8 5歳児フェリスが剣闘士になった日(2012.5.12)
「ねぇ、フェリス。大きくなったら、何になりたい?」
「えっとー、ママみたいに、強い人になりたい」
「どうして?」
「だって、ママは最初から剣を持って、みんなを倒していったよ?ママにできるんだから、私にだってできる!」
私が、5歳になる愛娘に尋ねたその答え。
それは、私のような剣闘士になること。
私は、怖かった。
なってほしくなんて、なかった。
「ねぇ、フェリス。パティシエとか、幼稚園の先生とか、もっとなりたいものがあるじゃない」
フェリスは、首を横に振る。
「フェリス、ケーキは大好きでしょ?ね!」
「うん…。でも、やっぱりママみたくなりたい」
(私の生き方なんて、今のこの子にはできない…)
私は、幼いころに家族を失って、気が付くと雇われ兵として引き取られていた。
そこは、強い者だけが全てを支配する、弱肉強食の世界。
周りに、女性なんて誰もいなかった。
聞けば、女性はみんな戦いで命を落とした、と返される。
今まで築き上げてきた平和な日々が嘘であるかのような、泥だらけの空間と社会がそこにあった。
私だけは、その中で絶対に死にたくない。
ただそれだけの思いで、私は雇われ兵として戦いに挑み続けてきた。
時には、全身に傷を負って、命からがら逃れたこともあった。
今や、私は雇われ兵を卒業して、プロの剣闘士。
けれど、この子は私のあの頃を知らないし、今までそのことを話そうとも思わなかった。
もちろん、今もそうだ。
その代わり、私は服の裾をめくり、自分の右腕を見せた。
この子に初めて見せる、ボロボロの体。傷だらけになって戦った、私の苦い思い出。
「ママ…。すごーい」
「うん、赤くなってるでしょ。これ、とっても痛いの」
「痛いんだ…」
「ねぇ、フェリス。それでも、剣を持って戦いたい?」
(私は、戦いたくて剣を持ったわけじゃ…)
その時、私は自分の本当の声を聞いたような気がする。
それでも強くなりたいって。
「とっても強いママ、大好きだもん!」
愛する我が子の気持ちは、私よりもはるかに強かった。
この子を何とかしたかったはずの私の方が、戦いに負けたような気がした。
「よし、じゃあ今から箒を使って練習!ママの目だけは狙わないでね」
「うん!今までママが見せてくれたようにやる!」
「さすが、剣闘士フェリス!」
私なんかよりもはるかに早い段階から、私の剣の腕をしっかりと見ている。
追いかけるべき親のいない、私とは大違いだ。
この子が一人前の剣闘士になるまで、私は目を離してはいけないと思った。