Reincarnation
三月は去る。早すぎますねぇ! もうお花見シーズンが到来してしまいましたよぅ!
皆さんは何回お花見をされますか? 三食団子に桜餅、そして手作りのお弁当を持って皆さんとわいわい楽しく過ごしたいですねぇ!
起床・開眼・覚醒。
「ここは?」
白く、清浄な部屋だと言えば聞こえがいいのだろうか? 真っ白だ。むしろ、こんな白一色の部屋、不気味以外のなにものでもない。
自分の名前……
「倉田夏南」
手に何かを持っている。
手触りでそれがスマホであると気づくとスマホの画面を見る。時間や日付ではなく、その画面に映っているアマチュアのネット公開された小説。
『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』。今を把握していない夏南はその小説の文字に目を這わせる。
「こんな作品だったっけ?」
中学生の陽葵が自傷からの生還までは覚えていた。
しかし、夏南が開いたページは5年という時間が経った状態でかつ、陽葵らしき人物の語りから始まっていた。いきなり場面が飛んだ。陽葵の決意はどうなった? 何故また彼女は病んでいる。
そして、それは夏南自身にもブーメランのように返ってきた。自分は何があってどうしてこんなところにいるのか?
ここに来る前、否。
目を覚ます前、自分は何処にいて誰と何をしていたのか?
痛い。
思い出そうとすると脳髄に響くような痛みが走る。
「私は……」
記憶障害が起きている。陽葵と同じように自分も壊れはじめているのだろうか?
否。
自分は違う。この記憶障害は、心的ダメージによるもの。
思い出せ!
自分は確か、従弟の可愛い男の子が通っているという怪しげな古書店に物申しに向かった。
そこで偉そうな女の子、ヘカに会い、その同居人の欄に出会い。一緒にお泊り会をしながら、『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』を読み楽しい時間を過ごしていた。
それから……
フラッシュバックするのは、双子が身動き取れぬ男を無残に、無情に解体していく様子。生々しく、腸の蒸れたような臭いが思い出される。
違う。
こんな情景は経験していない。これは物語の中のイメージだ。自分はそのイメージを現実として意識してしまっていた。……
果たして本当にそうなのか? 私のこの記憶こそが、妄想で私は何か大変な事をしでかしたのではないか……そう夏南は自分の記憶を疑い始めていた。
ガチャリとこの純白の部屋に侵入する何者か……
「看護婦さん……なの?」
黒いナースの制服を着た女性。モデルみたいなスタイルだが、夏南は見覚えはない。そしてこんなナース服は見た事がない。
だけど……知っている。
随分昔、戦場の看護婦の制服の色だ。ならここは何処かの戦場なのだろうか? そんな考えをした自分に馬鹿馬鹿しくなる。
夏南はこの女性に質問した。
「すみません。ここは何処ですか?」
「芳野さん、まだ記憶が曖昧ですか?」
「私は」
「倉田夏南さんは、芳野さんが頭の中で作りだした人物ですよ。仲良しのお友達とうぇぶ小説でしたか? それを読んで楽しんでいたという想像をよくされていましたから」
夏南は、何の冗談だろうと思ったがここで取り乱せばこの女性は話を聞いてくれそうにない。小さく深呼吸をすると話し出す。
「私は、『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』という物語をその妄想かもしれない人達と読んでいたの。そのWeb小説はこれ」
スマホの画面を見せると看護婦は怪訝な表情を見せる。
「看護師さん……」
「双龍です」
彼女はそう名乗る。何処かで聞いた名前だった。だけど、そんな事より今話を聞いてくれる人物はこの双龍のみ。
「私は、『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』の陽葵がまだ中学生だった頃、自分の首を裂いて生死を彷徨っていたところまでは覚えているんです。その話を誰かとしている時より後の記憶が曖昧で」
双龍はそっと夏南の手に自分の手を乗せる。妙に冷たいその手だが、夏南は不思議と落ち着いた。
「少し休まれた方がいいです」
「私、外に出たいんですけど」
ほんの一瞬、多分。双龍は何処かで見た事のある嫌な目をした。それに気づかない夏南ではなかったが、今の夏南はなすすべもない。双龍の反応を待つ。
「そうですね。では車椅子を用意しますので、しばらくお待ちください」
そう言った双龍は何やら錠剤をザラザラと流し込むように飲んで真っ白な部屋から出ていく。
病んでいる。
夏南は思った。自分も、あの双龍も、こんな異常な部屋を用意した何者かも皆何処か病んでいる。
「エピローグで語られる一章は全て過去の回想……」
小説の表現としては特に真新しいところはないが、それを示唆する部位もない事から、元々用意されていたエピローグもといストーリではない。
と夏南は考えていた。
作品を紡いだ結果、この展開になったのではないかと予想。
これは、紙の本をよく読む夏南だから感じた僅かな違和感。
「多分、影響されたものとかがここで完全に変わってる」
恐らく、夏南が考えたように何か心境の変化か、趣味嗜好の変化を文章から感じる。古書店『ふしぎのくに』のライター曰く。
突然、今まで信仰していたものがどうでもよくなった時、あるいは新しい扉を開いた時、突然作風が変わる事があるとそう述べていた。
実際はどうか分からないが、本編とエピローグの違和感をこう説明する。
破壊と再生の成長と述べる。
『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』において、当初の作風は粗削りだが、確かに界隈の人間を惹かせるだけの表現があったかもしれない。以降は完全に文章能力の高さは当初とはくらべものにならないレベルで上がっている。
が、落ち着いたと言うべきか、小説らしくなったようにも感じる。
そのどちらがいいかは、半分に別れるかもしれない。そんな事を夏南が考えていたら、双龍は車椅子を押してやってきた。
その車椅子は夏南が座る為ではない。
何者かが、年老いた女性? が座っていた。
「その人は?」
「芳野さん、こちらは私の半身です」
いよいよ、訳の分からない事を言い出した。双龍という女は真面目にそう言うわけだから、これは冗談でもなんでもないのだろう。
(嗚呼、頭痛がする)
これは陽葵が感じている頭痛に近いのかもしれない。現実と妄想と、区別がつかない。自分は本当に倉田夏南だったのか、今となっては分からない。
車椅子に座っている女性は、少女趣味の服に身を包んだ。老婆? 目は虚ろで、心というか魂がそこに今も尚あるのか分かりかねる。
「リインカーネーションを芳野さんは信じますか? あぁ、いえ答えなくても別にいいです。もういなくなる人の答えなんて聞いてもあまり意味はないですから」
双龍は独り言を話すように自分で言って自分で納得していた。夏南はこれは、絶対にいけないやつだと思ったが、老婆だと思っていた女性は車椅子から立ち上がると信じられない勢いで夏南が横になるベットに這うように上がってきた。
夏南の表情を確認するかと思ったその時、夏南の腹部が熱くなる。
『痛い』
その瞬間、痛みが走るところに視線をやる。
肝臓、膵臓、脾臓、腎臓。多分、大きな動脈が通る臓器の全てが、鋭い刃物に犯された。看護系の学校に進もうと思っていた夏南は自分がもう助からない事を理解する。
「貴女、紗雪?」
多分、夏南の命は失われていく。それは闇に太陽が沈むように夏南は嘆き、嘆く言葉を重ねようと思ったが、何も思い浮かばない。
何故なら、目の前の老婆は蕾が花咲かせるように、若返る。自分の命を吸っているのかと、物言わぬ美女を見つめてこう思った。
”嗚呼、綺麗な人だな”
出血多量による、意識の昏倒。その時夏南は一つだけ分かった事があった。双龍……そうか、この二人は化物なのかと……
死にたくはなかった。自分は涙を流している。真っ赤に染まった紗雪が持つナイフの刃にそんな自分の顔が映っているのを見て、意識を失った。
「芳野さん、芳野さん!」
優しい振動と衝撃、それに夏南は目を覚ました。そこは教室。
皆が自分を見ている。そして自分を起こしたのは英語の教師。
「すみません」
いくらか小言を言われて、教師は授業を進める。ゆっくりと覚醒していく。自分は昨日、誰かと車で夜中にドライブに行き、そのまま夜更かしをして今に至る。
父親と母親が離婚する少しまでは、倉田という名前だったが、母親の性芳野に変わったもののまだしっくりこない。
あまりにも生々しくてリアルな夢を見た為、寝起きは最悪だったが、一つどうしても夏南は気になる事があった。
自分が読んでいたweb小説。タイトルが思い出せないが、何か読まなくてはならないような気がしていた。
「あんまり行きたくないけど……」
変人が多いという文芸部の部室を放課後に夏南は尋ねる事にした。あまり関わり合いにならない方がいいとクラスメイトには言われていたので気は進まないが、部室前まで来ると聞いた事があるような声が響く。
勇気を出して扉を開いた。
「おや? 新しい、部員の方っすか?」
美人な女性が人懐っこい表情で笑う。部員はそれを否定し、夏南はweb小説についての質問をしに来た事を告げる。
すると、ひとしきり部活に参加させられる事になった。
その美人、欄と名乗る女性は帰る事を告げると部員達は彼女は見送る。そんな情景を他人事のように見ていた夏南の耳元で欄は呟いた。
『生きてたんすね。夏南さんの探している物は……』
「えっ?」
欄は『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』というタイトルを述べて帰って行った。
そのタイトルを聞いた、文芸部の部長らしき男子生徒が言う。
「スノー、ホワイトって、アルカノイド系の薬物の事だよな。あとはルナテック。狂う……まさかな。考えすぎか」
フラッシュバックした。
夏南は、先ほど出て行った欄に突き落とされた事、自分の両親は離婚なんかしていない。
「あああぁああああああ!」
訳が分からず、夏南はそこに崩れ落ちた。救急隊員が来た頃には、意識不明、ただ夏南のスマートフォンには『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』の画面が表示されていたという……
『фотТгтwep(疑似書込み解除)』
「はっ……!?」
夏南が気づいた先、そこには羽ペンを夏南に向けるヘカと、心配そうに夏南を見る欄の姿だった。今までの事は全て夢か何かだった。
「夏南ちゃん、同化しすぎて帰ってこれなくなってたんな、かなり危なかったんよ」
そういうヘカは自分の力で夏南を目覚めさせたと訳の分からない事を豪語する。夏南はヘカに抱き着いた。そして泣きじゃくる。
「なんなん? ヘカは抱き着かれるならイケメンがいいんけど」
「ヘカ、ヘカぁ……怖かった」
夏南が泣き止むまでヘカはそのまま夏南をあやすと欄に家まで送ってもらう事になった。今まで二人にお世話になった事のお礼等を言いながら、夏南の自宅であるマンションへとたどり着くとナンバーロックの入り口の前で欄に頭を下げると夏南は中に入る。
その瞬間。
ガラスの入り口にうつった欄の表情はあの嫌な目をしていた。咄嗟に振り替えるといつも通り人懐っこい顔をしている。そして、最後に欄はブイサインをして悪戯っぽく笑った。
「あっ! もう欄さん!」
今の今まで夏南は欄とヘカに遊ばれていたのだ。作品世界に没頭する為の雰囲気作り……まんまと最後まで騙された。そんなやられた感と謎の充実感に包まれながら夏南は再びあの作品を読み始める。今度は自分が『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』を読み込んで二人をあっと驚かせてやろうとそんな事を密かに企みながら。
名残惜しいですが、本日を持ちまして3月紹介作品『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』の紹介を一旦ここで幕を下ろさせて頂きますよぅ! 不思議な世界、踏み入ってはいけない世界は案外近くにあるのかもしれませんね^^ 3月最後の微睡に『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』を今一度お楽しみ頂ければ大変嬉しいですよぅ!




