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2月14日

作者: みやもり

炬燵でゆっくりしながら、今日は何かの日だったかなと思い返す。妻は「あらそういえば」と、思い出したようにお勝手の戸棚に向かっていった。

 ―――今日は2月14日。何の日だったかな。

 おお、なんだ。菓子をくれるのか?チョコ?ありがとうな。大切に食べるよ。


 企業戦士は大変だ。休みなどない。24時間、戦えますか?学校を出て、大手の広告代理店に就職した僕は、入社して5年目になる。仕事が一番。二番目はない。仕事人間だ。今、自分は新しい戦略室で新しい流行の動向を確認している。

 僕の仕事は流行に敏感になること。そして、そんな流行に合わせて世間に売りたい商材をアピイルする。嫌な目で見られることもあるが、僕はこの仕事にやりがいを感じている。○○を売り出したい!時代の流れを教えてくれ!そういった声に敏感に対応し、入り込む隙間を見つけ、売りたい商材を流行に乗せる。流行を定着させることは難しいが、流行という一過性のものから、庶民生活に定着するものだってある。例えば「土用の丑」。平賀源内が精力をつけられるウナギを土用に食べましょうというものだ。広告代理の先駆けと言える。見事に世間に定着し、未来永劫土用の丑の日はウナギだ。僕もいつか、こんな風に世間に定着させられる「流行」ではなく、その先の「文化」として根付くようなものを広められたらな、と思う。


 今日も戦略会議が開かれた。製菓会社との合同で、何かの節目の祭事にお菓子が使えるような催しはないものかということで、宣伝文句を企画していた。お菓子ねえ…

 菓子と絡めた催しと言えば、端午の節句、桃の節句なんかで柏餅や金平糖を食べるかな。節分なんてのも、豆を食う。そういう節目は由緒ある歴史と共に、すでに使い古されている。となると、洋風の企画と洋菓子を絡めるのがいいかもしれない。クリスマスとショオトケエキといった感じだ。

 戦争も終わってずいぶん経つ。洋菓子が高級志向だったものから、製菓会社の努力でずいぶんと庶民に定着した。洋路線でいこう。いい線まできたぞ。あとは「いつ」「なにを」だ。

 今日も徹夜で大の男たちが煙草の煙った会議室でケエキだクッキイだと五月蝿い。仕方ないのだ。そういう仕事なのだ。


 朝、徹夜明けのまま行きつけの喫茶店でコーヒィブレイクをして、気持ちを落ち着かせる。大変私事なのだが、何しろこの喫茶店には、見目麗しき乙女がいる。彼女は、この喫茶店の御嬢さんで、大学生だ。時間の空いているときはそうやって喫茶店を手伝っているらしい。

「今日も徹夜ですか?」

 そう聞くので「そうだよ。」と答える。

「今度は何を流行らせるのですか?」

 そう聞くので「それは内緒だよ」と答える。

 そうですか、と毎度教えてもらえないのを知っているので、そのままパタパタと奥に引っ込んでいった。

 コーヒィを飲み干して、一服して、これで社に戻ろう。おーい、お会計。

「70円です。このまま仕事に戻るのですか?」

 そう聞くので、「そうだよ。」と答える。

「そうですか。そうしたら、これをどうぞ。甘いものは、頭がすっきりするんですって。教授が言っていました。」

 そうして手渡されたのは板チョコレエトだった。

「おお、これはありがとう。いただくよ。これはいくらだい?」

 そう聞くと「これは私からのプレゼントです。お仕事、頑張ってください。」


 その後なのだが、頭が回らなかった。店を出る直前に言われたそんな一言に、わたし僕の心は何とも体験のしたことがない心地よさというか、甘酸っぱいというか。だめだ。思考が形にならない。なんだこれは。困ったなあ。

 社に戻っても同じで、頭がすっきりすると言われたチョコレエトを食べてみても、甘いばかりでやはり頭は回らなかった。

「それは君、恋というのじゃないか?」

 会議室に戻って顛末を伝えるとスカシの同僚が言う。「君は恋とは無縁の生活をしているからなあ。どうだい恋の味は。」というので、「甘い」と答えた。「それが恋だよ、君。」


 僕は恋というのとは無縁の生活をしているが、流行を追う仕事はしている。この気持ちを仕事に生かせないだろうか。すぐにピンとくる日付を発見した。女神、ユーノーの祝日。この日に、女性から感謝の気持ちや親愛の気持ちを込めて、チョコレエトを送る、そんなイベントを企画してみてはどうだろう。

 会議はまるで一本道でそのままゴオルした。ゴーサインが出たようだ。誰も否定する者はいなかった。二月壱四日、聖バレンタイン。この日に向けて製菓会社はチョコレエトの販売を大々的に打ち出すことが決定した。後世に残るようなイベントとなるだろうか。

 会議がひと段落し、喫茶店に向かった。

「今日はもう、お仕事は終わりですか?」

 そう聞くので「よくわかったね。」と答える。

「表情でわかりますよ。とても達成感にあふれていますもの。」

 そう聞くので「君にもらったチョコレエトのおかげだよ。」と告げる。

「あら、教授の言うとおり、頭がすっきりしたのね。」

「残念ながら、すっきりすることなく、最も複雑な気持ちになったよ。」

 そう告げると「それは、私は役に立てたのかしら。それともご迷惑を?」

 そう恐る恐る聞くので「僕は君に対して、今までない新しい気持ちに気づいたよ。」


「どうだい、今度百貨店においしいチョコレエトを見に行かないかい?」


 ―――今日は2月14日。何の日だったかな。

 おお、なんだ。菓子をくれるのか?チョコ?ありがとうな。大切に食べるよ。

 今年、妻がよこしたチョコレートは板チョコだった。もっと高級なチョコレートでもよかったんじゃないか?

 まあ、その必要はない。大切なのは気持ちで、もっと大切なのは「あのころの気持ちを忘れずにずっと思い続けられるという気持ち」だ。

 来週には、娘が孫を連れて遊びに来るらしい。板チョコの枚数だけ、私はその気持ちをおもんぱかるだろう。

 どうか、大切な人と、大切な思い出を作れるよう。その気持ちを忘れないよう。


今日は何の日ですか?緊張している人もいると思いますし、わくわく、そわそわしている人もいると思います。

どうか良い思い出となる1日になればと、ネットの海から応援しています。

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