人として大事な事を教えてくれる作品
古書店『ふしぎのくに』大型アップデート、少し困った事が起きたみたいですね^^ さてさてどうなることやら、第四のチームが暗躍していますが、何かをするときは問題が起きた方が実に楽しいものなんですよね!
「しゃむに、十三歳でいさみを嗜めるなんて、良い世界でありんすな」
「栗のビールだなんて、とっても美味しそうですねぇ! 私もお酒が飲めれば飲んでみたいです!」
ブックカフェ「ふしぎのくに」の店長代理たる汐緒の方がお酒に関しての理解はやや強かった、。汐緒、彼女、いや彼もまた人外化生であり、お酒には目がない。
そしてその知も中々のものだった。
「ヨーロッパは栗のビールだけなく、各種フレーバービールは有名でありんす。特にイタリアは栗の産地も相まってうまいんでありんす。日本は純粋なビールじゃないとビールとは名うてないかや、ビールに栗のフレーバーが入ったものと思えば、ルカ君が苦いといったのが分かるでありんすな、すなわちセシャトさんが思っているような甘い飲み物じゃないかや」
そう言われてセシャトは少し残念そうな顔を見せる。栗ビールの代わりにそっとモンブランをセシャトの手元に汐緒は差し出すと話す。
「ウィグルの殿さんの気持ち分かるでありんすな。自分が頑張ってきた事に無償奉仕をしたくはないかや」
汐緒の長い睫毛をセシャトは目で追いながら、上品にモンブランを味わうと頬に手を当ててそのおいしさを身体全体で表現する。
「汐緒さん、先行投資ですよぅ!」
「分かってるでありんす。でも度し難いと何処かで考えてしまうかや」
汐緒は正直者なんだろう。
あるいはウィグルと感性が近いのか、等価交換を好む。世の中が平等でないように、全てが等価交換では世界は回らない。そんな事が汐緒にはまだ分からないのだろう。セシャトはほほ笑んで汐緒の話を聞く。
「喧嘩をして仲直りをできずに、永遠の別れがきたら、それはとても悲しいかや、ウィグルはトンネルの中にいるのかもしれないでありんすな」
「そうですねぇ。私達や、汐緒さんでは少し分からない気持ちなのかもしれませんね」
「……うん」
セシャトは栗の甘露煮を最後に食べようと周りのクリームを攻めながら汐緒の気持ちをフレッシュにさせる。
「ハビエルさんを占った占い師の御婆さん、見事に色々当てますよね……そして、占いという物の本質をタネと共に見てしまうようなこの感覚。まさしく、小説所以だとは思いませんか? ベニスの仮面はちゃんと忠告をしてくれているのがミソですよね! そして、翌日投影機が壊れてしまいます」
ウィンクするセシャトに汐緒はミネラルウォーターを飲みながら頷く。
「エンジニアが不要という事がここでブーメランになるでありんすな?」
汐緒が面白そうにそう言いながら、ある一節に目を止める。抽象画が一時期、一攫千金の夢があると……
「本文では抽象画は計算されているとか書かれているでありんすが、本当にそうかや? 文章内にでもあるように幼児でも描けると思うでありんす」
ふむとセシャトは頷く。
「では、少しだけ抽象画についてお話しましょうか? とっても有名な方としてピカソさんがいらっしゃいますよね? 抽象画ではありませんが、抽象表現の上手な坂本繫二郎さん、このお二方はまさに、子供が描いたような絵を描かれます。ですが、若かりし頃の彼らの絵を見た事がございますか?」
この世界と日本の二大巨匠の共通点、彼らの目が飛び出るような値段がつく絵は非常にアレな感じだが、彼らの駆け出しの頃の絵は万人をして美しい、綺麗な、生きているような絵を描かれる。
「絵が上手い人は際限ないと思います。ひょっとすると世界的な画家さんより、その物を上手く捉え描かれる方はツイッターでイラストを上げている方の方が上かもしれません。ですが、そんな技術や作品は芸術という面では不思議と評価されないんです。片や、抽象画。ぱっと見誰でも描けそうですが、全く同じ物を生み出す事は恐らく不可能です。最初は、評論家さん達への反骨の現れだったのかもしれません。ですが、今やオンリーワンの芸術という事でしょうか?」
結果として、それはしっかりとした芸術の下積みがあってこそ踏み込める領域でありライセンスだと思えばいいだろうか?
セシャトは趣味で油絵を嗜む。故にこの領域は少しばかり汐緒より明るかった。汐緒はふぅんと頷き、話を変える。
「集団のトップが変わると大体上手くいかないものでありんすな。特にこういう大きな劇団のような物は常でありんす……やっぱり”えんじにあ”の力を借りる事になるかや」
「そうですね。偶然にもよく知る偉大な方の作品だったわけですが、ここでルカさんが呟いた言葉、汐緒さんはどうお考えされますか?」
どれだけの時間を費やせば、人は哀しみを越えられるのか?
「超える必要はないかや、哀しみと共に共存し納得して人は歴史を紡ぐものでありんす」
どれほどの時間を汐緒が生きて来たのかは分からないが、セシャトはそんなものかと納得する。なにせ自分は一歳だから、全く分からない。だが、一つ分かるものもある。ウィグルとハビエル、二人は演技の上では夫婦なのだという事。
野球でいうバッテリー、ダンスのパートナー、それはある種自分の身体の一部のように共にあるべきものなんだろう。
それだらかこそ、大人になりつつあるハビエルの言葉がウィグルには引っかかる。そんなところをセシャトと汐緒はニヤニヤしながら読む。
「ほんとうにバラバラでありんすなぁ~」
本作の人間関係のなんともいえない絡み、”自分の人生は自分だけのものじゃない”なんとリアルで、なんと残酷な言葉だろうか? 自分の人生を自分だけのものとして生きている人々はほんの一握り、頂点に達した者か、落伍者か……
「ここは実にトンチが効いています。科学を話す方を、魔法使いと言います。どうでしょう? 科学は化学式を星の数程集めて具現化した物はまさに魔法です。宇宙にまで人を連れていってしまうくらいですから」
「うぅむ。確かに、蛇口一つとってしても凄い技術かや……魔法の理論化に成功してしまった世界だから、疎いんでありんすな? それにしても、昔の虹のサーカス団は楽しそうでありんす」
おやおやとセシャトはそこに反応してくれた事で、栗の甘露煮を食べる手を止める。
「アルク、アン、シエル。有名な日本のミュージシャンをご存知でしょうか? ラルク・アン・シエル。こちらは同じ意味です。天の弓、即ち虹です。それを続けて読むとアルカンシェル、実はこの意味には理想郷なんて意味もあるんですよ。ゾラさんは、理想郷。皆が笑って暮らしていける場所を作りたかったのかもしれませんね!」
セシャトによる、作者、作品外のイメージと感想。それは、勝手な読み取りなのかもしれない。だが、写真の描写から読み取れると、ここは実に幸せな場所だったんだろう。ウィグルもきっとゾラが運営するサーカスが好きだったのではないか……と。
汐緒はそんな写真の描写に自分もサーカス団の一員にでもなったような気分で目を瞑っていた。そしてゆっくりと目を開けると邪悪な表情をしてこう言う。
「実に不快でありんすな……ベニスの仮面」
幼いシュシュに罪を重ねさせた事だろう。ニノンがあやすも、彼女の涙は止まらない。そんな物語に本気で怒りを溜め吐き出すあたりが、汐緒も既に『ふしぎのくに』の住人になったのかとセシャトはやや嬉しくなる。
そんなところでルーグの優しさや、人間性を知った時のこそばゆさは計り知れないだろう。セシャトは自分よりも恐らくはとてつもない長さを生きて来た人外の汐緒を子供でも見るように優しく微笑む。
「ほんとかや! セシャトさんの言う通り、ゾラの殿さんは、みんなを笑顔にしたいサーカス団を作りたかったでありんす!」
それ即ち、夢の国。理想郷、見世物とはそうであるべきなのだろう。それは観客だけでなく、演者達に対しても。投影機は過去を見せる。人々の中でゾラという存在が死んだ事、しかし、思い出は消えはしない。
「ゾラさんは親バカだったんですよ。私達の神様みたいに」
セシャト達の神様と虹のサーカス団、元団長を比べるのはとてつもない失礼だったのかもしれないが、これだけは同じなんだろう。ウィグルにしても他団員にしても親からすれば子供はいつまで経っても子供なのだ。
彼らの事を考えるのはゾラの責任であり、特権。そして親の手かから子供の世話が離れた時、親は子離れ、子は親離れ。
そう、ゾラのいない虹のサーカス団が一丸となった時、それは本当の意味で巣立ちの時なのだろう。
「ニコラスの決意もそこには含まれているでありんすな?」
「えぇ、実に胸に刺さる作品です。話の繋げ方に一寸の狂いもない。私達は驚かされっぱなしですね」
本作は短編連作形式としているのだが、一章・一章の持つコンセプトというべきか、メッセージ性が非常に胸に残る。
コトンと汐緒がレモンを浮かべた紅茶を出すので、セシャトは食べ忘れていた栗の甘露煮を口に入れ咀嚼。
そして紅茶を一口。
「美味しすぎる物を食べ終わった時と、素晴らしい作品を読み終えた時の気分は似ています。どちらも少し物悲しいんですよね」
本作『コルシカの修復家 著・さかな』はまだまだ物語は続く、しかし、章ごとに出てくる舞台とそこで主人公となるキャラクターの魅力は一瞬とはいえ、ルカ・ニノン・アダムを越える。彼らはその物語のテラーとしての役割のようで、まさに今のセシャトのような立ち位置なのだ。
それ故、五章を読み終えた時の読者の気持ちはもしかするとニコラスの気持ちに近いのかもしれない。
それを意図して画かれているなら、それは……
「後悔は絶対に先に立ちません。それを本章を読むと実に感じはしないでしょうか? 今できる事は最高の状況で打ち込みたい気持ちになりますよね」
よく本紹介小説において、Web小説らしくない。等と表現されるものがあるが、本作はその真逆である。
実にWeb小説らしい。そしてラノベ、児童文学書らしい。大げさにいえば、人として大事な事は全て『コルシカの修復家 著・さかな』からセシャトは教わったと言っても過言ではない。
「さて、汐緒さん。”虹のサーカス団”の読み込みはここまでで終わりになりますが、お客様にどうご説明するか方向性は決まりましたか?」
セシャトが上品にカップを置くと汐緒は少しばかり恥ずかしそうに舌を出した。
「まだ決まってないかや」
「ふふふのふ、ではもう一度今までの話を踏まえて読み直していきましょうか?」
まさかの二周目かと汐緒は苦笑しながら珈琲を淹れる準備を始めた。
さて、”虹のサーカス団”後編ですが、今回の紹介は少し作品に浸りすぎてしまいましたでしょうか? メッセージ性という意味では本作を越えるWeb小説は中々ないかもしれませんね!
もうお気づきかもしれませんが、章ごとにゲストを変えるという新しい紹介方法を取らせて頂いております!『コルシカの修復家 著・さかな』次の章は誰がご登場されるのでしょうね!