セリフを思い出しながら、両手にフォークを構えてケーキを食べ始める・・・が、
「んんっ⁈ぐっ⁈」
すぐのどに詰まっていた・・・
「ん。」と横から紅茶を差し出してきた謎の女の子。相変わらずハムスター顔だが、気が利く。
『これがブシのなさけか?』と、これまたパパのメルサスが言っていた言葉を思い出すタマだが、つかいどころはちょっと間違っているし、それどころじゃない!
『いまはエマージェンシー!まよってるときじゃない!』と、紅茶を一気に飲み干すタマ!
幸いもう冷めている紅茶であった。
「プハッ・・・ありがとう!」
と茶器をテーブルに置く。謎の女の子はハムスターっぽくニッコリ笑っていた。アムアムしながら。
とても可愛い笑顔だった。
タマはそれだけで、謎の女の子とお友達になっていい! いやむしろなりたい!
と思って素直に聞いてみた。
「あなた、やさしいね。えがおが、かわいいし。わたしと、おともだちにならない?」
謎の女の子はちょっとの間だけ、タマをじっと見つめ、ケーキを飲み込んでから、コクンと頷いて、再びニコッと可愛い笑顔を見せてくれた。
一応、シェークハンドして友情成立を確かめたタマは、
『このこ、なぜかしゃべらないんだろう??』と不思議に思いながらも、仲良くケーキを食べ始めた。
二人はハムスターのように両頬を膨らませながら、時には給仕メイドのお姉さんから紅茶をもらい、その間にタマは謎の女の子に色々と話しかけてみるが、頷くか、首振るかしかしないので、どうやら無口な女の子のようだなと思った。でも『かわいいはさいきょう!』と心の中で呟いていた。
『はぁ・・・もう、おなかいっぱいだなぁ・・・。』
とタマが思っていると、
謎の女の子もケーキを食べるのをやめ、袖をクイクイと引っ張る。
「ん?なーに??このなか、たんけんしたいの???」
コクリと頷く謎の女の子。
「うん、じゃあいこっか?」
タマは服の袖を引っ張られるまま、謎の女の子と会場の探検を始め、やがて迎賓館のスタッフルームの方向へと探索範囲を広げていくのであった。
二人が会場から移動して、しばらくしてから・・・
「キャ―――――ッ!!!」
という悲鳴が会場内に響き渡った・・・。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
タッパーってホント便利ですよね?
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相変わらずの不定期更新になりますが、今後とも応援よろしくお願いします!
2020/6/30改稿しました。