桜の記憶
初の短編。拙い文章ですが何かを感じ取っていただければ光栄です。
春になると、桜が咲くと思い出す。
春の日差しのように明るい笑顔で、満開に咲き誇った桜のように美しかった彼女のことを。
花見に来ると、彼女はいつも団子を食べていた。
花より団子だね、と僕が笑うと、桜を見るとお腹が空くの、と彼女は団子を頬張りながら答える。
普段からよく食べる子、と言えば食いしん坊に聞こえてしまうが、食べることが好きな人だったのだ。普段からおいしいものをおいしそうに食べる彼女は、花見に来るといつも以上に頬を緩ませていた。
雰囲気が違うと食べ物のおいしさも変わってくる。そう聞かされて彼女から団子を一つだけ貰ったことがあった。もちろん味はいつもと変わらない。なんとなく食べ慣れた、ほのかに甘い普通の団子だった。
それを彼女はおいしいと頬張るのだから、僕はそれ以上何も言うことはできなかった。
団子を食べ終えると、彼女はようやく外の世界へと視界を広げる。
視界いっぱいに咲き誇った桜に目を向け、彼女は小さく吐息を漏らす。まるでこの世界を初めて見たかのようにゆっくりと口を開け、きらきらとした瞳を大きく見せる。
空を埋め尽くすほどの桜。そして地に散ってしまい、絨毯となった花びら。今までそこで団子を頬張っていた彼女はそこになく、妖精のように桜のトンネルを舞う。
ステップを踏み、時折跳ねては地面の花びらを巻き上げる。その中をくるくると回り、桜の花びらと共に踊る。
「君も一緒に踊ろうよ」「いや、僕は」「いいからいいから!」
押しに弱い僕は押しの強い彼女に負け、腕を引かれておぼつかないステップを踏んだ。笑う彼女につられて、不格好だというのに僕も自然と笑顔になる。
ダンスなんてしたことがない。僕も彼女もだ。次第に足元がおぼつかなくなり、二人して桜の絨毯に倒れ込んだ。
ふわりと宙を舞う桜は雪のように降り注ぎ、僕たちを覆う。お互いの顔に花びらがついているのを見て、今度は声に出して笑い、そして言った。
また来年もこようね、と。
最後までお読みいただきありがとうございました。
お楽しみいただけたでしょうか?