5 おにゃんこさんと出会う。
異世界から戻って、一週間が過ぎた。
音無家の養子として再スタートしたんだけどね。
今、ちょっと困ってるんよ。
ええ、本当に困ってるんよ。
「 夏樹先輩。ここ教えて下さい。」
「 えーと、ここは、こうして。」
義理姉のアキの彼氏が来て、アキに勉強を教えているんだよ。
同じ部屋にいる俺は、間仕切り替りの本棚の向こうから、アキのキャイキャイ言う声をBGMに一人勉強中だ。
両親と話し合った結果、姉妹で一緒の学校がいいという事になって、アキも通ってる私立旭ヶ丘学園の編入試験に向けて勉強してるのに、全然集中出来ません。
これもアキのせいだー。こんな事なら、二人きりになるの嫌じゃけ、一緒におって言うアキのお願い聞かなきゃよかったな。
最初は、俺も一緒に勉強してたんだけど、二人がラブラブ過ぎて、自分の机に避難したんだ。
だけど、二人のイチャイチャあま~い空気が、こっちまで流れてくるんだ。
駄目だ、この部屋にいたら、俺このあま~い空気によって砂糖漬けになっちゃう。
避難しよう。そう決めた俺は、机の脇にかけてあるメッセンジャーバッグを取ると、携帯や参考書やノートを放り込んだ。
「 夕陽。どうしたん?」
「 図書館に行って、勉強しようか思うて」
「 夕陽ちゃん。 一緒に勉強しうよ 」
「 俺、二人の邪魔する気ないんで。すみません。ほいじゃ」
俺は、そそくさと逃げるように、部屋から出た。家を出る前、リビングで、テレビを観ていたもう一人の姉 雫ちゃんに、図書館に行く事とお昼ご飯がいらない事を伝えてから、自宅マンションを出た。
「勢いのまま出てきたのはええけど、肝心の図書館の場所知らんし」
俺が現在いるのは駅前商店街。自宅マンションから歩いて、五分とかからない場所にあるんだ。
俺が、以前住んでいた中島市の寂れた商店街と違い、とても賑やかだ。
俺は、近くを通りかかった人に、図書館の場所を訊いてみたけど、商店街から少し遠いから、行くのは辞めた。
「 おっ、あそこに、パン屋あるし、あそこでお昼買って食べよう。近くに公園あるし」
俺は、携帯で時刻をチェックすると、今は、十一時半過ぎだ。お昼には、早いけどいいか。
俺は、パン屋さんで、紙パックのジュースとサンドイッチを買って、公園のベンチに座わると、サンドイッチを食べ始めた。丁度、ケヤキの木陰の下で涼しい。
この辺が縄張りなのかな?グレーと黒のしましま模様でぽっちゃりとした猫が、木陰でお昼寝してる。
「 めっちゃ、うまい。 」
サンドイッチを食べて、俺は感動した。パンはふわふわだし、挟んである具は、どれも美味しい。
お腹が空いてるのでどんどん進む。
最後の一つに手を伸ばした時、さっきまでお昼寝をしてた、グレーと黒のしましま模様のぽっちゃり猫が、俺のサンドイッチを見つめてる。
あー欲しいんだね。でも、人間の食べ物あげちゃいけないし。
「 んなな」
「 欲しいの? 駄目だよ。猫は、人間の食べ物食べたらいけんの」
ぽっちゃり猫は、前足を履いてるニーソとショートパンツの間に乗せて、もう一度、んななと鳴いて催促してくるけど、俺は無視して、最後のサンドイッチを食べ切った。食べてる間、んなーんなーという鳴き声と、太ももに触れる肉球のプニプニの感触に、意思が揺らぎそうになったけどね。
「 んなん、んなー」
ぽっちゃり猫は、抗議するように、鳴いてる。ぽっちゃり猫を抱っこして、話かけてみる。
「 ケチーって言いたいんだろうけど、ケチじゃないよ。猫は、人の食べ物食べたらいけんの」
「 それでも、おにゃんこさん食べたいにゃー」
不意にした少年の声に振り返ると、ショッピングモールで助けてくれた人だった。
「 あれ、この前の娘じゃないか。ゆうひちゃんだっけ?」
「 そうです。音無夕陽です。この前は、ありがとうございました。林原さん」
「 雫が、一度呼んだだけなのに、よく覚えてるな」
「 それは、あなたもでしょ。雫ちゃんが、一度呼んだだけですよ」
「 それは、そうだな。ねぇ、変なお願いするけど、その猫。おにゃんこさんって言うんだけど、僕の家まで連れて来てくれない?」
「 ええですけど、林原さんが抱っこすればええんじゃ?」
「 それはそうなんだけど、多分言う事聞かないよ――おにゃんこさんおいで」
おにゃんこさんを林原さんが呼ぶけど、おにゃんこさんは、無視してるんだ。
それどころか、俺をクリクリとした目で、ジ~っと見つめてるし。
「 ほら言う事聞かない。 という訳でお願いします」
「わかりました」
俺は、おにゃんこさんを抱っこしたまま、林原さんについていった。
公園から歩いてすぐのところに、林原さんの家はあった。
駅からも商店街からも徒歩十分という好立地の住宅街にある庭付きの一戸建てだ。
「 ありがとうな」
「 いえいえ 」
おにゃんこさんを林原さんに渡す。 俺は、このまま帰っちゃうのやだなと思っていたら、林原さんが一言。
「 お礼って訳じゃないけど、お茶飲んでかない?」
「 うぇ? お茶ですか? あっでも、俺、旭ヶ丘の編入試験受けるから、帰って勉強しなきゃいけないんです」
「 そっか じゃ無理だね」
林原さんガックリしたような顔になってる。 ちょっと、悪い事しちゃたったかな。でも、家に帰らんといけんしって、俺肝心な事忘れてとるし。
「 あっでも 」
「 でも、何?」
俺は今さらながら、アキとその彼氏のイチャイチャあま~い空気から逃げる為に、部屋から避難したのを思い出した。
「 家じゃ落ちついて、勉強出来ないから、出てきたの忘れっとった」
一瞬の沈黙の後、林原さんは、大笑いをし始めた。
「 あはは、何だよ。勉強なら、僕の家でしていけば? なんなら、教えてあげるよ」
「 えっマジですか。お願いします」
「 ああっ じゃこっちにおいで」
林原さんは、俺の勢いに、若干引きぎみなのに、どこか嬉しそうなのは、気のせいだろうか? まっいいや、こっちとしては、渡りに船だよ。落ちついて勉強出来るし、おまけに勉強を教えてくれるし、ラッキーだったよ。
林原さんの家に入る時、抱っこされてたおにゃんこさんが、んなーんと呆れたような鳴き声を発していたのだった。




