D2-3
男はハンスの両手首を取り、爪を立てる。
ハンスの中のマナが乱れ、麻酔がかかったような状態になり身動きどころか声も出せない。男はニヤリと笑うと、その口の端から鋭い犬歯を覗かせた。
(まずいっす!コイツ……バンパイア……)
男は口を開き、ハンスの首目掛けて、その犬歯を突き立て……
「そこで何をなさっているのです?」
ハンスの背後から、仕立ての良いスーツ姿の紳士が声をかける。同時に男の首筋に、巨大な鎌が漆黒の刃をピタリとあてがっている。男の犬歯は、ハンスの首にあと数ミリという所で止められた。
「まずはその手を離しなさい。」
男は大鎌にも怯む様子を見せず、なおもハンスを引き寄せようとする。チェリーは男の首を切り落とし、転げ落ちた首にコバルトの鉄球が降ってくる。男の首は、塵芥となって風に消えた。男の胴体は、無数の小さな蝙蝠となって飛び去った。
「大丈夫でございますか?ハンス様。」
ハンスは未だ、声も出せないでいる。
「ひとまず基地へ戻りましょう。お前達も戻りますよ。」
「「ジョーカー様、追わなくてよろしいのですか?」」
「構いません。ハンス様のお身体が最優先です。」
「「かしこまりました。」」
三人はハンスを連れ、転移で飛んだ。
「……ふん。まぁいい。眷族には出来なかったが、呪印は打ち込んだ。後々役に立つだろう。」
屋根の上で寄り集まった蝙蝠が、再び人型になり、笑みを浮かべ呟くと、そのまま闇に消えていった。
-基地に戻った四人。ハンスを寝かせ、メグミが栽培している薬草をすり潰し、腕に塗り包帯で巻く。ハンスの腕に残された爪痕は、魔術による治癒を受け付け無かった。こうするほか手立てが無かったのだ。
ジョーカーは薬効も考えたスープを作り、ハンスが目覚めるのを待つ。メイドの二人が交代で、ハンスの世話と薬の準備をしている。マリアは最大限の警戒をしている。
ジョーカーは思う。まどかの留守中に、誰かが命を落とす事など、あってはならない。ジョーカーにとって、まどかの言う【勝手に死ぬな】は、主の至上命令である。ハンスにとっても、まどかとの唯一の契約であり、義務である。今基地内は正に、静かな闘いを繰り広げていた。
このパーティの中で、唯一純粋な人種。生命力においては、おそらく最弱であろう。その反面、思いを力に替えれる種族でもある。ジョーカーは人の弱さも、強さも知っていた。
「ハンス様も、強い思いがございますれば、きっと大丈夫でございます。」
「ジョーカー様、なぜハンス様を魔界へ送り、召喚なさらないのですか?」
コバルトが疑問を口にする。ジョーカーであれば、ハンスの魂を一度魔界へ送り、元の肉体に受肉をさせ、新たな魔族として召喚することも可能である。だがジョーカーは首を横に振り、
「コバルト、ハンス様は人種である事に価値があるのです。お前にも分かる時が来ますよ。」
すぐには理解できないだろう。元人間として生きたことのあるジョーカーだから分かることなのだ。コバルトは不承不承ながらハンスの薬を付け替えた。コバルトもハンスを死なせたくない。共に行動することも多かったこの人間を気に入っていたからだ。
「ハンス様、生きてください。」
ハンスが目覚めたのは、それから二日の後だった。
今日から0時と12時
2話ずつ投稿します。
いよいよクライマックスが近付いております。




