機械人形はマスクをつけない
皆さんバレンタインは楽しめましたでしょうか? 古書店『ふしぎのくに』ではチョコレートの交換を行いましたよぅ! やはりトトさんやシアさんのお作りになられるチョコレートが美味しかったですねぇ^^
手作りチョコレートを美味しくする方法は固める時の冷やす温度なんですが、どうもお二人はプロっぽいです><
いつも通りの店番の最中、セシャトはクロワッサンたい焼きを頬張ろうとした時にお店に入店するお客さん。
「むむっ、おあづけですねぇ」
お客さんのお出迎えに行くと、そこには端正な顔つきをした青年と、その青年に付き従うような女性? の姿だった。
「あら、いらっしゃいませ! 確かアリアさんのお兄様」
「クリスです。こんにちはセシャトさん、今日は我が社の新作にセシャトさんの小説紹介を聞かせたくて連れてきました。アリス型のノベラロイド、メジェドです」
「ノベラロイドですか?」
「えぇ、セシャトさんみたいに小説の紹介をする人形です。自己学習機能がありますので、大勢の人に楽しんで貰えるように我が社も紹介事業をしようかと、同業他社は困りますか?」
ぱっと見人間にしか見えないそのメジェドを見ながらセシャトはぱぁと明るく笑う。
「それは素敵ですね! 微力ながらお手伝いさせていただきます」
その瞬間、クリスの瞳孔が開く。待ってましたと言わんばかりに、わざとらしく時間を確認してクリスは言う。
「おっと、急用だ。じゃあメジェド、大人しくしてセシャトさんに色々教えてもらうんだよ? セシャトさん、僕は少し出ます。閉店前には戻りますので」
有無を言わさず店を出るクリスに、セシャトは手を振る暇も与えない。セシャトをガン見しているメジェドにセシャトはほほ笑むとこういった。
「それでは、母屋に行きましょうか」
母屋に案内するとセシャトはノートパソコンの前で金の鍵を使った。
「хуxотоxунихуxакутоxуноберу(Web小説物質化)」
ノートパソコンから存在しない本を取り出す。それをメジェドは目をぱちぱちさせながら見つめる。
「『コルシカの修復家 著・さかな』ご存知でしょうか?」
「周知、であります」
「ふふふのふ、ではこの第六章を一緒に楽しみましょうか? 第六章はゴンドラの街、ヴェネチアから始まります」
「汚水と異臭の街であります」
中々に酷い言い草であるが、一度ヴェネチアのゴンドラに乗った方は知っているかもしれない。あの独特な香り、生活用水等が混入しているのかもしれない。そんなメジェドの反応に苦笑するとセシャトは話をつづけた。
「ついにここで、ベルナールの指輪について情報が出てきますね。ベルナール家、さてさてどんな一族なんでしょうね」
メジェドは少し考えてから何も言わない。セシャトは頷くと語る。
「ベルナールさんもニノンさんもどちらも、フランスのよくあるお名前ですよね。ニノンさんは、このベルナール家の令嬢(姫)なんでしょうかね?」
やはり、反応しない。セシャトの話は聞いているようなのだが、どうも普段とは違う。とはいえセシャトもテラーのプロ。
ここは話を変えてみる。
「アダムさん、画家になりたいみたいですね! メジェドさんはお好きな画家さんはいたりとかしますか?」
セシャトがそう聞くので、メジェドは少し考える。電子頭脳はどんな答えを返すのか……
「フランス・ハルスの絵画をマスターがよくご覧になられています」
マスター、クリスの事だろう。
オランダの画家、生活をする人々の姿やその表情の巧みさにファンが多く彼が育った町、アムステルダム近くでは彼のミュージアムまであったりする。数百年前の人物であるが、絵画技術の高さ、独自表現の力強さと日本人のファンも多くいたりするので一度調べてみて欲しい。
「成程成程、クリスさんは白黒つけるのが好きそうですので、ハルスさんの作品、お好きそうですね。メジェドさんは個人的にお好きな芸術家さんは?」
首を横に二度振る。セシャトはその様子を見てほほ笑む。
そして……
(困りましたねぇ! 全然何を話したらいいのか分かりません)
セシャトはそう思いながら手をポンと叩き語りだす。
「今回のキーパーソン、ドロシーさん。この方の暮らす。ネオヴェネチアとでも言えばよいでしょうか? ここはひょっとすると本物のヴェネチアより素敵な場所かもしれませんね」
「……把握。景観法の観点から、セシャト女史の発言の妥当性を尊重します」
メジェドはそう言って頷く。なんとも真剣な目で見つめられるのでセシャトは心底困るが、一生懸命話を聞こうとしてくれているので次の質問。
「ここには、大きな図書館があるそうですね。非常に行ってみたいですねぇ! 一生かけても読み切れない本だなんて最高ですね!」
「……否、スキャンをかけ国立図書館クラスでも一月かければ全て読了済みにメジェドの処理能力であれば可能であります」
ふむと、セシャトは考えると話し出す。
「スキャンする事と本を読む事は違うんですよ! 同じ物語を読んでも楽しかったと思う方、悲しかったと思う方、つまらなかったと思う方、沢山います。内容を知る事はただの知識です。その作品を読んでどう感じたのか、それが読書というものです。それと同じで、図書館一つとっても、どんな作品を置いているのか、歴史を尊重しているのか、それとも図書館を使う人の趣味を重視しているのか、それも様々です! こと、この図書館は歴史的建造物にあり、見た目も楽しめそうですね」
やはり分からないようで黙るメジェド。そんなメジェドをセシャトは優しくみつめて話を続ける。
「ここで、面白い情報が入ってきますよね! AEP発電装置を開発した方のお名前、恐らくは前の章からの伏線でしょう。そして、ベルナール家がラピスラズリで財を成した一族であったという情報の二つです。非常にわくわくしますね!」
これが読書を楽しむという人間の反応、片や機械人形の反応はあまりにも冷たかった。
「日本と同じ体系を持つコルシカ島でラピスラズリが大量に採掘される事はありえません」
「それはですねぇ……物語です! そういう設定なんですよぅ。メジェドさん、本作ではそれが一般常識なんです。お判りいただけますか?」
「了解、認識の書き換えを完了」
学習する電子の頭脳、意外とマニュアルな思考が出来る事にセシャトは嬉しくなる。それであれば話を進めようかと。
「ラピスラズリは空、日本における名称瑠璃は七宝。それは共に縁起が良いものです。縁を起こす。不思議なものですね! ルカさんにニノンさん、アダムさんにニコラスさん、彼らは縁によって一緒にいらっしゃいます」
セシャトの言わんとしている事を理解しようとメジェドは何度も瞳をぱちぱちさせる。それは造られた心には理解できなかったように「理解不能」と一言呟く。セシャトはメジェドが飲めるかは不明だが、珈琲を用意するとそれを啜りながら話し出す。
「仮面を作るのは罪人のお仕事だったようですね。ヨーロッパにおける仮面といえば無礼講のイメージがあるんですが、どうやら何か根が深そうですね」
日本の仮面は、誰か別の人や者になる為、ヨーロッパは形式上誰か分からなくする為に使用される。されど、お祭りにおいては実のところ扱いは似ている。
誰か分からない、存在しえない人物が紛れていても良いように……
「セシャト女史は、仮面を被っていますか?」
「どうでしょう? 素でいるつもりなんですけどねぇ。本作ではラピスラズリの採掘が底をつき、労働者が暴徒に変わった。これは今の時代でも見る事ができますよね?」
日本ではあまり聞かないが、海外では意外とよくある事件。そこでメジェドはセシャトに尋ねる。
「事業主は人に恨まれるのが仕事、これは事実でありますか?」
自分のマスター、重工棚田の総帥を心配しての質問かとセシャトは理解して考える。そして話し出す。
「確かにベッキーさんのおっしゃる事は一理あります。雇用主は従業員の希望を全て応えられるわけではありませんから、謂れのない恨みを買う事もあるでしょう。ですが、クリスさんはきっと従業員の方々を大事にされているのではないでしょか? そうですね。言わばコルシカの英雄ディアーヌさんのようなリーダーではないかと私は思っています」
メジェドは作品情報から照らし合わせ、そしてセシャトを真直ぐに見る。
「そう、マスターは完璧な人間」
それは少し誇らしげに、クリスの事を語る、機械人形とは思えない人間らしい反応だった。それにセシャトはほほ笑む。
「ふふふのふ! ではではお話の続きですが、ベルナール家に起きた悲劇は『ヴェンデッタ』とベッキーさんは仰っています。こちらですが……」
セシャトが話す前にメジェドは答える。
「家督争い等、お家間騒動に使われる場合があるイタリア特有の言葉であります」
復讐という意味以外に抗争、戦争。より重い意味を持つ。結果としてこの文化はマフィアに通ずるのだが……どうもベルナール家の悲劇は異常に根が深そうなのだ。
そこでセシャトはパチパチ手を叩く。
「素晴らしいですね。そしてアダムさんがここで激昂するのも素晴らしいです。この言葉は他説ありますが、由来はこのコルシカ島です。それ故に不愉快に思ったのでしょうね」
言葉の意味、そしてそこから連想する感情を考えメジェドはセシャトの言った事を記録する。
「日本人が出てきました」
善哉佳那子、いきなり本作の色を変えるキャラクターの登場。そして、修復師というものが本作でも日本のお家芸の一つであるという空気を感じる粋なシーンでもある。
ここでセシャトは目をかっと開く。
彼女の愛するお菓子、善哉について。
「善哉餅と言いまして、神在餅が由来になっていると言われています。栄養価も高く、当時としては非常に高価な物でした。それを頂けば神様と共に在ると、その素晴らしさや小豆とお砂糖を数日かけて煮たてずに煮込むんです……その味や、ほっぺが落ちそうで」
善哉を語るセシャトをメジェドは死んだような目で見つめる。作品からの脱線。本来であれば楽しく聞ける事だが、人ではないメジェドにとって本当に意味のない会話として記録される。
「あー、すみません。ここで、一つルカさんは葛藤されますね。修復師としての自分、そして今という環境について。メジェドさんも決めかねる事って何かあったりしますか?」
こんな質問、きっとメジェドには理解不能と言われるかと思ったが、メジェドはゆっくりと語った。
「小説紹介用端末としての自分、それをマスターは良しとお考えです。ですがメジェドはマスターの秘書端末として在りたい……マスターの善哉餅になりたい。と考えるであります」
おや、とセシャトは思う。彼女と言うべきか、は俯き何か想うところがあるようだった。そんなメジェドにセシャトはこう言った。
「お善哉、一緒に作りましょうか? クリスさんが戻られた時にお食べ頂きましょう」
そう言ってセシャトはメジェドを母屋のキッチンに誘った。
さて、今回あの怪しげな重工棚田はアリアさんのお兄さんが不思議な方を連れてこられましたね^^
メジェドさん、その方と私は今回。『コルシカの修復家 著・さかな』は第六章を読んでいきます。
まださわりの部分ではありますが、私は美味く小説紹介を出来るのでしょうか?
第六章『マスカレード・カーニバル』一気読みをして当方の紹介小説と読み比べしてみても面白いんじゃないでしょうか?