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Love For Me  作者:
1/1

1. 邂逅、夢の中

天使に関する解釈は私個人のもので、フィクションの一つとして見ていただけると幸いです。

私は壊れやすいものが好きだ。

少し揺すってみたり、指先で突っつくだけで音も無く崩れていく。

ちょっとの事で愛しくて大切なものが塵に変わる、直情的な愛情や、薄っぺらな愛情、遠回りな愛情なんかじゃ愛せない。

歪で、狂信的で、奉仕的で、破滅的で、触れただけで音を立てて壊れそうなほど危険な愛情だけが愛せる。捧げられる。


私はずっと探していた。

そんな愛しい何かを。私はこんなにも壊れていて、それを自覚しているから。

愛せる何かが無い私は、自分を愛した。

はじめの頃は、爪をゆっくり剥がして完全に剥がれる寸前で止めてから指に被せ直し、ペンチでその指を潰すつもりで圧迫し、爪が拉げるまで続けたりなんて。壊れるまで幾度と傷付けて、壊れたら直して、その繰り返し。身体に傷が増えていく。着実に消耗していくことに焦りも恐怖も快感も感じない。ただ誤魔化して大衆に溶け込めるように自分を殺して。ただ私が愛せる対象を探していたの。

もしその対象に出会えなかったとしても悲しみも落胆も無い。だって自覚してるから。歪んでるということに。



「そこの貴女、天使、如何ですか?」


夜一人で外を散歩していると、全身を黒に統一し、頭にフードを被せて目元まで隠した格好をした人が正面に立っており、声が聞こえた。立ち止まって周囲を確認してもあたりは私と前の人以外誰も見当たらない。ならば先程のは私に向けられた言葉だろうか。視線をそこの人に向けると、少し首を傾けてフード下から覗く口元がニヤリと笑った。

声は中性的で背は私と同じくらい。薄っすらと唇に黒いルージュが塗られているが、女性だろうか。その口角が露骨に引き上げられている。


さあ、どうしようか考える。

そもそも私が夜この時間に外を歩いているのは、誰かに襲われるか何かトラブルに巻き込まれるのが目的なわけで、暇を持て余してるだけ。そして今私は知らない怪しい人に話しかけられている。

ならば私がとる行動は一つ。


「…なぁに、あなた?」


少し考えてから私は返事を返すことにした。

そのことに気を良くしたのか、その口角がさらにつり上がった。


「ふふっ、失礼。ご紹介が遅れました。私クロエと申します。天使を取り扱う商人をやっております」


「天使?」


「ええ、天使です。如何ですか?」


いきなり背後から話しかけられて、そしてその第一声が『天使、如何ですか』だったら、普通ならどんな反応をするのだろう。日本人なら関わりたくないって態度で無視するのかな。

私も日本人だけど。

素直に反応してもいいのならば私はそんな出来事に進んで関心を示したいと思う。


「んー、セールスならその商品の良さを私にアピールして欲しいな」


だからこんな返事をしてしまうのも一種の好奇心と強い願望が引き起こす必然で。


「そうですね、では立ち話も何ですから事務所までどうですか?」


「事務所?」


「ええ、天使もお見せしますよ」


会話が成立していることにいささか疑問を覚えることなく、私は両手を広げて待っている。

彼女、クロエが天使を取り扱う商人と言って、事務所へ来ることを勧めてくるこの状況はどんな事実につながるのか。クロエの目的は何か。ついついその人の心を想像してしまう。

その想像に必要な情報を得たいという欲が、私の選択を決定する。


「いいわ、案内してくれる?」


私は私を満たしてくれる存在に出会いたい欲求のままについていくことにした。

この人の言う天使がどんなものなのか知りたい好奇心も手伝って私の判断に間はなかった。


「ふふっ、きっとご満足いただけますよ」


人間の限界を感じさせるほどに口角を上げた目の前の人ークロエーは、私が一歩足を前に差し出したのを確認すると、その身を翻してゆったりとした歩幅で歩いていく。まるで私の歩幅に合わせるように。

そこまでは考えすぎだろうか。



そこからクロエがある建物の前で立ち止まるまで、一切の会話がなかった。

私はただ天使について考えていた。


天使と聞いて初めにネガティヴなイメージが浮かぶ人は少ないだろう。それこそ神話や宗教などに精通している人でなければ。

私もその一人だ。だから天使と聞いて浮かべたのは、人間の姿に背中から白い羽が生えていて、頭の上に黄色い輪っかがあって、ノースリーブに短パンくらいの長さの白い服を着た、昔絵本で見たままの天使の姿。

これまでの人生に天使について深く考えたり調べる機会などなかったため、この先を想像するための情報が圧倒的に足りていない。


「ねぇ、いくつか質問してもいい?」


なので私は、彼女?に聞いてみることにした。


「なんでしょうか」


「これから見せてくれるっていう天使のことなんだけど」


「…どうぞ」


「ただ天使って言われても私あんまイメージ沸かなくて。どういうものなの?」


「どういうもの、ですか…。もう少し質問を具体的にしていただけますか」


何にも考えずに聞いてみただけに少々言葉が詰まる。

抽象的にこんなのって言ってくれると助かったのだけれど、

仕方ないので私が具体的に聞きたいことは何なのか考えてみることにする。


………


「分かった。じゃあ、その天使っていうのは私に何をしてくれるの?」


欲しいと思うのは自分にとってそれが価値のあるものと感じているから。

仮に私が天使とやらに価値を見出そうとするならばきっとそれが私に何を齎してくれるのかという点に重きを置くだろうという考えに至った。


「…成る程。貴女は天使には一体何が出来るのか、気になっているのですね」


「あー、まぁそうかも」


そもそも天使が何なのか分かってないんだけど。


「これから見せる天使には、正確に貴女のことを見ることが出来ません。しかし、貴女が望んでいるものを知ることが出来ます。そして貴女がそれを実現する助けになるでしょう」


「…ふーん?」


「関心を失われましたか?」


「というより、よく分からないって感じ。すごくぼんやりしてるし」


「そうかもしれません。しかし、今はこれが限界なのです。ご了承ください」


結局私の中の天使のイメージが形成されることもないまま、

事務所とやらの入口まで着いた。



「こちらです」


そんな私を振り返ることなく歩き続けていたクロエが静かに足を止め、目の前の建物を指して発した。まるでツアーガイドが観光名所を指して客に紹介するような言い方だ。


「この建物全部?」


「一階はエントランス、事務所は二階となっております。三階は後ほど紹介しますので、こちらへ」


再び歩き始めたクロエの後ろに私はまたついていく。重厚そうな引き戸を開けて、私に先に入るよう促される。それに従って建物内に足を踏み入れると、外気との温度差に反射的に体が震える。内装は白と黒を起用としたデザインで、ダウンライトではなくペンダントライトで明かりを演出している点、オフィスのそれというよりは高級ホテルのそれに近い印象がある。


「少し冷えますが、二階の事務所は温度調節がされておりますので」


私の様子を察してか、ドアを閉めて再び私の前を歩くクロエがエレベーターのスイッチを押した後安心させるような物腰で、かつはっきりとした口調で言うものだから、私は軽く頷いてエレベーターが来るのを待つことに。

ベルのような音とともに扉が開き、二人でエレベータに乗り込みクロエが二階のボタンと閉ボタンを押し、上昇する。非常にゆったりとした速さで上がっていくのでGを殆ど感じなかった。



二階は逆に明るいイメージのデザインだった。

原色の緑で塗られた壁に額縁に収められたよく分からない絵が掛けられていて、床は木目調の床材が使われている。印象としてはカフェに近い?

部屋のライトは付けられているが、他に誰かがいる気配もない。

取って付けたハリボテのようなこの空間に、私の胸は高鳴る。


「こちらへお掛けになってください。何かお飲みになられますか?」


「お構いなく」


「そうですか。では…」


クロエは室内に入ってもまだフードを被ったまま勧められた席の正面に座り、テーブルの上で手を組んでいる。それから黙ってじっと動かなくなった。


「えっと、それで?」


「…ああ、すみません。少々時間をいただけますか?」


「時間って、どれくらい?」


「ほんの一分ほど。必要なことなのです」


「どうぞ」


私がそう言うと再び沈黙が生まれた。

なんとなく部屋を見渡してみて、何もないところだなと思う。

インテリアは高さ70センチほどの黒いミーティングテーブル一つにチェアが二つ。天井に間接照明のライトがいくつかぶら下がっているだけで、私がイメージする事務所とは随分とかけ離れている。

あくまで私のイメージなだけでこんな事務所もあるのかもしれないけれど。


「…すみませんでした、もう大丈夫です。それではお話をしていきたいと思います。よろしいですか?」


「お話っていうか、天使についての説明よね?」


「そうですね、ならばまず私が取り扱っている天使についてご説明しますが、これから貴女にお見せする天使は、簡単に言うならば『愛の受け皿』です」


「愛の受け皿?」


「はい」


「えっと、もうちょっと詳しく教えて」


「…人には人の愛の形があります。破壊、蹂躙、抱擁、支配…それは個性のように様々なものです。そして、愛を与え受けることで人は多幸感に満たされると、私は考えています。

…貴女は今、愛したいという願いを抱え、しかしその対象が見つからずにいるせいで溢れるほどの愛情を持て余しているのですね。それはストレスと同じで、抱え過ぎた愛はいずれ苦しみに変わってしまうでしょう。そうならない為に、貴女が愛を与えられる対象になれる存在こそが天使です」


「つまり、私にとって都合のいい存在?」


「そう解釈されて構いません」


「あー、それで、私が何だって?」


「…ふふっ、私は貴女が望むものを一つ与えることができる、という事です」


「私が望むものっていうのが分かるって言うんだ?」


「はい。貴女は、貴女自身の愛で、愛せる存在を求めているのでしょう?」


まるで概念や妄想を語られているみたいに抽象的で非現実的なお話だ。それにクロエは何故私が望むものがあり、それがどういったものかを知っているのだろう。纏う雰囲気がそう思わせるのか、私は目の前にいる人物が適当や妄想を語っているなどと疑いもしない。

少し自分の望むものについて考えてみるけれど、違うとは言えない気がしたので何も言わないことにする。


「それがあなたの言う天使?」


「その通りです。…少しは興味を持っていただけましたか?」


「そうね、そんな都合のいいものがあるなら是非見てみたいと思うけど」


「十分です。貴女の御心が少し分かった気がします。


…ではお望み通りお見せしましょう。ついて来てください」


言うが早いかクロエは腰掛けていた椅子を静かに引いて立ち上がった。そのタイミングで下からフードの下を覗こうとしたけれど、真っ暗で目元は見えなかった。


「エレベーターで三階に上がります。ここは内側に階段がありませんので」


「そう」


非常階段が外側にあることは建物に入る前に見えてはいたけれど。

よく考えなくてもこの建物ってなんだか不自然――


「…ああ、ひとつ言い忘れていました。


これから貴女にお見せする天使は私は見ることが出来ませんので、ご了承下さい」


「―どういうこと?」


「ふふっ、見ていただければ早いかと思います。どうぞこちらへ」



「説明が遅れましたが、三階はこのように天使を形成・管理をするフロアとなっております。」


ドアが開いてまず最初に目に映ったのは、脚の長いテーブルのようなものの上に、剥き出しで置かれている卵の形をした何かだった。それ自体が大きく拍動する音が聞こえてくる。


「…なに、これ…?」


「今貴女が見ているそれが、貴女だけの天使でございます」


(これが天使…)


「人間とは何処までも傲慢で、皆が心のうちに無限の可能性、能力、運命などが自分たちの都合の良いように存在していると信じ、その幻想に取り憑かれた結果不出来で誰にも愛されない存在を生み出し続けてきました。そこに在る天使もまたその一つです。」


「人が天使を創ろうと?」


「正確には神を、でした。天使は、その副産物の持つ性質から私がつけた呼称です。」


「………」


「既に貴女には天使がどのような存在か理解していただけていると思います。

万能ではないことも。あとは貴女のお心次第です」


「私の、心」


「改めてお聞きします。


天使、如何ですか?」


「………」


無意識に私の身体は動いていた。それの近くへ歩み寄り、左手を伸ばして。間違いなく私は目の前の存在に心を奪われていた。


「ふふっ、では取引に入りましょう」


「…取引?」


その言葉に意識が私のもとへ引き戻された。

振り返るとクロエは私に背を向けたまま話しかけていた。先程言っていた『見ることは出来ない』の意味は分からないが、こちらを向くつもりはなさそうだ。


「そうです。私が貴女に要求する対価は二つ。天使を死ぬまで愛すること、そして死後貴女の御心をこちらに提供していただくことです」


「なんだか不思議な物言いね」


「そうでしょうか」


「心を提供って、どうなるの?」


「どうにもなりませんよ。形ではなく、貴女が貴女のままでいて頂ければ良いのです」


「私のままって、」


「…これ以上具体的なことは私ではお話できません。最後に私が言えることは、全ては貴女の御心次第ということだけです」


うまく具体的な部分を躱して私に話しているのが分かる。そこにどのような意図があるのか、私には分からない。


「じゃあ...最後に一つ、聞いてもいいかな?」


「なんでしょう」


「クロエ…さんは、一体何が欲しいの?私に天使を差し出すことで貴女にどんなメリットがあるのか分からない。天使がなんなのか、どうやって生まれたかは聞かないわ。それだけを教えて」


多分もう少し冷静になれば気になることは幾らでも思いつくだろう。

だから聞いておきたい、クロエが私に何を求めているのか。


「先程申し上げたとおり...貴女が、天使を愛してくれることを」


それは会ってからここまでに一度も聞いたことのない、静かで感情の込められた声だった。

背を向けていてもクロエが微笑んでいるのが判った。


「さぁ、名前を。貴方だけの天使の名前を呼んであげてください。貴女の御心のままに」


「名前...」


私は改めて天使に向き合い、その姿を確かめる。やはり卵のような形をしている。

さっきまでのような動きはなく、内側から発光しているのか、それだけが光を帯びて私を魅了するようで。

私の頭の中に、ゆっくりと言葉が浮かび上がる。その言葉を口にして――


「『ミレディア』」


瞬間、光が破裂した。

反射で目を閉じ、顔を覆うように腕を持ち上げて――

私の意識はそこで途絶えた。










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