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セシャトのWeb小説文庫2019  作者: 古書店ふしぎのくに
第三章 『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』
25/111

書き手と読み手の誤差

web小説のコンテストを実は考えています。11月紹介作品はコンテスト優勝作品としようと思いますよぅ!

現時点では何か賞品をと考えていますが、まだ未定です! 詳しくは4月のイベント時に公開予定ですからお楽しみに!

「かんぱーいなん!」



 三人はフルーツ牛乳の瓶をコツンとぶつけ空いた手を腰に手をあてておなじみのポーズで飲む。



「いやぁー、自分達もスイーツバイキングでも行きてーっすね!」



 ”きらきらメルヘンテックスイーツガーデン”なるネームセンスを少々疑うイベント、有名なパティシエの洋菓子を味わえるとあっては女子な興味が尽きないだろう。



「紗雪みたいな子たまにいるよね! 歩いているだけで視線集めちゃう女子。だいたいモデルだったり売り出し中のアイドルだったりするんだよね!」



 少しテンションを上げて語る夏南。欄からすれば夏南も若々しく、元気で可愛い女の子に思えた。少しはヘカの不健康さをもらってくれないだろうかなんて考えながら夏南に話す。



「魔力にも近い魅力って書かれてるっすよね? これ実際そうなのかもしれねーっすよ。異常犯罪者は時に人々に崇拝されるカリスマ的な空気を纏ってるっす。それは捕食者だからかもしれねーっすね」



 捕食される草食動物は肉食動物に襲われる時、息の根を止められる瞬間、快感物質が脳内で分泌されるという。これは言わばマゾヒストの正体。種の存続の為に死に対して大量のダイノルフィンを分泌させ飽和させる行為。

 それを恋、あるいは魅力と勘違いするのだ。



「セシャトさんなら、あざとく『はっひゃー!』とか言って予約しそうなイベントなんな」



 セシャト。夏南に対してタブーの名前が出た。



「詳しく教えてよ」



 セシャトの事を語るならどれだけの時間があって、万の言葉を使わねばならないかもしれない。だが、親友であるヘカは一文でセシャトを表現した。



「web小説の好きな妖怪甘味狂いなん」

「……どういう事よ」



 全然説明になっていないのに、欄も納得してうんうんと頷く。セシャトはある意味では本当のお菓子評論家である。駄菓子から高級菓子まで実に美味そうに食べる。



「しかし、ここのパティシエはまだまだっすね。クリスマスならウフを最初に出してくれねーと盛り上がらねーっすよ」



 欄がペロりと舌を出す。そんな行為ですら品を感じる。夏南は”ウフ”ってなんだと思ったらまさかのヘカが答える。



「フランスの家庭菓子なんな? 母親が娘に教えるお菓子作りの代名詞なん」



 ヘカは黒髪だが日本人ではない。もしかしたらそっちの文化圏なのかなと夏南はツッコまない。それより気になる内容があった。



「デセールって最後に食べる物じゃないの?」



 デセールの後に次ぎのスイーツが登場する。スイーツイベントなので次々に登場するのは当然かもしれないが、欄が補足した。



「成程っすね。確かに、昔からそういう意味で使われてるっすけど、恐らくこのイベントのデセールは前衛的なお菓子。アシェットデセールの事っすね。出来立てとかそういう意味もあるんすよ。あとお菓子の出す順番も非常に理にかなってるっすよ」



 最後にチョコレートケーキ、チョコレートでなければチーズのデザートだろうか? 味の濃い物を最後に頂く方が楽しめるのは言わずもがなだろうか……



「そうなんですね! さすが欄さん」

「いやいや、少し指摘すればベリーより、オレンジの方がラストはベストっすね」



 夏南はドレスを着て、優雅にコース料理を楽しんでいる欄を夢想する。そしてそことは別のテーブルには陽葵が紗雪が舌つづみを打っているという情景を見る。

一部の読者のみが到達できる境地、同化。

 そしてそれは嗅いだ事もないガラムの香りすら再現させる。夏南は過呼吸に陥り、気が付くと天井を見上げていた。



「大丈夫なん?」



 そこにはヘカの顔。自分に何があったのか? 過呼吸といえばビニール袋を膨らませる。あるいは、誰かがその唇を……



「ヘカしたの?」

「は? 何をなん? 陽葵たんのPTSDを夏南ちゃんが同化しただけなん。よく考えるん。一人称でこれだけ状況説明できるというのは冷静なん」



 ヘカは一番言ってはいけない事を言ってのける。そう、いかに追い込まれているのか……この描写に関して一人称で延々と説明されているとふと気づく事がある。コイツ、まぁまぁ冷静じゃね? と言ったところだ。

 それに欄も追い打ちをかける。



「自問自答はじめちゃったっすね!」



 そんなデリカシーのない二人の発言に夏南は深層心理にまで同化していたが、呆れる。



「なんで二人はそんな事言うかなー」



 それは夏南の為、とは二人は言わない。あまりにも物語に影響され同化しすぎるとどうなるか、場合によっては死に至る。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、事実そういう事件が世界では起きてしまっているのだ。

 特有の心理状態に陥った者はいとも簡単に自分の生命維持を終えてしまう。



「鯨でも殺せる瘴気の剣でもヘカ先生は殺せなさそうっすね!」



 あははと笑う欄と夏南。そんな中でヘカはそれに怒るわけでもなく、真面目な顔で面白い事を言った。



「愚かなのは、陽葵たんなんな」



 評論家のなんとか氏に対しての言葉。ヘカは語る。いくら人を殺していようが、それは陽葵の物差しでしかない。そのなんとか氏は陽葵の何倍生きている。それだけ生きている人間がどれほどの罪を重ねてきたかもしれない事、陽葵には知るよしもないだろう。

 結果として彼女の言った言葉はそのまま彼女に返ってくる。



「まぁ、生活環境が特殊すぎっすから、人の言う事を信用できねーんでしょうね」

「陽葵が神様と一方的に対話するシーン、素敵だと思うけど、ヘカ達はそうは思わないんでしょう?」



 神。

 神と名乗る存在をヘカは知っている。自分の親だ。あのちんちくりんで態度が異常にでかい神様。あれそのものに人一人の命を救える力はない。



「分からないんよ。困った時の神頼みって言うん。もしかすると、陽葵たんは自分が望んでいる物とは違う何かに祈っているかもしれないんけど」



 陽葵は死にたがる。自分を戒めとしての死、あるいはもう楽になりたいという観念からか、自分の手術を客観的に見てそして失敗を望む。



「人間の生死ってのは面白いもんすよ。基本的になんという事がない事で人は死に、大変な状況から生還するんす、運命というものが本当に存在してるかのようっすよね? 千の言葉で説明したって、生きるか死ぬか、それしかねーんすよ。死神は死期を悟った時しか迎えにこねーって事っすね」



 本作は延々と詩的な文章で語られる。いかに自分は業が深く、いかに自分は妹を愛していたのか、ここに関しては賛否両論あるかもしれないが、我等が絶対エースが最大の敬意を表して評価した。



「ここはヘカは心が震えたん」



 まさか、ヘカと同じ気持ちになるとは夏南は驚いた。彼女は自分とは違う感性で物事を見てそして全く違う展望を眺めているんだとそう思っていたが故に嬉しくなる。そしてそのうれしさを共有しようとした時、当然ながらヘカの発言に唖然とした。



「ほんとに凄いん。長ったらしい御託を並べて、最後に紗雪たんと一緒にいて幸せだった。生まれ変わっても紗雪たんと双子になりたいん。この言葉が全てを物語ってるん。凄いん」



 本作の作風と言うべきか、詩的表現が続く。そんな中、陽葵が唐突に本心を叫ぶシーン。これを狙ってやっているのであれば驚愕の一言なのだ。

 千の言葉より、万の詩よりも、ただ一言愛しているというストレートな言葉のインパクトを覚える大変貴重なシーンと言える。

 実に逸品、web小説の文章表現の中でも非常に優れた技法かもしれない。夏南は読み手として、ヘカは書き手として見ている世界が違う為の誤差。

 彼女、陽葵は死の淵と言うべきか、深層心理の葛藤からか、帰還する。そんな中で彼女は妹、紗雪といる資格がないと言うが、紗雪は資格なんて必要でない。まさに様式美それに対してヘカと欄が何か言うと夏南は未来予知し、その予知はあたりまえの如く事実に至る。



「ヘカといるのには資格がいるんよ!」

「へぇ、初耳っすね。どんな資格なんすか?」

「ヘカをもてなして、ヘカを称えるんよ」



 成程、王かと夏南は理解する。

 ヘカは確かに今の時代に生きていてはいけないくらいに自尊心の高さと傲慢さ、さらには虚栄心まで兼ね揃えている。世界と時代によっては良い王だったかもしれないなとふと考えた。そんな中、欄が話に入る。



「自分には、双子ちゃんが一人では生きていけねーって気持ちは分からねーんすけど、番いは片方が死ぬと後を追う事が多いっすから、双子特有のシナジーなんすかね」



 一ミリすら、人間愛に関して語らない欄。それは欄が時折見せる嫌な目。それが全てを物語っているのかもしれない。そして欄は思い出したかのように語る。



「紗雪ちゃんも神様にお願いしたみてーっすね。ずっと一緒にいさせてください! でもこれを叶えてくれるのはヘカ先生が言ったみたいに神様じゃないかもしれねーっすね」



 神は何もしてくれない。神が出来ることはせいぜい人間が出来る事と大差がない。それは各種宗教の聖書が物語っている。そこに記載されている事のほぼ全ては解釈によっては今の人間の力で事足りるのだ。

 ヘカと欄が言う。神ではない何かとは一体なんの事だろうと夏南は思うが、何故だかそれを聞いてはいけないような気がした。



「今回で悩むのは最後かは分からないん。だけど、陽葵たんは死の底から戻ってきたん。それも完全な怪物としてなんな」



 吹っ切れた。今まで幾度か、殺す事への躊躇はないと言いながら、葛藤を繰り返した彼女が、生きるという業を選んだ。



「それって可哀そうだよね。陽葵が言っている地獄の責め苦を生きながら受けるようなもんじゃん」



 そう、楽には死ねない。

 まさに陽葵は地獄の業火に身を焼かれ始めたという事に他ならない。諦め、滅びに身を委ね浄化されるはずだった魂は再び受肉し、そして紗雪の隣に並ぶ事に決めた。しかしそれは同時に救いでもある。地獄の名を冠した楽園。



「もうこんな時間なんな! 続きはまた明日なん」



 ヘカは何とか作ったスペースに広げた布団に向かってダイブした。本当に唐突に行動する連中だと夏南は空いた口が塞がらず、歯磨きをしに洗面所へと向かう。

はっひゃあ! ”きらきらメルヘンテックスイーツガーデン” 行ってみたいですねぇ! そういえば最近スイーツ系バイキングってあまり見なくなりましたねぇ! 以前はホテルといえばスイーツ系バイキングのイメージでしたが……『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』中学生編の第一章ももうじき終わりますが、もう一度読み直してみてはいかがでしょうか? 

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