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セシャトのWeb小説文庫2019  作者: 古書店ふしぎのくに
第三章 『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』
20/111

ヘカと正統派読者の日常

さてさて、文芸部さん。なんとか読者選考をクリアしてホッとしてますね! これで名実ともに、紹介をするに恥ずかしくないチームとなりました! でも月間紹介の読み込みもどんどんパワーアップしていきますからねぇ! 

 ヘカは母屋よりバナナを房で持ってくるとそれを一本むしり剥く。

 大きなそれをあむっと大きな口で齧りながら作品を読む。



「殺人を覚えていないん。分裂症なんか……あるいはこの二人のどちらかが幻覚を見ているのか……いずれにしても面白いシナリオなんな」



 ヘカの言った事は実はノットイコールで繋がる。紗雪が単純に異常性なシリアルキラーであるという見方と、どちらか一方がどちらかが生み出した幻想でしかないという見解。

 だが、この考えは担任教師の電話連絡で脆くも崩れ去る。

 そこでヘカは別の文章からこの作品を見つめなおす事にした。

 怪物姉妹、彼女等の姓。



「双龍、竜ではないという事は蛇なんな? その真名やウロボロスだったりするん? だとすれば面白いん」



 ウロボロス、二匹の蛇がお互いを食み、飲み込んでいく姿。それを紗雪と陽葵は体現しているのかもしれない。お互いを慈しみ、お互いを蝕んでいく。もはや絡みすぎた彼女等は、二人が一人としての人間のように……

 つがいの怪物としてウロボロスは中々に興がきいているとヘカは思った。何か口に入れたくなったので母屋に入ろうと思った時、カラガランと入店者を告げる鐘の音。

 ヘカはあからさまに嫌そうな顔をして舌打ちをする。そして入店してきた人物を見てこう言った。



「何しにきたん?」



 そこには前日倉田秋文と共にやってきた少女、夏南。彼女の腕の中には秋文が持っていたハズの疑似小説『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』それを見せて夏南は言う。



「こんな作品、小学生にオススメするなんてやっぱりおかしい」

「ヘカに言われても知らないん」



 とばっちりを受けるヘカはバナナをもう一本剥くとそれに牙を入れて齧る。そしてバナナの皮をゴミ箱にポイと放り投げる。



「ウロボロスの話なん、ガキんちょにも人を呪わば穴二つくらいは分かるん。それ以外は難しいかもしれないんけど」



 そう言ってバナナの皮にマジックで顔を書くともう一本のバナナと並べてウロボロスを作る。それに夏南は呟く。



「プーシュケ……」



 ヘカが虚ろな瞳で嗤う。



「よく知ってるんな」



 ウロボロスの画く円の別名、人間の本質を意味する言葉になる。本作は吸血症のような症状を持つ紗雪単独であれば吸血鬼を連想するのだが、つがいである陽葵も並行して見た場合、その考えも崩れる。

 彼女等は二人で一つの化物であり、そして人間の本質を体現しているのだろう。

 そこまで夏南は読み取った状態でヘカの前に立っているのだろう。それ故にヘカは普段セシャトが腰掛けているカウンターの椅子に座って言う。



「その本を返しにきたん? それとも他に用事があるん?」

「……この作品を読んだの」

「どうだったん?」

「悔しいけど、面白かった。文章の遣いまわしが上手いし、共感できる部分もある。貴女とは違って私は普通に楽しめるの、だからこの作品を選んだセシャトさんとお話をしてみたくなったかな」



 ヘカは目を瞑る。セシャトはいないから帰れというのが一番楽かと思ったが、帰られるのもまた癪だなと感じ始めていた。



「良い度胸なん。じゃあ聞くん紗雪をどう感じるん?」

「そうね、成長途中のトマトかな?」

「なん?」



 何言ってんだコイツと思ったヘカに気づいた夏南は補足する。



「紗雪は他者の血を見て、生き永らえる食虫植物みたい。そして赤く美しい美をつけて、最期はその赤を散らす。そんな風に感じたのよ」



 成程、よく分からんとヘカは思おうとしたが、何となく理解できる。それ故にヘカは夏南に言ってみた。



「なんで人を殺してはいけないん? 知ってるん?」

「法律で決まってるからよ。それ以上でもそれ以下でもない」



 ルールの中で生きているから人は踏みとどまれる。人間はルールに躾けられた動物であるから、その躾けが上手くできない者や理解できない者は一線を越える。

 実のところ平気で殺人を犯す紗雪自体は至って普通なのだ。他の人々と違い、社会のルールが理解できず働かない。コミュニケーション障害に近いもので、多重人格症の殺人鬼も近い症状がある。

 笑うヘカを見て夏南も頷く。



「真正のサイコパスは陽葵、と言いたいんでしょ?」



 紗雪の事は校内での顔も、シリアルキラーとしての顔も陽葵は知っているが、紗雪は無垢故に陽葵の異常性は知らない。

 彼女の異常性は朝礼のシーンで見て取れる。本来であれば見つからないにこした事はないハズの同級生男子の死体が見つからない事にややイラ立ちを感じ始める。



「いい意味で子供らしいんな。サイコパスの殺人犯は自分の犯行を芸術に例える奴がいるん。殺して見つかるまでを一つの作品とするんな」



 そう言う意味では、陽葵の立てるシナリオも行動も演技も作品完成の為に惜しみない。やや荒が多いところも含めて実に強かである。

 夏南はセシャトが出した疑似小説を置いて自分のスマートフォンで作品を読み進める。そしてヘカに同意を求めた一言。



「警察があまりにも、無能すぎない?」



 そう、刑事や検察は想像以上によく働く。紗雪と陽葵が屋上にいた不良少女を殺害した時、容疑者となるが、存外簡単に釈放される。

 某高校生が完全犯罪をやってのける小説およびそれを実写映画化した作品があるが、父親と友人をアリバイ込みで殺害した主人公に対して、警察側は大人の力をこれでもかというくらい見せつけ主人公を自殺に追い込む。

 実際、警察組織の力は計り知れない、刑事小説が時代に左右されず人気な理由もそう言ったところだろう。

 それ故にヘカも同意をしめす。



「まだまだなんな? 子供相手の取り調べ時、警察官はもっと馬鹿のフリをするんな。子供の嘘は死ぬほど分かり易いん」

「そうだよね。騙し合いでは詐欺師より、あの人ら上手いし」



 何か警察にお世話になった事でもあるかのような夏南の口ぶりにヘカは閉口したような表情を見せる。



「何したん?」

「いや、ちょっと外泊時に補導されて……ね」



 この夏南もそこそこの不良少女なのかとヘカはバナナを夏南にくれてやる。



「えー、私バナナあんまり好きじゃないんだけど」

「いいから食べるん」



 しかたなしにヘカから出されたバナナを夏南は剥いて食べるとスマホを触り、画面を読みながらヘカに聞く。



「ねぇ、どうして片方の子供しか愛せない親がいると思う?」



 紗雪と陽葵の両親は紗雪を寵愛し、陽葵に対しては中々の塩対応を見せてくれる。このシーンに関してヘカが言える事。



「知らないん」



 ヘカには両親はいないが、生みの親はいる。あのちんちくりんな神様である。元はもう少し大きな身長と長い髪を持っていたようだったが、その頃の記憶もないし愛のない嫌われ方をしているわけではない。

 それ故、恐らくこの家族関係に関しては生涯分からないのだろう。

 それが、人とヘカ達の埋められない差。

 それを夏南が話し出した。



「これって物凄く難しいんだけどね。親の子供に対するブランド力であるとか、双子であれば片方が障害を持っていた場合。障害を持つ方を虐待したり、その逆で障害のない方に謂れのない憎悪を感じる親もいるの、これは親のみが持つ姿のない病」



 それはとても些細な事で、一般人には理解しえないような事だったのかもしれないだが、そのきっかけをもって段々と憎悪が広がる。何をしていても姿を見るだけで、もはや生きている事に憎悪する。

 それを聞いてヘカは夏南に言う。



「なら、この二人を化物に変えたのはこの両親なんかもなんな?」

「……かもね。ねぇ、話は変わるけど校長の話ってさ」



 夏南が校長の話をしようとした時、ヘカはあからさまに嫌そうな顔をしてから夏南には想像もつかない事を言う。



「ヘカは学校という組織に所属した事がないん。だから分からないん。校長先生の話が長い事がなんでそんなに面白いのかも、なんで校長先生が死ぬほどつまらない話をするのかも、そんな苦行に生徒達が黙って聞いているのかも、全然分からないん!」



 学校を知らないヘカだから言える中々双方をディスった意見に夏南はおかしくなる。ヘカという少女がどうも愛らしく見えて来た。



「あはは」

「何がおかしいん?」

「校長先生の話って今の貴女みたいな感じなんだよ。なんだか、ちょっとズレた話をして、なのに知っている体で長々と話を続けるから、それが子守唄になってくるの、これが猛暑ならもれなく天国への片道券まで用意してくれるんだけどね」



 校長先生がこの文章を読んでいる事はまずありえないと思うが、校長の話を一言で済ませてみれば、話題性があり生徒達もよく理解してくれる事を補足しておこう。



「そうなん?」



 ヘカが興味深そうに言うのでそれにうんと頷く。



「えっと、貴女……」

「ヘカでいいん」

「そう、私も夏南でいいよ!」



 そう言って夏南は手を差し出す。それにヘカが死んだような目で夏南を見つめているので、ヘカの手を無理やり掴むとぶんぶんと振る。



「これで友達でしょ!」

「そうなん?」

ヘカさんと夏南さん、中々に良いコンビですね!実は本作を読んで当方、古書店『ふしぎのくに』は誰一人として吸血鬼を連想された方がいなかったんです。恐らく作者さんも、双龍さんはウロボロスをイメージされているんじゃないかと思います。プーシュケのくだりは少し読み進めすぎでしょうか^^

血塗られていく程に美しい『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』、新章もスタートされましたし、是非お読みいただければ嬉しいですよぅ!


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