第三話『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』
最近自転車がパンクしましたよぅ。自転車屋さんの手際の良さに驚きながら眺めていると、電動の自転車が目に留まりました。あれに乗れば坂も楽そうですねぇ^^今度ふしぎのくにでサイクリングに行きましょうとお話を伺っていますので、しっかりと修理して備えますよぅ!
「土方さん、猫! 猫がおるぞっ!」
「総司くん、猫なんて何処にでもいるじゃない」
土方がそう言うが、太った三毛猫をかかえて笑う総司に道行く人々や観光の外国の人々はスマホを向ける。着物を着た美少女か美少年が猫と戯れていれば絵にならないわけがない。兄とおもしき男性がまたイケメンならその相乗効果は計り知れない。
幕末に帰りたがらない総司を説得できてはいないが、とりあえず過去に戻る方法を探さなければならない。
なぜなら、彼らには任務があった。
「総司くん、俺たちは京の町で起きている連続異常殺人の犯人見つけなきゃいけないでしょ?
人斬りの岡田さんがやっと京からいなくなったと思ったら次は妖怪騒ぎだよ」
青い顔をしてそう話す土方は幽霊等、オカルトが苦手なんだろう。それに総司はソフトクリームを舐めながら死んだような目で言う。
「剣の鬼が、妖怪にびびるなんて馬鹿だの! 土方さん」
「神様、ではなく沖田さん。沖田さんは幽霊とか怖くないんですか?」
「私か? 私は病気で死ぬのが怖いわ」
総司がそう洒落にならない事を言うので、セシャトはとある死に至る病の物語を思い出した。坂の多いこの町で歩きながら土方と総司にその物語を教えてみた。
「人を殺さないと生きていけない少女とその少女を幇助するお姉さんの物語があるんです。『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』というのですが」
セシャトが簡単に物語を説明すると、それを聞いた土方と総司は至って普通の顔でセシャトに言う。
「それは狐付きではありませんか?」
「狐付きはパニック障害という病名がありまして、それではないですね。人の血を見なければ生きてはいけない。口から以外に栄養を取れる方がいるのかもしれませんね」
人は空気を吸い、栄養を取り命を繋ぐ。そのどちらも口から摂取されるのだが、世の中には物を食べずに生きていけるとう実しやかに語られる存在。
総司は言う。
「吸血鬼か?」
「う~ん、そうお読みになられる方も沢山いらっしゃいますね。ですが、これはそういう体質、いえ精神疾患かもしれません。そう言った人間のお話です」
セシャトの話を聞くと土方は少し考えてから話し出した。
「剣鬼のようなものでしょうかね」
「は? 何それ、土方さんの事?」
「総司君、俺は剣の鬼と言われてるけど、あんまり殺生は好きじゃないんだよ。絵を描いて詩を読んで静かに生活する方が好きなんだよ」
「知ってる。顔に似合わず土方さんはキモいよの」
「あー、総司君。それ言ったら俺も怒るって知ってるよね?」
腰の刀に軽々と手をつける土方を見て総司はぺろりと舌を出すと自分の腰の刀に手をやる。新選組隊士同士の斬り合いが始まろうとした瞬間、セシャトが質問する。
「剣鬼とは何でしょう? 小説ですか?」
有名な小説、映画の造語であるハズの剣鬼という言葉を土方が語る。
「大業物を手にした剣士や鍛治打ちが極稀に、試し斬りしたくなるんですよ。何度か俺や総司君もやりあった事があるけど、あれは人間の姿をした鬼ですね。人を斬らないと生きていけないって感じで」
所謂辻斬りなんて言われていた連中の事だろう。彼らは刀に血を吸わせなければ生きていけない。そんな者と沙雪は似ていると土方は言った。
「その女達、私達みたいな人斬りがいないから、好き放題しておるのだろう? セシャト、貴様の時代は不憫よのぅ。私ならぱぱっと斬り捨ててやるのにの」
『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』の物語に新選組が登場したらどうだろうかとセシャトは考えるが、それはもう世界感崩壊どころではない。
「あらあら、今のお二人と陽葵さんと沙雪さんは少し環境が似ているとは思いませんか?」
セシャトの突然の問いかけに、土方と総司ははてなと言った顔をする。
「それはどういうことだ? 私達とこのイカれた双子の環境が似てるだとぅ?」
「はい! お二人は過去から今の時代に来られました。お二人にとっては色々な事が違いすぎて、とても不可思議なと思います。言うなれば生きづらい世界なんじゃないでしょうか?」
不逞の輩がいれば斬り捨てればいいという新選組の考えは一切通らない。それと同じで陽葵と沙雪は生まれる時代、いや世界と言った方がいいのかもしれない。本来あるべき世界では生きづらい。
なんせ倫理を犯さなければ沙雪は生きていけないのだ。誰が彼女等を共感できるのか、相手は人間を人間とは思っていない、最高消費者として、他の人間を食糧程度の認識で襲って生き永らえているのだ。
「まぁ、私は陽葵の考えはよく分かるけどの」
「おや?」
総司はセシャトの予想とは違った答えを出した。それは果たしてどんな理屈なのか……セシャトは興味が絶えない。
「まぁあれだの。陽葵にとって沙雪は家族、それも妹ではないか、姉が妹を守るのは当然。他人より家族だろう? 家族が生きる為に人殺しをせにゃならんなら、殺すだろ普通? 何もおかしくはない」
神様に、何を馬鹿な事を言っておるんだセシャト。と言わん勢いで総司は言う。それはよく考えれば当然の判断ともいえる。
「まぁ、陽葵はうじうじうじうじ、しよるのが土方さんみたいでイラつくけどの」
そう言って土方を見る総司に土方はハァとため息をつく。
「総司君は毎回一言多いよ? まぁでもそう家族が大事って言われて嬉しいかな。俺や近藤さんの為なら総司君は剣鬼にでもなるって事だよね?」
一人でしみじみしている土方に総司は、ケラケラと笑う。
「土方さんは何があっても死なんだろうが、何処の戦でも全然死なんからの、まぁ私は土方さんと剣を交えたいとずっと思うておるんだがの」
再び剣士としての顔……というより、狂気的な表情を見せる総司、セシャトの知る沖田総司という存在、短命の美形剣士であると……確かに今目の前にいる沖田総司は神様にそっくり、それは中性的な容姿であると言えるのかもしれない。
だが、違う。
彼が、沖田総司が歴史上もそれ以降の世界でも人気のある理由。
彼は沙雪と同じなのだろう。何か、彼は他の人と見ている世界が違う。
「むむむむっ! まさかとは思いますが、総司さんはアレな感じですか? 土方さんを殺したんですか?」
どストレートにセシャトが聞く。それに土方は口を大きくあけて「総司くん、そうなの?」なんて悲しそうな顔をするので総司は首を振る。
「違うわ。何が楽しくて土方さん殺さにゃならんのだ。ただ、土方さんなら私を殺れる。他は以蔵か坂本龍馬くらいだろうの、斎藤の小僧は……まだまだかの、私は強い者と死合いたい。そして死ぬ。それこそが武士道であろうが」
実にこれは面白かった。確かにセシャトが想像したように、総司はイカれた側の人間であった。限りなく沙雪に近い存在。伝説の剣士故、物語上のキャラクターに並び立つそのキャラクター性、感動せざるにはいられない。
だが、根本的に違った。
生きる為に人を殺す沙雪と陽葵に対して、沖田総司は死ぬために人を殺している。それは時代ともいえたのかもしれない。
その姿が、まさに肉食の獣として人々にある種のカリスマを見せていたのかと……そうであれば池田屋事件頃から病に伏し、兵と剣を交えることなくこの世を去った沖田総司はどれほどの屈辱と未練を抱えていたのだろうかとセシャトはこの時は全く考える事も無かった。
何故なら……
「おい、セシャト喉が渇いたぞっ」
「もう、総司君。セシャトさんは端女さんじゃないんだよ? 喉が渇いたので何か飲ませてくださいって言わなきゃ!」
この二人のノリにセシャトの思考は完全に失われる。
「いいんですよぅ! 何だか、総司さんは私の知っている方に大変にておりますからねぇ! それにしても土方さんは非常に礼儀作法が整っており素敵ですね。私達の知る土方歳三さんはまさに怖い人、みたいなイメージが強いんですが、真逆です!」
それに頭をかく土方。
「田舎道場から京に出ておりますからね。恥ずかしくないようにと近藤さんが色々教養をつけてくれましたので……総司君は同じ教育を受けてるのに、どうしてそんなに偉そうに育ったのかなぁ……そう言えば同じ環境にいるのに陽葵さんと沙雪さん。家督相続の兄弟のような扱いの違いですよね」
そして土方のこの読み、これもまたセシャトの知る読者には中々いない珍しい見解だなとそう思う。
「と申されるのは?」
「陽葵さんは、姉と言っても双子ですから同じ年なんでしょう? それ故、何処かで既に姉妹での甲乙がつけられていたんでしょうな? そういう空気は不思議な事に周囲に伝染するものなのです、私の隊士の中にも跡目争いに負けた者や、三男坊がよくやってきます。そういう連中はもはやカタギの世界では生きていけないんですよ」
重い。
土方の読みは重すぎる。そして土方は双龍姉妹に会えば多分殺されてしまう側だろうかとよからぬ事をセシャトは考えてしまった。逆に総司は一瞬で斬り捨てるだろうかとか……
「土方さんは、このようなお二人がいたらどうされますか?」
もしかすると、凄く妙案を提示してくれるんじゃないかとセシャトは激しく期待した。この優しさを形にした男がどんな方法で双龍姉妹を救うのか……と。
「そうですね。攘夷志士であるとか不逞の輩、辻斬り魔等の確実に斬り捨ててよい連中の案件に連れて行ってその瞬間を見てもらうなんてどうでしょう? 我ながら妙案と考えますよ」
どうでしょう? と言われても苦笑するしかなかった。人の命がほんの少し軽い時代がこの日本にも昔はあったんだろう。
誰かを救う為には誰かに迷惑をかけなければならない。それだけは時を越えて変わらない事なんだろう。
「おい! 喉が、かーわーいーたっ!」
「あっ、はいただいまですよぅ! 何処かに入りましょうか?」
珈琲と書かれた喫茶店に入り、初めて飲むブラックコーヒーを前に総司が噴出した事はまた別のお話。
『Snow White Lunatic 著・天童美智佳』皆さん、本作を新選組のお二人が読むというのは多分、現代の方々とは感じ方が違うのかもしれませんね! 皆さんはどう感じますか? 再度お読みになられてはいかがでしょうか?




