ろくでなしの住処
最近、秋服というより冬服が必要な気温になってきましたね! 早すぎると思いがちですが、秋の気候ってこんな感じですよね! 四季が戻ってきたようでうれしくもありますね!
「君さ、毎週連絡取れなくなる時あるけど何してるの?」
「別に。自由にしてくれる約束だろ」
ムゥは豪華な椅子に座りながら、女中に出された珈琲やケーキに口をつける事もなく目の前にいる少年のような青年。棚田クリスをまっすぐ見る。
「まぁいいや。君は僕が買い取ったわけだけど、僕は束縛する趣味はないからね。でも君はそこそこの値段がしたんだから、必ず仕事はしてもらうよ?」
「己をいくらで買ったんだ?」
ムゥの言葉にクリスは少しばかり考える。そして目の前のケーキを食べると珈琲で口の中をリセットした。
「700万元くらいだったかな?」
ムゥはこの部屋に通されてから、十数回クリスを殺そうと考えたが、その全てにおいて、目を光らせている女中。
「あんなのがいるのに、己を買う必要あったのか?」
「沢城さんの事? 彼女は僕の秘書だから、捕まったら仕事が大変じゃない。それに君と違って本職じゃないしね。ところでさ、君にぴったりな作品があるんだけどいいかな?」
「は?」
クリスのタブレットに映された作品。
『星空のオオカミとネコ 箸・夜明 空』
「沢城さん」
クリスがそう言うと沢城はキューバ産の葉巻を持ってくる。それをムゥに差し出したクリスだったが受け取らない。
「タバコ止めたんですか?」
「吸う時は仕事の時だ。お前、何処まで知ってる?」
「ムゥエレンさん。今の医療ならだいたいの傷は消せるんですけど、それが出来ないってどんな怪我させられたんでしょうね。そりゃ、殺しの依頼くらい来ますよね?」
「己なら、サービスでこの男も殺してやる」
「おや、オオカミよりもムゥエレンさんの方がお得ですね。じゃあオオカミの殺しの方法をゆっくり読みましょうか? お茶とお菓子。どうぞ。僕は自分が気に入った物を買うんですよ。お菓子も殺し屋も、毒なんて無駄な物は入れてませんから」
それもそうだ。目の前に映る男。これこそが、猛毒そのもの。沢城という女中がいなくても殺せる気が全くしない。それを知ってか知らずか、クリスはムゥに聞く。
「この女性、ムゥエレンさんならどのように殺しますか?」
「介抱するフリをして首を抜く。自分が支配できる相手しか殺せない下種は出来る限り苦しめて殺す」
ムゥの言葉に先ほどまで無表情で立っていた女中の沢城がクスっと笑う。それに気づきながらもムゥは続ける。
「カッターナイフは獲物の中でも使いやすい。使い捨てを考慮しても十分な獲物だ。だけど使い方が悪い。裂く事に関してはあらゆる刃物に引けを取らないけど、刺す事に関しては場合によったら傷一つつかない。だからこの女は死んだ。やるべきは生存戦略」
ビュンとクリスはカッターナイフをムゥに投げる。
「やってみますか? 生存戦略……」
言ったそばからムゥはそのカッターナイフをクリスに向かって投げつける。最速、沢城も手出しできない。どう出る?
「痛っ……」
クリスの腕に刺さるカッターナイフ。顔に向かって投げたハズなのに、クリスは面白そうにナイフをブスリと抜いた。
「いやぁ、凄い凄い。これならきっと殺してくれますね。あの女を」
沢城はムゥを睨みつけながら淡々とクリスの腕に包帯を巻く。治療が終わるとクリスは人を馬鹿にしたような笑顔を向ける。
「ネコ、これはいい名前だよね。和子ちゃんらしい。なんたって可愛いじゃないか猫。小動物を弄んで殺すところとかさ」
明らかに格の違う生き物が二人。ムゥエレン。木人では到底太刀打ちできない。どんな風に拷問を受けるのか、考えたくもないと思ったムゥエレンにクリスは言う。
「ムゥエレンさん。ご飯食べて行きなよ。あとお風呂に服の替えも用意させよう。沢城さん」
「はい」
「どう思う? ムゥエレンさん。殺し屋に仲間はいるんですか?」
「いらないし、いない。だから己は思う。オオカミの死期は近い」
クリスは言って欲しい言葉をムゥエレンが言うので、今まで見た事がないような醜悪な、邪悪に笑ってみせた。
「君もオオカミにならないように気を付けてね」
対して殆ど入っていない胃の中の物が逆流しそうだった。自分が育ってきた肥溜め以下の世界よりも、この男の元は嫌だ。
何が嫌なのか分からないけど、気持ち悪い。違う。これは……今まで感じた事のない感情だ。
”怖い”
あれよあれよと、ムゥは服を着替えさせられ、長いテーブル席に座らされる。そこにはクリスの姿はない。
「ムゥエレンさん、アミューズグールは鮭児のオニオンスライスです」
ムゥの前にこじゃれたオードブルが置かれる。食べても腹に溜まらないような量。
「己は作法は知らないよ」
そう言ってフォークでぐさりと刺すとそれをパクりと食べる。テーブルに置いたスマホを見ながら食事をするムゥにため息をつきながら沢城は話す。
「何故、日本人は髪を染めたがるんでしょうね? 美しい女の第一条件は長い黒髪だと言うのに」
沢城、ムゥともに人種は違えど長い黒髪。長い黒髪が美しさの第一条件というのは海外のモデルでの話だが、我々がブロンドの髪に憧れるように逆もまたしかり、人はない物を欲しがるのだろう。
「この金井先生は学校の先生としてはまだマシな方ですね」
スープを器を持ち上げて飲み干したムゥは聞き返す。
「は? これでか?」
「えぇ、元来先生はここまで生徒に寄り添ってはくれません。私には総帥の秘書でありながら、総帥の妹君の教育係でもあります。学校の教師は明らかに異常な彼女を腫物として関わろうとしなかった」
やや、悲しそうにそう言う沢城、スズキのアクアパッツァを食べる為のナイフを動かしながらこの沢城を殺れるか考えてムゥはやめた。
「和子の親もろくでなし、だから和子もろくでなしになるのかな」
「大人になりきれなかった子供。それが和子の父親と母親なんでしょうね。それでも、両親が健在である事は喜ばしい事ですよ」
ムゥがアクアパッツァを食べ終わるのを見て、沢城は次の料理を運ぶ。子羊のテンダーロイン、血のにじむ。
「殺し屋さん、貴女のご両親は?」
沢城は肉料理の減り具合を見てエスプレッソを淹れる準備を始めた。コスタリカの酸味が効いた珈琲の香りを嗅ぎながらムゥは答える。
「さぁ、海の底か、山の地面か、己は知らない」
「会いたいですか?」
「ははっ、面白い冗談だ」
テンダーロインを食べ終わるとすぐさまムゥの手元にエスプレッソと苺のショートケーキ。どの料理も大した量ではなかった。
「どうですか? 随分満腹になってきたでしょう?」
「あぁ、驚いた」
「それは良かったです。和子さんが参加しなかった文化祭。実は私も参加した事がないんですよ。だから、こういった作品でしか知りません。対して美味しくもない飲食を販売し、見るに堪えない演劇と演奏、そして不順異性交遊。実に子供らしくて今思えば参加しなかった事に後悔します」
この女は何を言っているんだと思いながらムゥはショートケーキに手を伸ばした。ケーキなんて数える程しか食べた事はないが、なんとも美味い。
「うまっ」
「そうでしょう。そうでしょう。私が総帥やお嬢様の為に作った物ですから、制服を着崩したおしゃれ、ナンセンスですね。制服はしっかり着こなしてこその色気です」
沢城が注いでくれる珈琲を飲みながらムゥは笑った。
「アンタはその、高校デビューってやつはしなかったのか?」
「もちろんしたにきまってるじゃないですか、というかそこで私は処女を捨てましたよ」
「は?」
いきなり何をまたまたこの女は言い出すのか、棚田クリスとは違った頭のおかしさ、されど、あの人間と話しているような気がしないクリスと違ってこの沢城は人間らしい、というか人間臭いとでも言えるくらい。
あのクリスが”怖い”に対してこの沢城は”安心”できると感じてしまう。
「昴、いい名前ですね。この漢字が人名に使えるようになったのは実は結構最近なんですよ。プレアデスの一つ、無限を冠する名前です。実に、興味深い先輩が出てきましたね。和子ちゃんの誕生花を植えてくれるみたいですよ。じゃあその下に埋めるのはなんなんでしょうね?」
この時点で既に昴君はやや怪しい。そもそもわりと治安が悪い世界観だ。そしてこの作品の動物殺しに関して沢城は語る。
「流れがとある作品に似ていますね。まぁ大分マイナー作品ですので、殆ど誰も知らないでしょうけど」
食べ終わったムゥの食器を片付ける瞬間、ムゥはショートケーキを食べた時に使ったフォークを沢城の首元に向けて回した。これで頸動脈がズタズタに傷つけられ助からない。
ハズだった……
「アンタの両親は?」
沢城はムゥが突き出し回したフォークを指先で止めていた。不自然にぐにゃぐにゃに曲がった銀製のフォーク。
「先ほど言ったじゃないですか、高校時代に殺人の処女を捨てたって、殺しましたよ。両親共々、ところで御馳走様ですか? 半端な殺し屋さん」
耳元でそう言う沢城にムゥは一言答えた。「ゴチソウサマ」
ではベットの準備をしますと言って沢城は食堂から出て行く。ムゥはあのコンビニに行って、あの金髪の子供に無性に会いたくなった。
『星空のオオカミとネコ 箸・夜明 空』本作の紹介ですが、特定の部分までの紹介しかしておりません。気になりますよね! 読むしかないですよぅ! 本作の面白さは突き抜けているとは真逆でありえないハズなんですがどこかリアルな人間模様と社会問題でしょうか? 二人の主人公、オオカミさんとネコさん。彼らの行く末を見守りながら楽しんでくださいねぇ!




