32お正月
1月1日。今日は元日だ。
俺は起きると、パジャマからグレーのパーカーと紺のキュロットに着替えた。
まだ寝息を立ててるアキを起こさないように部屋から出ていく。
「 お早うって、なんじゃこりゃ。」
昨日の夜まで、綺麗だったはずのリビングは、わやくちゃだった。
酒瓶が転がり、さきイカやピーナッツの袋が落ちてるし、飲み明かして酔いつぶれたらしい両親は、ソファーで死んだように寝てるし、昨日の昼から帰省中の仁と一緒に雫ちゃんも、ソファーで寝てる。
一番驚いたのは、ぶちくそ真面目な母さんが、ソファーで酔いつぶれるって事だ。しかもジャージで。――普段は休みでも、ブラウスとスカートを穿いてる人だから余計に驚くよ。
「 あれ、夕陽起きたん?」
「 うん」
仁はいつもかけてる眼鏡を探し当てるとかけた。スウェットの上着に手をつっこんで、ボリボリとお腹をかきながら、あくびなんかしてる。
「 ……おっさんじゃないんじゃけ、やめんさいや」
「 おっさん……ひなや長谷川にも同じ事いわれたんじゃった。やる事がおっさん臭いって」
「 ならやめんさい。モテんくなるよ」
俺と仁は、概ねどうでもいい会話を交わしながら、リビングからキッチンに移動した。
「 おせちは適当に食べていいんよね?」
「 うん。お餅も各自好きな方法で食べてええんよ。夕陽はどうするん?」
「 俺、オーブンで焼いて、インスタントのすまし汁に入れ食べる。」
「 ほうなん、じゃ俺もそうしょ」
俺と仁は、食器棚から皿や祝いばしを出したり、お餅を焼いたりして、食事の準備をした。
「 毎年、お正月ってこうなん?」
「 うん。お年賀には、うちの家誰も来んけぇ、各自好きな時に起きて、好きな時にご飯食べるん。じゃけ、平原の家には、少しだけ顔出したら、すぐに帰りょうたじゃろ。あれね、はよ家に帰ってゴロゴロしたいけぇなんよね。」
「 ほうなん」
俺は、去年までのお正月を思い出す。
仁達は、毎年お年賀に来ても、小一時間くらいで帰ってた。
そんな裏事情があったとは。ちなみに、俺の実家じゃ、早く起きて、皆でご飯を食べると、紫織母さんと隆史父さんは、初売りに行き、俺と朝陽兄さんは、ゲームで兄弟対決を繰り広げてた。
「 まあ、三が日の間は、こんな感じじゃけ、夕陽も好きにしたらええよ」
「 わかった」
さて、どうしよっかな。俺は、頭の中で計画を練り始めた。「 何しよかな」
俺は、自分の部屋に戻るとベッドでゴロゴロしながら計画を立てる。
友達を誘うかと思ったけど、皆旅行や両親の実家に行ってたりするから無理なんだよな。拓人さんも今日は何かと忙しいみたいだから会えないしね。
「 一人で初詣行ってみようかな」
よし、思い立ったが吉日というし、行ってみよ。確か駅の近くに神社あったよな。
俺は、そう思うと、ベッドから起きて準備を初めた。
おめかしって訳じゃないけど、今着てる服はラフ過ぎて、部屋着みたいだから、黒いワンピに着替えた。
黒いワンピにあわせて、ちょっとシックな黒いコートを合わせる。
出かける準備を終えた俺は、リビングでぼへらっとテレビを視ていた仁に、初詣行ってくる事を伝えて家を出た。
「 やっぱり、人多いし」
家から歩いて十分。駅の裏にある神社にやって来た。この近辺で一番大きな神社なせいか、むちゃくちゃ人が多い。その中でもやっぱり家族連れやカップルが目立つ。
俺みたいに一人で来てる人はいないよな。――せめてアキを誘うんだったな。
「 帰ろ」
むなしくなってきた俺は、踵を返して自宅マンションに向かって歩きだした。
コートを着てるはずなのに、寒く感じるのは気のせいかな。
「 夕陽?」
「 んなー?」
「あれ、拓人さん?」
俺が神社から引きかえしていると、拓人さんとおにゃんこさんがいた。
「 夕陽も初詣?」
「 うん、まあ。でも一人」
「 そうなんだ。僕も一人なんだよ。本当なら、親戚の家にお年賀に行くはずだったんだけど、その家の人がノロウイルスにかかったとかで行けなくなったんだ。両親は、初売りに行っちゃうし、妹は妹で、学校の友達の家に行って、暇だから、おにゃんこさん連れて初詣に来たんだよ」
「 そうなん。家は、三が日の間各自好き勝手に過ごすみたいだから、一人で来たんよ」
「 じゃ、僕と一緒に行こうか。」
「 うん」
俺は、拓人さんと手を繋いで歩く。
ちなみにおにゃんこさんは、猫用のキャリーバッグに入ってる。
「 おにゃんこさん、人混み平気なん?」
「 うん。それどころか、自分も出かけれそうな場所だとなぜかわかるらしくて、連れて行けってうるさいんだ」
「へー」
そう言って拓人さんは、神社の鳥井の側でおにゃんこさんをキャリーバッグから出して、おにゃんこさんを抱っこした。
おにゃんこさんは、抱っこされて嬉しいのか、喉をゴロゴロ鳴らしてる。
俺達は、他の参拝客に混じって階段を昇る。
昇りきると、手水で手と口を清めて参拝客の列に加わる。
しばらくして、俺達の番になった。
お賽銭を入れて、二礼二拍手一礼した。
( 今年一年何事もなく過ごせますように。)
願い事は、去年と一緒だ。ただ去年は、俺にとっても家族にとっても、劇的な一年だったから、強くお願いした。
「 何お願いしたんだ?」
「 今年一年何事もなく過ごせますように」
「 普通だな」
「 でも、去年は、俺やまわりの人にとって劇的な一年だったから、今年こそ何もないように過ごしたいじゃん」
「 なるほど。ちなみに僕は、夕陽とずっと一緒にいられますようにだ。」
「――そんなお願い神様にせんでも、俺はおらんくならんよ。約束する」
「 約束だぞ」
そう言って拓人さんは、俺の小指に自分の小指をからませたのだった。




