2 壊れる剣を作る武器職人の話(2014.9.6)
ここは、山のふもとの小さな村。
山奥に住むという、強いモンスターに挑む者が、この村を拠点にする。
村には戦士たちの安らぎの表情が絶えない。
その村だからこそ、村人の半数近くが武器職人として生計を立てている。
武器職人の見習い、青年エリュシオンも武器職人を自ら志願しているのですが……。
「どうしてできないんだろう……」
外が夕闇に包まれ、店の武器職人たちが次々と家路につく頃、エリュシオンは鋼の塊を両手で抱えたまま、涙を一滴、二滴とこぼしていた。
エリュシオンは、この日、剣一つも作ることができなかった。丁寧に形作っても、剣が曲がったり、折れたりしてしまう。
「隣のベテランさんのやる通りに、僕も作ってるのに……」
ほかの見習いたちが次々と独り立ちしていく中、エリュシオンは次々と後輩たちに抜かされていく。決して、彼が仕事を怠けているわけではない。
けれど、職人の世界はできたモノが全てであり、それは武器屋での売り上げがあったかどうかで決まる。
エリュシオンの作った武器はほとんど売れないどころか、売れて数日後に「折れた」と告げられたものばかり。
エリュシオンの作業の手は、次第に止まるようになってしまっていた。
「こんにちは」
一人の女剣士が、武器屋のドアを軽くノックするのが窓から見えた。鞘を背中に背負い、何度もノックしている。
(こんな閉店間際に……)
エリュシオンは、再び鋼の塊に目を移した。だが、そんな落ち着いた彼とは裏腹に、店の中に入った女剣士は、嬉しそうに言った。
「この剣を作ったエリュシオンさんに、一度お礼を言いたいんです!」
(僕……?)
武器職人の作った剣には、柄の部分に作った人の名前が刻まれている。それを見て、女剣士はここを訪ねてきたのだろう。
「はいっ!」
エリュシオンは、スッと立ち上がり、武器屋の店内へと続く引き戸を勢いよく引いた。そこには、剣を持つ者なら誰もが知るであろう、実力のある女剣士フェイエノールが立っていた。
(嘘だろ……。僕の剣が、フェイエノールの手に……)
「もしかして、あなたがエリュシオンさんですか?」
「は……、はい……」
「エリュシオンさん……、初めてお会いするんですが……手が、真っ赤ですね」
「はい……。全然、剣が作れなくて……さっきから」
彼は、武器屋のカウンターに肘をつけ、崩れ落ちた。
「僕なんて……、もう壊れる剣しか作れない……!」
もはや、エリュシオンの声はかすれて、近くにいなければほとんど聞こえない声だ。
だが、フェイエノールは一度うなずいて、彼の肩を軽く叩いた。
「そんなことないですよ。だって、エリュシオンさんは……」
フェイエノールは、鞘から鋼の剣を取り出した。
それは、1年前にエリュシオンが初めて作った、鋼の剣だった。
何も知らない世界で、彼が見よう見まねで作り上げた、世界に2本とない剣。それが、この女剣士に1年以上使われ続けている。
折れることなく。
「こんな剣を作れるんですから!」
エリュシオンの作った剣は、必ず折れる。
フェイエノールは、旅で訪れる様々なところで、その噂を耳にしては、心の中で涙を流していた。
彼の作った剣で、たくさんの強敵を倒したという事実。それは、フェイエノールの手が一番覚えていた。
「エリュシオンさん」
「はい」
「あなたには、力があるんですから、そんな落ち込まないで下さい」
フェイエノールは、ゆっくりと手を伸ばした。
その手は、戦いに挑むかのような熱にあふれていた。
「分かりました。必ず、2本目の、愛される剣を作りますので……」
「よかった。これで、あの噂も消えることでしょう」
そこから、エリュシオンは有名な武器職人へと生まれ変わった。
もちろん、フェイエノールが剣の作者を告白したというのも一因だが、エリュシオン自身が、常に前向きに剣を作る姿に戻ったことが何よりの一因だ。
今でも、彼はあの時のフェイエノールの表情を思い出す。
「ありがとう」