第一話 『蛭子神 著・三上米人』
12月です。師走、今年ももうあとわずかですが、皆さんはやり残した事はありますか? 実は私にもあります。このままではサンタさんがケーキを持ってきてくれないかもしれません^^
これは困りますねぇ! 最後まで慌てず急がず頑張りたいと思います!
「京都に来ています」
セシャトは世界最大の古書の街に住んでいるが、日本という国に点在する各種古書店、似ているのに地域性や独創性豊かで、暇を見つけると店番を変わってもらいプチ旅行に出かける。
今回年の瀬に訪れた京都での目的。
「秋の古本まつりに参加できませんでしたからねぇ! ここはロンリーで楽しみましょう」
言っている意味としては大きな古本イベントに参加できなかったので時期をずらして掘り出し物がないか旅行を兼ねてやってきたのだ。
「困った。困ったぁ~」
着流しを着こなした男前の青年が、右往左往している。やや近寄りがたい空気を感じたが、セシャトは勇気を出して話しかけた。
「なにかお困りですか?」
青年は一瞬、セシャトが凍り付きそうな眼付でセシャトを見た瞬間、おもっきりビクっとのけぞった。
「……異人さん、日本語がやけにお上手で」
「はい、東京の方で古書店の店主をしています。セシャトです! それはともかく、何か慌てているようですが、どうされました?」
セシャトが質問すると青年は愁いを帯びた瞳でセシャトを見つめると頭を深々と下げた。
「弟分のお供とはぐれてしまい、ここは俺の知る京都ではないのです」
両手で頭を抱えた青年にセシャトは困ったなと思ったが、お供の方とはぐれた場所を尋ねる事にした。
「どのあたりでお連れの方と離れてしまったのでしょうか?」
「あれは、源内からくりを持った万次郎の阿呆を『ゑびす神社」でとっつ構えたところ、源内の妙なカラクリで光を放ち脅かされた。気が付くと総司くんと一緒に『ゑびす神社』前にいたのですが、総司くんを探してうろうろしていたら、この通り」
典型的な迷子である。大の大人が……セシャトは少し呆れながら、青年の前でかがみ胸に手を当てて優しく微笑んだ。
「ではとりあえず『ゑびす神社』にまで行ってみましょうか? 私も特に目的のある旅行をしているわけではございませんので」
セシャトのその言葉を聞くと、青年は飛び上がるように喜ぶ。いちいち反応が大げさだが、なんとも清々しい。青年は懐より筆と紙を取り出すと突然何かを書きだした。
「セシャト殿、かたじけない」
「いえいえ、ではまいりましょう。そう言えば、『ゑびす神社』にちなんだお話があるのですが、『蛭子神 著・三上米人』という作品で、これが中々不可思議なお話なんですよ」
セシャトにそう言われると興味深そうにセシャトを見つめて青年は筆でメモを取るようにこう言った。
「それはどのように?」
セシャトは簡単に『蛭子神 著・三上米人』を青年に話す。すると珍妙な顔でストレートな事を言い出した。
「これはもしかしてだが、主人公は蛭子とかけてあるのかな?」
青年の言葉にセシャトはおや? と興味を持つ一体どういう事なのか彼の言葉を待っていると青年はセシャトが期待した目で見ている事に気づきこう言った。
「あいや、素人考えで申し訳ないのですが、蛭子という者が親である神々に捨てられたのであれば、この主人公もまた親に捨てられたようなもの……それ故、海に惹かれたのかなと」
セシャトは青年の両手を掴み、そして目を輝かせながら見つめる。それに照れる青年は目をそらし、困る。
「あぁ、すみません! 大変すばらしい考察だった為、テンションが上がってしまいました。確かにそこをかけているかもしれませんし、偶然かもしれませんね!」
青年はこの外国の女性が、物語を語る事が好きなんだなと察したので、頷くとこの話に付き合う事にした。
「俺も恥ずかしいながら、詩を嗜んだりするするもので……お恥ずかしいかぎりです」
「何をおっしゃいますか、言葉や文字とは人と人とがコミュニケーションをとる一番の方法です。それを使った作品を作る事は尊い事なんですぅ! 特に散文詩等は感覚で楽しむ趣がり、通の芸術ですねぇ!」
その言葉に嬉しさを隠し切れないながら、青年は一つセシャトに質問をした。
「男がこんな事をするのはやはり人の目がきになるものではないですか?」
少し照れながら言う青年にセシャトは、これまたおや? と疑問符を増やしていく。セシャトはいつも通り、いくつかのWed小説を開いて見せてこう言った。
「私のフォロワーさんですが、皆何かの創作をされている方です。三千人程いらっしゃいますが半分程は恐らく男性ですよぅ!」
それに青年はふたたび、あのセシャトを凍り付かせるようなクワっとした目つきでセシャトを睨む。そしてそのままセシャトの肩を掴んでこう言った。
「それは誠ですか?」
「はい、まことですよぅ!」
それを聞くと青年は人懐っこい表情で笑った。そして再び何かをメモ、器用に筆で書く事が凄いなとセシャトは思いながらてくてくと歩き、道中で焼き立ての団子屋さんを見つけた。そこでみたらし団子を二本購入すると一本を青年に渡す。
「どうぞ、美味しいですよぅ!」
「かたじけない」
二人でもふもふとしばらくみたらし団子を食べながら並んで歩く。青年は団子を食べ終わると和紙を取り出して手を拭こうとするので、セシャトは鞄からウエットティッシュを出してそれを渡した。
「それじゃ手がベタベタになっちゃいますよぅ! 私にもよく知る神様がいるんですが、えびす様とは一体なんなんでしょうね? 私達が向かおうとしている神社のゑびす様は商売繁盛の福の神です。ですがこの呼称」
「度座衛門ですな」
セシャトは頷く。人だけでなく、水死体。俗に言う水仏に対してエビスという呼称を使う地域がある。死んだら仏になる、仏が来たという事は縁起がいいという事なんだろう。何でも良い方向に考えるこの国の良い表情。
「はい、本来死と死体は穢れとして考えられている事が多いですよね。障りがあるとか、祟りがあるとか、それを何故ここまで恵比寿様は人々の味方みたいな神様になられたんでしょうね」
最後のみたらし団子をはむはむ食べているセシャトの言葉を聞いて青年は懐に手を入れて考える。
「恐ろしいから……ではないでしょうか?」
「かもしれませんね」
墓参りに行かないとご先祖様に祟られるというあの罰ゲームみたいな考え方は実は随分昔から存在している。その延長線上に、しっかり祀り上げ、そして定期的に参る事でそれら恐ろしい者の機嫌を取って恩恵を受けよう……この考え方はいかにも俗物的であり、人間らしい。そもそも神道の神様は世界でも珍しい人々に甘い神々が多い。
その背景にあるものが何なのか、神学者ですら予想や遺物からの見解を述べる事しかできないのだ。
恐ろしい話だが、恐怖や畏れは人を従順にさせる最強の手段でもある。青年は何かそういう事を知っているかのように、人懐っこい表情から一変して、あらゆる者に噛みつきそうな表情をしていた。
「あの、大丈夫ですか?」
セシャトに話しかけられて、青年は我に返る。そして冷や汗をかいているようであまり大丈夫そうじゃなかった姿を見て、セシャトは自動販売機でお茶を購入した。
「これどうぞ!」
「あ、すみません。これはお茶ですか?」
何処にでもあるペットボトルのお茶を手の中で持て余している青年にセシャトはキャップを外して再び渡した。
「これはまた前衛的な水筒だ」
「ふふふのふ! ペットボトルを水筒代わりに使われる方もいらっしゃいますよね! でも、基本的には飲んだら容器ごと捨てますよ!」
「なんと勿体ない!」
セシャトはふふふと笑う。
何処か俗世離れしたこの青年、ここまでくるとセシャトもこの青年は普通の存在ではないんだろうとそう理解していた。
「着きましたよ! ゑびす神社です」
青年は目の前の神社を見渡して、確かに自分が数時間前にいた場所であった事に頷く。されど、青年のお連れと思わしき姿は見えない。
青年は一瞬鋭い表情をしたが、すぐにはじめて会った時みたいに慌てだす。
「あわわ! 総司君、何処いっちゃったんだろう? 飴とかもらって知らない人のところについていっちゃったのかな? 困ったなぁ~ あれ程俺が、同じ場所にいなさいって言ったのに……もしかして……何処かで事件に」
今にも倒れそうな青年にセシャトはこれはいけないと落ち着かせる。先ほどまで話していた『蛭子神 著・三上米人』について、主人公は大きなストレスを抱えて夜の海で何かを見た。あるいは見たかもしれない。言の葉や祈祷は力を持つと言われている。
「悪い方向に考えると本当に良い事も悪くなってしまいますよ! だから、良い方に考えましょう! お連れの方がえびす様に連れていかれるというより、えびす様にお参りをしたからお連れの方に出会えると、良い方に!」
セシャトの提案を聞いて、青年は冷静になると頭をぽりぽりと掻いて、セシャトと並んで賽銭箱に小銭を入れた。
「……今の小銭は……」
セシャトは五円玉、青年がえらく古風な財布から取り出した物も中に穴の開いた物だったが、それはセシャトの見間違いでなければこの時代の物ではなさそうだった。
「この神社では、恵比寿様の肩を優しく叩くという意味でノックするんですよ!」
そう言ってコンコンとセシャトは叩く。
それに倣って青年もまたセシャトを真似てお参りをした。そして、事実とは小説より奇なり、お参りを追えると大きな声で一人の少年? あるいは少女が走って来る。
「土方さん、貴様ぁ! 何処をほっつき歩いておるんだ。土方さん、迷子隊士ですか? 正直びっくりだぞっ!」
セシャトはよく知る顔をした違う髪の色の人物を見て呟く。
「あれ、神様……ではないんですよね? ところで土方さんというお名前なんですね? 聞くのを忘れてました」
セシャトのその発言に、あっ! と困った顔をした青年は深々と頭を下げて自己紹介を始めた。
「俺、新選組副長。土方歳三です」
そう言って恥ずかしそうに俯く土方を見てセシャトは声を上げた。あの超有名な人斬り集団の副長土方と出会った事。そしてセシャトは気づいていなかったが、神様にそっくりな人物が手に新選組の事が書かれた古本を手に持っているという事実。
さて始まりました。最終章セシャトのWeb小説文庫2019。第一話は今年の1月の紹介作品ですよぅ!
『蛭子神 著・三上米人』恐怖を煽るというより、恐怖を考えさせる作品です。それが何なのかしばらく考えてしまうような本作、今一度楽しんでみてくださいね!
そして私はあの土方歳三さんと沖田総司さんと今年を振り返りますよぅ!




