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セシャトのWeb小説文庫2019  作者: 古書店ふしぎのくに
第一章 『蛭子神 著・三上米人』
8/111

這い夜、混沌。神様のラストーオーダー

文芸部の方のオススメweb小説を最近は楽しませて頂いていますよぅ!

文芸部の三名の物語ももう時期終わりですね。

今後は切磋琢磨、小説紹介をしていきたいと思いますよぅ!

「のぉ、セシャトとラブホテルって一人で宿泊できるのかの?」

「えっ、知りませんよそんな事」



 主人公が突発的に家出してしまった事で何処にいこうか迷った選択肢の一つ。正解を言えばラブホテルでも単独宿泊できるところもあれば断られるところもある。作中の舞台が田舎との事なので高い確率で断られるかもしれない。

 今やラブホ産業は海外宿泊者をターゲットにしたスーパーホテルに近いビジネスを都会ははじめていたりするのだが……



「そうか、すまんかった」



 ずずっと緑茶をすする神様。セシャトははっとする。神様の中ではセシャトは意外とそういう方面に明るいと思われていた。



「……心外です」

「まぁ、あれだうん。大将。ハマチでも握ってくれ」



 大将はハマチの握りを手早く握ると神様の前にそれを差し出す。神様は一貫ぱくりと食べてからセシャトに言った。



「ハマチは出世魚と言ってだな、最終的にはブリになるのだ。これはこやつらにとって終着点なんだろうの」

「それが何か?」



 セシャトはまぁまぁ怒って神様に返答するが、神様はもう一貫ハマチをぽいと口の中に放り込んでから言う。



「主人公、感情的に勢いでふらっと飛び出してしまったであろう? そして行き着いた先は海。しかも夜の黒い海だの」



 神様の声色が少し低くなる。セシャトは今まで神様に対して憤っていたハズなのに、神様の話に引き込まれている自分がいた。お寿司屋さんの大将もまた神様に注目する。



「人はの? 自殺をする者で、突然ビルの屋上から飛び降りたり、ホームで電車に飛び込んだり、海や池の中に入っていく者がおる。それは一見、何かに呼ばれているかのようにふらっと死を選ぶ。これらを縁切り自殺と言っての、この主人公のような精神状況の者が陥りやすいの」



 セシャトも本作のストーリーラインに関して、大人と子供の狭間でいる主人公の葛藤や昇華の物語という側面を感じている。

 大人程、柔軟でなく子供程固執するわけでもない不安定な時期、それらは時に空想に、時に死を、と異世界を望むものなのかもしれない。



「厨二病ってあるだろ? あれもまた葛藤の現れ、不安へのオブラート、本当にあれは病気なんじゃないかと近年言われておるからの、主人公は自暴自棄になっておるから、現実から逃げ出せるのであれば何処へでも行こうと決意してしまう。実に興ではないか? 昔からよく言われておる事だが、人間程恐ろしい者はいない……とな?」



 主人公は、絶望し、自暴し、命を奪うなら奪ってみせろと、まさに縁切りの死を一瞬望んでいる。本作の蛭子の概念であるが……



「そのえびす様。七人ミサキに似てますなぁ」



 大将は一升瓶に入った純水をグラスに注ぐとそれを飲み休憩している。七人ミサキとは、七人からなる集団亡霊。ネタ元が高知の為か、遍路の姿をしている絵が多い。

 これらは荒神、津波や台風を実態化させた概念のようなものかもしれない。言葉通り七人いるので、生ある者を引き込むと、一番前の者は成仏できる。

 それ故、生者を海に引き込もうとする妖怪……



「まぁ、神話や怪異の類は似通る物が多いからの。蛭子、あるいは恵比寿に関しては実際モデルがおる」



 恐らく、これらはある文献等から予想した物になるが、実際当時としてはめでたいものだったのかもしれない。が時代と共にそれは不浄なもの、知られてはいけない歴史となってしまったのかもしれない。あえて、名称等は伏せるが、火のないところに煙は立たないという事だろう。

 そのモデル、興味があれば神様の言う縁切りの自殺と共に調べてみても面白いかもしれない。



「という事は神様、本作『蛭子神 著・三上米人』のえびすというもの私達の考える物とは別だという事でしょうか?」

「一概にも言いきれんの、信仰の仕方が変わっておるからな。私達がよく知る『えびす』は現在の信仰形、これダジャレではないからの! 逆に言えば本作『蛭子神 著・三上米人』は淘汰された信仰形式だったとかの。主人公が海の香りに咽るシーン、あれも昔の人々は得体のしれない香りがする海の向こうは極楽か、地獄かと夢想しておったとかの」



 日本の海は特有のプランクトンが発生しやすく、また匂いのきつい海藻が多い。よく文章における潮の香というのはハワイ等のビーチの香り、そして磯臭いというのはまさに日本の浜辺のアレである。

 あらゆる生物の腐った匂いだが、それを分解する微生物によって大分感じ方が変わる。日本は世界規模で環境が整っているので、生物が繁殖しやすい。強い個体なら尚、そして強い個体は大抵人間にとって不利益をもたらす。



「最終一話前を考察しておるさなかだが、人間の脳とは面白くできておる。あまりのストレスを感じた時、生存する事に特化して色々な作用を起こす事は知っておるか?」



 セシャトは少し考えてから頷いた。



「ベタなお話ですと、記憶喪失になるとかそういうのですか?」



 神様はガリをぽりぽり食べながらセシャトの解答を吟味するように頷いて答える。



「さよう。他にも気絶したり、幼児退行したり、眠くなったりと人それぞれ反応は違うようだがの、主人公は笑うという反応を起こしたの、これは極めて危険な兆候といえるかもしれんな」



 人間、どうしょうもない時に笑う時がある。脳内麻薬による鎮静効果、遺伝子に刻まれた究極の防衛機能である。

 草食動物が肉食動物に捕食される瞬間、快楽物質が分泌されるという。それは種の存続を促す一つの手段なのだろう。死と痛みの恐怖しかなければ、草食動物は皆ショック死する。個は犠牲になっても群としては肉食動物に滅ぼされる未来はないというメッセージ。

 だが、人間はどうだろう?

 人間の天敵は人間でしかなく、寿命か病気、事故でしか基本死ぬ事がない人間が死への恐怖や得も知れぬ恐怖を前にした時、どうなるのか?

 笑うしかない。

 急ピッチで快楽物質を作り分泌する。

 主人公は、家族の事であるとか、自分の人生であるとか、そう言った物に対して諦め、そして自分の無力で、無気力な事に関しても観念する。



「さて、主人公が見ている物は一体なんなんだろうの? 実際に、存在しない物を強く念じると幻肢痛のように誠になってしまうからの」



 少しばかりの余韻を残して神様は黙る。

 これにて、神様の説明は終わりなんだろう。セシャトはもちろん大将ですらグラスを手に持ったままポカーンとしている。



「うむ、大将。人肌追加だの」



 ぶるぶるっと震える神様は再び酒で暖を取ろうとする。もっと燗付けした物を飲めばいいものを何故かそこまで熱くはしない。



「へ、へい」



 すぐにぬる燗を差し出されるので神様はそれにガリを数枚落として飲む。緑茶に七味を入れて飲むように神様は酒に薬味を入れて暖を取る。



「神様、海から何かが上がってきていますが、これは主人公の方の妄想だと言う事ですか? それにしては具体的にどんどん近づいてはいませんでしょうか?」



 蛭子様と思わしき存在がゆっくりとそして大きな音を立てて主人公の元へと近づく。果たしてこれは現実か、幻想か?



「匂いがあるなら、存在しているんじゃねーでしょうか?」



 大将も思わずそう神様に言う。実際、音は幻聴でしかないかもしれないが、匂い。人間の五感の中で最強と言っていい器官はさすがに中々、幻とはいいがたい。ここにきてやっとこさ、本作がホラーたらしめるようなシーンが登場する。

 主人公の気持ちを代弁したかのように、負の感情が形を持ったかのように、それはやってきて唐突に主人公の目の前はブラックアウトする。



「大将、夢の中では味も匂いもしないという事を聞いた事があるかの?」



 神様が言う事は当然よく聞く事である。しかし、意外とそうでもない。感触や味覚、嗅覚に至るまで再現される夢が存在する。

 それは一重にその人物のセンスである。そもそも脳の情報量を再現した物が夢である為、それを仮想現実の中で当然体験も可能なのだろう。

 そして、そういったセンスは時として、良くない物を呼び寄せてしまうのかもしれない。動物が怯えている獲物を超感覚で感じ取れるように、心に綻び、そこに付け入る隙があった時、本来は彼岸と此岸ですみ分けられ見えない物が見え、本来踏み込めない場所に踏み込んでしまう。



「なるほどなるほど、私等も職業柄か、夢でも寿司を握っている事があるんですぁ、その時の感触、香りそれも全て覚えているときたら、どっちが夢なのか分からないって状態になりますね」



 神様は大将の言葉を聞いて真面目な表情をする。そして大将に注文。



「玉子が食べたいぞっ!」

「へい、ただいま」



 もう友達みたいな感じで大将は握る。神様の前に綺麗なダシの効いた玉子を二貫差し出すが、神様はそれを食べようとはしない。

 お寿司で玉子を食べる時、それは最後の一品を意味する。セシャトのよく知る神様であればまだこの倍以上は食べられるハズだが、ここでラストオーダーにした理由は手持ちのお金が足りないからではない。

 作品のミーティングがもう終わるからなのだ。玉子のお寿司を食べる代わりに神様が言った言葉。



「うつしよは夢、夜の夢こそまこと……とな」



 とある人付き合いが苦手な作家の言葉、主人公は今まさに彼岸に向かおうとしている。そして言葉とは面白く、それは今の主人公からすれば悲願でもあるのかもしれない。蛭子様、あるいは蛭子神とは主人公に這い寄る、もとい這い夜、混沌として彼を飲み込む。

 盛り上がりを感じるというよりはやや冷めて、恐ろしいというよりは主人公はどうなる? という心配、不安の方が募っていく、そしてそれはまた作品を楽しむ最高の方法、同化という形を持って神様、セシャト、そして大将も感じていた。

 この店内に何か不穏な空気が流れる中、セシャトも大将も神様の箸の行方をただただ見守っている。

 見た目からは想像できないくらい神様の綺麗な箸使いで玉子のお寿司は抓まれ、そして桜の花びらのような神様の口の中に吸い込まれていく。

 そう、物語考察締めを今まさにはじめようとしていた。

さてさて、主人公が見たものは幻想か、妄想か? それとも私達の知らない世界からの使者なのかもしれませんね!

そろそろ1月作品『蛭子神 著・三上米人』の紹介もクライマックスです!

是非とも、今一度読み直してみてはいかがでしょうか?

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