蘭、ガス室にて迎えを見る
遅い梅雨明け宣言が日本全国に出ましたね! いよいよ始まりますよ! 日本の生命の輝き、夏休みです!
「いやぁー、さすがはあのサイコパス社長の会社の保養施設っすね。侵入した瞬間に、生死問わない警備システムが発動したっすよ」
監視カメラに暗視スコープ。さらに実弾で動く者を狙うシステム付きときた。これに石川は二人に言う。
「なんで、こんなところについてきちゃったんですか!」
レオタード姿のヘカと欄。インカムに何やら色々道具を持ってきている。ヘカはスマホを開いてからニヤリと笑う。
「サラを庇いながら応戦する響生の気持ちを体感できるん!」
「あは、ヘカ先生ならそう言うと思ったっすよ」
二人は笑い合いながら、目と鼻の先を鉛玉が通過する状況で話をしていた。それに石川は思った。
”イカれている”
「ここはヒロとの確実に来るであろう別れについて考えながら、読者としては恐れながら読むもんなんよ。それにこのロケーションは最高なん!」
ヘカは真直ぐに通路を進む。自動警備システムがヘカを狙うがその弾が当たらない。何の奇跡かと石川は思っていたが、欄は手に小さな装置を持っていた。
「この隙に行くっすよ! 社長相手なら自分もヤバかったっすけど、こんな民間用の警備システムなんて玩具以下っす」
警備システムはエラーにはならない誤差というレベルで狂わされていく。とりあえず安全そうな部屋を見つけたので三人はそこに入った。
「ここは本当に上手いんな。ヒロの言っている事は正しい。現実世界の物差しとして、一般的な考えとして、でも響生の考えも正しい、どうしょうもない状況、それも選択の余地がないのに蜘蛛の糸が垂らされたら誰だってそれを取るん」
「嗚呼、死刑反対者と身内が殺されて死刑を求める人の関係みたいっすね!」
倫理だけが正しいというわけではない。実体験し、はじめて理解し考える事もあるだろう。この二人の差は恐らくどれだけの時間があっても交差する事はない。
何故なら全く異なったルールと世界の認識なのだから……
「ヘカ先生、あの社長。自分達が侵入しているのを警備システムのデモンストレーションとして公開してるっすよ! 銃弾もゴムスタン弾という事になってるっす……やりてというか、なんというか……警備システムはステージ4まであるみたいっすよ」
「一旦退きませんか? 相手が悪すぎます」
石川の提案に当然二人は乗らない。彼の求めるオーパーツを盗みに、もとい取り返しに来た。それが今や出鱈目な事になっている。
「欄ちゃん、次のスタートはいつなん?」
「いつでもいけるっすよ!」
そう言って欄はジャマーグレネードのボタンを押して外に放り投げた。それと同時にヘカが警戒するわけでもなく外に出る。「石川さんも速くっす」と言われるので外に出てみる。ある程度移動できるタイプの侵入者排除ロボットのような物が動きを止めてエラーを吐いていた。
欄はそれをみてしししと笑う。
「こんな事して、二人は……」
「自分は大犯罪者っすよ? 世界中で指名手配されてるっす。で、ヘカ先生はこんな感じなんで自分にはよくわからないっす。それにしても荒木さんの言う事ってここは正しいっすよね? フロンティアの人達のやる事は甘いというか、意味が分からないんすよ。まずやるべきは、遺伝子情報から実体、生身の身体の精製方法となるハズなんすけどね。それを加速世界に引きこもる事になったんすよ」
欄が言う事に走りながらヘカは少し指摘した。
「失われた何かを取り戻そうとして、道を間違えたんよ。フロンティアも、現実もなんな? それは祈りとか経験とか言葉とか、記憶では語れないものなん」
それはヘカの何か後悔のような物を二人は感じ取ったが、次のフロアに進むとそこはまさに詰みと言えばいい状況だった。
「ステージ3、これは厄介っすね」
ただの通路。だが、そこに入ってくださいと言わんばかりの透けた扉。その中で小鳥が一羽死んでいる事から、中は正常な空気とは程遠いのだろう。こればかりは簡単に攻略のしようがない。欄はその金色の瞳にヘカと石川を映しながらガスマスクを取り出した。
「ちょっとどうなるか、入って調べてくるっす」
ヘカは虚ろな瞳で欄を見る。それは心配している瞳であると欄は分かっていつものように猫みたいな口で笑ってみた。
「なんて顔してるんすか、大丈夫っすよ! あのサイコパス社長には少々引きましたけど、なんとか解除してみせるっす」
二人を下がらせて、欄はガスマスクの酸素缶をつけると何等かの毒ガスが蔓延している部屋に突入した。
すぐに扉は強制ロックされる。
「サラさんに同意っすね。隠れ蓑にヘカ先生を使わせてもらっていたのに、随分らしくねー事してるっすね。これ……確実にヤバい奴っすね。ネメシスとか使えねーすかね」
欄はガス室に入ったものの、この部屋は何もない白一面の部屋。それも相当な衝撃に耐えられるように出来ている。入口を潰せば、毒ガスがヘカと石川が吸ってしまう。
欄は考える事をやめた。元々、この重工棚田に依頼され、セシャトから金の鍵を奪う事がミッションだった。それから失敗し、命を狙われヘカの家に居候し、思えば面白い人生だった。ここに自分が来る事も重工棚田の総帥、元雇い主が考えていたのであれば、処刑がついに執行されたのだろう。
出る事もできない、何もする事できない。しかたがないので、最後の時間を読書で終えようかと、二人が読んでいる『Spirit of the Darkness あの日、僕は妹の命と引き換えに世界を滅ぼした 著・黒崎 光』のページを欄は開いた。
「穂乃果さんも響生さんも、ちゃんとした人間っすよ。自分なら、どんな光景を見せられても、なんの責任も感じねーっすからね。よくよく考えれば生きて行く為に色々悪い事をしてきたっすね。孤児院を出て、最初にした悪事はなんだったっすかね……戦闘現場の死体漁りだったっすかね」
酸素の時間、三時間程だろうから、まだしばらくは時間がある。少しばかり、毒で死ぬという醜い終わりは嫌だなと思ったが、今回は自分の番が回ってきたのかくらいで欄は考えていた。
「フロンティアと現実世界も、勝てばご飯が食べられて、負ければ食べられなくなるくらいのドライな感情で関われば、そんなに嘆く必要もねーんすけどね……ちっ! ダメっすね。こんな時になって自分はどうにか生きようだなんて考えてしまってるっす」
欄は響生と同化した。自分が今まで関わって、間接的に命を落とした人々が自分を迎えに来ている光景を見た。それに怖れるわけでもなく一言皮肉を言う。
「随分遅かったっすね?」
欄は足に隠し持っているデリンジャーを誰もいない空間に向ける。そこには確かに響生の姿を見た。彼は敵対行動を見せる欄に、迎撃処理としてレールガンを向けていた。
”ヘカ先生の家に居候する時から自分はわりと自然に笑えてたんすね”
引き金を引く、その瞬間、何等かの輪郭を見た。それは何処からか突如として現れた。物語と同化していた欄は一瞬にして現実に引き戻される。
「……なんすか? もしかして」
そこには銀髪ツインテール。レオタードにマスカレイドをつけただけの何者か……
「ふふふのふ、怪盗スーパーセシャト、予告通り只今参上ですよぅ!」
そう名乗る彼女は信じられない身のこなしでこの白い部屋に天井に隠してある換気装置を知っているかのように見つけ稼働させた。
「セシャトさんっすか?」
「ふふふのふ、私は怪盗スーパーセシャトですよぅ。このお屋敷に、大変貴重なお菓子があると聞いてイギリスからわざわざやってまいりました」
話が通じない。
換気装置が動き始めて三十分程たったところで、恐る恐る欄はガスマスクを取ると、正常に空気が吸える事を確認して入り口の扉を開けた。
「欄ちゃんよくやったん」
「どうやってこの部屋の毒ガスを?」
満面の笑みを見せるヘカと、欄に疑問を投げかける石川。欄としては、自分も何が何だかというのが正直な気持ちだった。
「現れたんすよ! セシャトさんが」
「欄ちゃん、何寝ぼけてるん? セシャトさんなら、さっきツイッターで能天気にケーキを食べるツイートを垂れ流してたん。セシャトさんのフォロワーはセシャトさんを甘やかしすぎなんな」
ヘカの言うツイートを確認すると、確かにセシャトはリアルタイムでこの東京にはいないようだった。
「あの、怪盗スーパーセシャトさんっすよ! 予告状出してた。どう考えてもあれはセシャトさんにしか見えなかったんすけどね」
ヘカはスマホで『Spirit of the Darkness あの日、僕は妹の命と引き換えに世界を滅ぼした 著・黒崎 光』を楽しそうに読みながら、適当に欄が言った事の返答をした。
「他人の空似なんな? セシャトさんはキャラ被りが沢山いそうなん。銀髪、褐色なんてど定番なんな! メインヒロインになれないタイプなん! メインヒロインはヘカみたいな正統派黒髪美少女なん!」
などと訳の分からない事をヘカは言い、それに飽きれた欄は一先ずあのおかしなセシャトさんに関しては考える事をやめにした。
「ヒロさんって、これはある意味逃げっすよね。響生さんに背負わせたんじゃなくて、背負ってもらったんすよ。残りの全てを……結局、ヒロさんはこういう運命だった事に少しばかり残念に思うっすね」
当然、読者は予測していただろう。彼は間違いなくストーリーから退場するだろうと……そして気持ちいの良いストレスとでもいうべきか、彼にはドロップアウトしてほしくなかったと思う読者もまた少なからずいたのではないか……
「作者の思うツボなんな。この作品は本当に心情が異常に上手いん。ここまで絶望したら、自ら退場を選ぶというのは、案外人間の行動なんかもしれないんね」
ヘカがそう言う。
「かもっすね。先ほど、自分もさすがに一巻の終わりかと思ったっすよ。でも、自分はヒロさんとは違って、生き残る事を考えちまったんすよね」
欄のその言葉に石川が口を挟んだ。
「それもまた人です。どうしょうもない時、約束を守る為、そんな事で人は自分の命を捧げてしまいますが、普通は誰だって死にたくなんてないんです」
石川は、自分の記憶の中にいる怪盗集団。もとい、量子コンピューター技師、石川五右衛門達について思いをはせていたのだろう。
「じゃあ、そろそろ最後のシステムクリアしてオーパーツの回収と行きましょうか」
『Spirit of the Darkness あの日、僕は妹の命と引き換えに世界を滅ぼした 著・黒崎 光』と同化した欄さん、なんだか彼女もどこかでドロップアウトしてしまいそうな気がしますねぇ。命の意味、それを今一度考えて頂きたい事件が悲しい事に起きてしまいました。本作も大変命の取り扱いに関してはデリケートです。あえて、私はここで言います。リアルと創作は違います。命を大切にしてください。




