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9 ランドスタッドの勇者・ファイの最期(2013.2.16)

「ごめん……プレヤデス」

「どうしたのよ、急に」


 冷たい風が外を吹き荒れる中、暖炉ひとつ点かない宿に、若い男女がテーブルに向かい合って座っている。


「俺って、なんなんだろう……」


 街ゆく人が見る限り、二人は冒険者の格好をしていたが、ボロボロの剣を背負った男性の表情からは、冒険者の放つ堂々とした彩りはとうの昔に消え失せていた。魔術で編み出した白い光を、どんなに浴びても消えようとしない左腕の傷が、今にもまた男性の身に赤い血を吐き出そうとしていた。

「そんなこと言わないでよ。ファイは……、ファイは、ランドスタッドの誰もが認める勇者でしょ?」

「俺、もう……勇者じゃないよ。これでもう、北の谷のドラゴンの前に、10回も散ってるんだ……」

 ファイは首を下に垂れたまま、水だけの入ったグラスをやや激しくテーブルに叩き付けた。




「俺は、ドラゴンから必ずランドスタッドの街を守る!」

 そう言って、プレヤデスという若い魔術師の女と一緒に旗を揚げたのは、もう1ヵ月も前の話になる。

 これまで何度となく大陸に襲い掛かる危機を、彼の力強く奏でる剣で救った、青年ファイ。今回のドラゴン退治を決めたときも、ファイに向けて「ランドスタッドの勇者」という言葉が次々と飛び交っていた。


 しかし、その実力をもってしても、ファイはあと少しのところで力尽きてしまう……。




「俺って、本当に勇者の名にふさわしい者なんだろうか……」

「ファイ、すごい強いじゃない!誰にも真似できないくらい強く剣を振り降ろして……」

「そんなの、みんな言うよ。俺を知ってる奴、みんな」

 ファイは、首を何度か横に振り続けた。そして、両腕の肘をテーブルについて、手を頬に当てて深いため息をついた。

「俺が今まで、どんな強敵も一本の剣で倒し続けたからこそ、みんな俺を英雄扱いするんだ。でも、1ヵ月もランドスタッドに戻らない俺を、街の人はもう誰も強いと思わないんじゃないかな」

「そんな……、ファイ……」



「ランドスタッドの勇者も、所詮そんな程度か……って!俺はもう、そう言われるだけの、弱い人間なんだ……」



「これで、完全な敗北ね。ファイ」


 そのかすれるような言葉にファイが気が付くと、プレヤデスの輝く緑の瞳から、小さな涙がしたたり落ちていた。


「完全な……、敗北って何だよ!」

「あなたは……、どんな強敵を前にしても、決して諦めようとしなかった……。だから、ファイはみんなにとっての、勇者だった……。けれど、けれどその熱い心を失ったファイなんて……」

「プレヤデス……」

 次に言おうとしていた言葉を、ファイは失っていた。彼の幼馴染と言うべき立派な魔術師の初めての泣き顔に、ファイは青い瞳を凝らしていた。


「あのね……、ファイ。ドラゴンの前に力尽きることなんて、勇者である以上当たり前だと思うの。でも、あなたを知っている人は、みんなそれを敗北とは言わない。次は頑張って、ってきっと言い続ける。そうじゃない?」


「たしかに……、俺は何度かそう言われたことがある……」

「でしょ……。でも、戦う意志を失ってしまったファイを、街の人が見たら……、それこそ悲しむ。今まで、あなたをランドスタッドの勇者って……言ってくれた人が、みんな希望を失ってしまうの!」

 徐々にプレヤデスの涙は大きくなり、時折すすり泣く声がファイの肌を撫でていった。


「そんな悲しみを……、ファイは見たいの?英雄を失った街で、みんな落ち込む姿を……!」



 俺が、もしここで投げてしまったら……、みんな……。




「泣くなよ、プレヤデス……」

 溢れ出る涙で、それ以上言葉の出なかったプレヤデスの肩を、ファイは軽く叩いた。何もかも荒れていた、臆病者ファイの姿は、もうどこにもなかった。

「やっぱり、俺は逃げられない。その名から、逃げちゃいけない運命なんだよ」

「ファイ……!」

 悲しみに沈んだ首をゆっくりと上げ、プレヤデスは涙を流したまま口を丸く開いた。

「俺、プレヤデスのおかげで……救われたような気がする。この剣が折れちまうまで、まだ戦うよ!」

 ファイは、右手の拳をギュッと握りしめ、目の前にドラゴンがいるかのように思いきり力を入れた。

「それでこそ……、それでこそ勇者ファイよ!」



 それから3ヵ月後。

 ファイの圧倒的な力をもってしても、まだ北の谷のドラゴンを倒すことはできないでいた。

 それでも、ただ一度の敗北を強い心で跳ね除けたファイの背中を遠くで見つめる、ランドスタッドの街の人々は言う。


 ランドスタッドの勇者、と。


 彼がまた、一つの伝説を刻む日は、そう遠くないと信じて……。

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