総司令官VS奇跡の生存者
「よく怖気付くことなくここに来ましたわね。その度胸は大いに評価して差し上げますわ」
そう、レミアは俺を見据える。その姿はとても可憐であった。バトルドレスとでもいうのだろう。その身に深紅色のドレスを纏い毅然とした態度で俺に立ち振る舞う。肘や膝にもちゃんと鎧をしてあったが。しかし、なぜドレス?とも彩牙は思った。対する彩牙は学生服だけといたってシンプルだった。そんな俺はレミアと反対の入場ゲートに立っていた。そう、ここは昨日レミアが指定した闘技場だ。既に時刻は午前九時過ぎ。俺は昨日サリアから貰ったチョーカーよりのネックレスを首につけている。そう、エクセプションを。
「色々とあなたのことを調べさせてもらいましたが、あなたはあの国波の生き残りみたいですね」
唐突にそう俺の事情を話し始めたレミアに少し驚く。
「…それがどうした」
「いえ、普通ならファグマに恐れをなしてここに来るはずがないのではと思っていたもので。あんな大都市をたった一夜で崩壊させた化物たちとあなたはやりあいたいとおもいますか?」
「じゃあ、お前はなんでそこにたっている?」
「ほんとに無礼な男ですわね、質問に質問で返すのは邪道ですわ。ですがまぁ、いいでしょう。一つだけ教えて差し上げます。私がここにいるのは守りたいものがあるからですわ」
「…」
「答えて差し上げましたのに自分は答えないのは卑怯ではなくて?」
「…俺は復讐のためにここにいる」
「…そうですか、まぁあれほどの事でしたから無理もないでしょうしその気持ちが芽生えるのもわからなくはありません。ですが、復讐は何も生み出さないとしっていますか?これはあなた達日本人の言葉でしてよ?」
「それは、俺にとっては無縁な言葉だ。それに、一つだけ言っておいてやる。気持ちというのは同じことが起こらなければわかりあえないもの。失った人にしかわからないものだ」
「…ならば、もう話すことはありませんわね」
そう切り上げるとレミアは構える。それは、何かを詠唱する魔法使いのような構え方で。
「私の呼び声に応えなさい、悪を切り裂き魔を祓う剣達よ。天輪の剣」
レミアが詠唱?をすると突如眩しい光があたりを包む。俺は即座に腕で目を庇う。そうして、光が小さくなっていき改めてレミアを見た時。その姿は先ほどの可憐さとは違い神々しいものがあった。光が彼女を包み込む。そんな幻想的な光景だった。レミアの綺麗な金髪が輝いて見える。まるでキラキラと輝いてるような空に彼女は立っていた。全てを美しいとさえ感じさせるほどに。白銀色の鎧で身を包みチラホラと下に着ている赤いドレスが見えるのがより一層彼女の姿を引き立てていた。片手には繋ぎの部分が羽根に見えるような形をしている剣を持っていた。そして、驚いたのはその背中の部分だ。一瞬、羽根かとも思ったが違った。いくつもの剣が束になって彼女の背中あたりを漂っているのだ。レミアが横に剣を振るうとそれは分散され彼女の背中で天輪を創った。その数、12本。片手に持っているものを合わせると13本だ。そんな剣達でさえも神々しく見えてしまうのは気のせいだろうか。変わり果てたレミアの神々しい姿に生徒達はみんな見惚れていた。
「最初に言っておきますが、例えエクセプションを扱ったことのない新入生でも私は手加減なんて致しませんから」
宙に浮いているレミアはまっすぐに俺を見据えそう宣言する。
「俺がそんなのに甘えると思ってたのか?」
「えぇ、今の私を見て怯えてるのではないかと。別に強がらなくてもいいですかわよ?それに最後のチャンスぐらい私の寛大な心で差しあげて上げますわ」
レミアは剣を俺に突きつける。
「降参するなら今のうち、ですわよ?」
そんな余裕な表情とともに降参宣言を促す。俺はそんなレミアの最後のチャンスを一蹴する。
「ほざけ」
「であらば、もう話し合う余地はありませんわね。さぁ、エクセプションを手に取りなさい。伊佐樹彩牙」
レミアは彩牙の態度でこれ以上の話し合いは無用と感じエクセプションの展開を促す。が、彩牙は一向にエクセプションを出す気配がなかった。
「まさか、エクセプションの出し方を知らないとは言いませんわよね?」
そんなレミアの言葉をよそに、俺はエクセプションの証でもある宝石を握り、そっと目を閉じた。その姿にレミアはしばしだまり見つめる。彩牙はずっと前からこれの扱い方を知っていた。だから聞く必要も教わる必要もなかった。彩牙が握っていた宝石は突然眩い光を放ち、しかしそれはレミアのような神々しさとは違い、黒く、禍々しいものだった。
「なっ!なんですのこれは!?」
そんなあまりの禍々しさにレミアはたじろぐ。なにせ、彩牙が放っているこの気は…。
「ま、まるでファグマみたいな方ですわね…」
そう、どことなく、それとなくファグマの発する気配に似ていたのだ。彩牙を包み込んでいた黒色のもやはやがて薄れて消えていく。そしてそこには先ほどとは違う彩牙の姿があった。
「そんなばかな!?一発で鎧を具現化だなんて」
サリアが叫ぶ。画面モニター越しに観ているがそれでもゾッとする気配に…。エクセプションの神鎧を身にまとった彩牙を見て。その姿はまるで黒騎士みたいな…。それでいてファグマの影があるような。
「ありえないわけじゃない、過去にも1、2回事例はあった。けれど、それはみんな適性が高かったからだ。彩牙の適性数値は…」
そこでモニターの左下と右下の数値を見やる。左下のレミアの数値は158と出ているが右下の、彩牙の数値は。
「0、適性数値は全くもってないはずだ!なのになぜ彼は神鎧を纏えているんだ!?」
あまりの謎にサリアは困惑する。適性数値0とは完全にエクセプションを扱えない状態だ。つまり、エクセプションが伊佐木を拒んでいるはずなのだ。それなのにエクセプションが扱えている。これはおかしい。
「君は一体、本当に何者なんだ。伊佐木彩牙」
サリアは画面モニターに映る黒い気を纏った伊佐木を睨むのだった。
「じゃあ、始めるか」
「驚きましたわね。まさか一発で神鎧を具現化させれるとは」
「そういうお決まりなセリフはあんますきじゃねぇんだよ」
彩牙は突如、人が変わったかのようにレミアに敵意を向ける。そのあまりの迫力にレミアがたじろぐ。
(そんなばかな、私が気迫だけで押されてる!?)
レミアは自分の脚が小刻みに震えているのがわかった。それを何とか気合いで震えを抑える。
(確かに、一発で神鎧を成功させたのは彼だけではありません。ですが、なんですの?このおぞましいほどの気は…)
それにさっきからレミアのエクセプションがより一層強く光っている。まるで早くあいつを倒せと言わんばかりに。いや、現にレミアのエクセプションである天輪の剣は感覚的に送ってきているのだ。あいつを倒せと。
(一体どういうことですの?)
レミアは目の前で異彩を放つ彩牙とエクセプションの反応で半ば混乱していた。目の前のおぞましさと恐怖に。
(普通にできたか…)
難なく神鎧を具現化した彩牙は動きを確認するように手を閉じたり開いたりする。握っていた宝石の手の方を開くと、エクセプションは綺麗な青色から真っ黒に染まっていた。
(すまんな…)
彩牙は心の中でそうエクセプションに謝る。こうなってしまうことは分かっていた。だからこそ、使うのをためらった。だが、こうして出来たということは問題は無いということだ。彩牙は神鎧を解くのだった。黒いモヤが四散するのと同時に鎧は消えていった。宝石は未だに黒かったが徐々に青色に帯びていく。これなら大丈夫だろう。そう、心の中で安堵しているとレミアが叫んだ。
「な、なぜ、神鎧を解いたんですの?」
「お前がビビっていたからな。やめた」
「なっ!」
レミアは彩牙の発言に苛立ちを覚えた。そうじゃなくても、さっきまで気迫に押されていた自分に腹を立てていたのに。それとは反対にレミアのエクセプションの光は徐々に薄くなっていったのだ。まるで、目の前の敵が消えたかのように。しかし、そんなことでレミアの怒りが収まるわけではない。
「っ!フューリー!」
レミアは二本の剣を彩牙に向けて放つ。それは鋭く、確実に下手をすれば生命を刈り取る剣になるだろう。そんな剣を彩牙は避けようとしなかった。避ける素振りすら見せなかった。剣が当たる次の瞬間、当たるはずだったレミアの剣は湾曲し、まるで彩牙を避けるように通り過ぎていった。その不思議な現象にまたも驚かざるえなかった。
「どういう、ことですの…」
さっきの2本の剣には彩牙の腕と脚を切りつけるように指示を出し飛ばした。なのに、2本ともまるで彩牙を嫌がるようにその命令を拒否して帰ってきたのだ。
「なにをしましたの、伊佐樹彩牙」
「なにも」
何事も無かったように平然と立っている彼の姿を、レミアは怖いと感じた。普通じゃない。しかし、それがなんなのか?正体がわからないという恐怖。突如として目の前に現れた謎の、それも不悪魔に似た気配を放つ、それもレミアが恐怖するレベルの。目の前にたっているのは紛れもなく人だ。自分たちと同じ人間のはずなのだ。なのに、今、目の前にして立っている人間をレミアは人だと思えなかった。
「……」
今ので俺は確証した。俺はこの身体に馴染みすぎたのかもしれない。わかっていた。そう、わかっていたさ。ただ、それを受け入れる度胸と覚悟が少し足りなかっただけで。今ではもう受け入れられた。エクセプションの異常な侵食速度、絶対的な程の拒絶反応、エクセプション使用時の倦怠感。
(仕方のない、ことだったんだよな…)
不悪魔に対抗するためには力が必要なんだ。なんだっていいんだ、神紋だろうとミサイルだろうと。奴らを倒せる力なら。それを、望んだ結果なんだ。人が欲に溺れるとはこういう事なのだ。それでも構わない、あの頃からとっくに決まっていたんだ。復讐すると、そう決めたからあの日、この人生を捨てた。人であることを捨てた。人では勝てないから。だからこそ力のために、復讐のためにこの身を捨てたのだ。今更、嘆くことなんてない。
「…おまえのエクセプションは俺を嫌ってるみたいだな」
「私も含めて、ですわよ」
少し、俺の憂い帯びた言葉に皮肉りながらレミアは返した。余程驚いたのだろう。あれから攻撃を仕掛けてこない。周りのこの試合を見ている学生達は未だに唖然としている。誰ひとり騒ぎ立てるものもなく、ただ静かにこの試合を見守っている。
「あなたは本当に何者ですの」
「さぁ、な」
昔ならまだ人と答えられたのだろうが、いまはどうだろう。
「気が変わりました。あなたにはここにいてもらいます、勝とうが負けようが。その代わり、あなたの庇った生徒の入学を許可してあげます」
「随分な変わりようだな」
俺がそう突っ込むが彼女はさっきのように怒ることもなく、落ち着いている。そのためか、俺の最初に提示したそれに対しての交渉カードを切ってきた。突然のレミアの提案に副官である金沢颯花や桜蘭華夜も驚きを隠せないでいる。それほど、レミアの今の判断は驚かざる得なかったのだろう。
「けど、俺は言ったはずだ。ここに用はない」
「だとしても、今のあなたを放置することはできませんわ」
何かに感づいたのか、レミアは頑なに俺を帰すつもりがないみたいだ。
(まぁ、最高司令官とだけあってそこらへんの感はいいみたいだな)
実力も知恵も不安だがその感覚は認める。
「先ほどの提案だけでは不満ですか?」
「日本人は良心にもよるが、勝負事に発展した際は最初に提示したものよりも更に上のものを望むものだ」
そうとだけ言っておいた。この言葉おそらく日本全体を敵に回すような危ない発言だ、保険は打ったが。このセリフは日本人は常に欲深い最低な人間と言ってるのと同じようなものだ。なぜこんな発言をしたかと言うと俺はレミアではなく金沢颯花に挑発をしたのだ。名前からするにあいつも俺と同じく日本人だ。その日本の面汚しをここに入れたいとは思わないだろう。現に、短気な彼女はこめかみを引くつかせて俺を鬼の形相で睨んでいる。他にも上級生の中にだがさっきの発言で俺を睨むものもいる。
「では、何をお望みですか」
レミアはどうしても、と言わんばかりにこちらの要求を呑もうとする。その姿に俺はあと一押しする。
「お前は言ったな、俺を下僕にするとか」
「えぇ、言いましたわ」
「ならその逆だ。お前が俺の下僕になればその要件を呑む」
その言葉と同時に観客席側から何人かの生徒が飛び出してきた。それぞれ手にはエクセプションを展開して。
「いい加減にしろよ新入生!」
「あまり調子に乗ったこと言ってると私たちが許さないわよ!」
五人弱の上級生がレミアの前に立ちはだかる。怒りの形相でこちらを睨みながら今でも襲いかからんばかりの勢いで俺を怒鳴ってくる。どれも戦い慣れしている。体つきや構えからしてそれが容易に伺える。そんな、おそらく戦闘経験豊富な先輩達を相手に俺はたじろぐことなく対峙する。
「昨日から生意気なんだよてめぇは!」
「そうよ!私達はあなたの先輩よ、敬語ってものを知らないの?」
「あまり調子こいてると痛い目みるわよ!」
やる気満々、と言わんばかりだな。だが、これはこの生徒達の。いや、先輩達の致命的なミスだ。
「この試合、辞退も横槍もありなのか?」
俺がそんな質問をすると更に先輩たちが激怒した。
「なんだと!」
「話を聞いてなかったの!?」
至極当然な反応だが、彩牙には関係なかった。客観的に見ればだが、レミアの方に五人以上もの味方がついたのだから。それは試合として確実に理不尽な数だ。
「皆さん、お下がりになってください」
そんな、激怒した生徒達にレミアは凛とした声音でそう指示した。
「で、ですが!」
「こんなこといわれてはこちらとしても…」
「それにこいつは俺たち日本人を侮辱するようなことを言ったんですよ!?」
怒りが収まらないのか、なんとか先輩方はレミアに講義する。そんな生徒達を前にもう一度、しかし次は少し声のトーンを低くして忠告した。レミアは俺の考えていたことを、言いたかったことを理解してるようだ。
「下がりなさい、三度目の忠告はありませんわよ」
そんな最高司令官の命令に先輩達は悔しがる。
「っ!」
「くそっ!」
それぞれ先輩達は俺を睨みつけ悪態をつきながらフィールドを各々でていった。これで、レミアも話の続きができるので少し自分を落ち着かせて俺と向き合う。そのどこまでも透き通るような蒼碧色の瞳で。
「先ほどの話ですが、私は仮にもこのガーディアンの最高司令官です。もし、その権力が目当てであるなら私はその要件にはお応えできませんわ」
「そうか」
「ですが、それ以外のことであるなら私は貴方の下僕になってさしあげますわ」
レミアのその言葉に観客席が一気にざわつく。ゲートの方でこの試合の行く末を見届けていた金沢颯花や桜蘭華夜もさっきよりも驚いている。
「それに変わらず、あの遅刻してきた生徒、橘恋音さんの入学も受け入れます。これでもまだ足りませんか?」
傍まで来ていた金沢颯花がなにか言おうとするがレミアがそれを手で制する。俺の答えを待つように。
「そんなことして、お前の後ろが黙っていると思うか?」
「黙らせますわ」
「それで納得するとでも?」
「無理矢理にでも納得させます」
「それが最善の選択か?」
「あなたをここに留めれるのなら」
どうしても、か。秘密までは気づかれてはないだろうがやはり何かに感づいてる。それが危険だということもわかってるな。
だからこそ、ここまで必死に止めるのだろう。別段、俺の秘密はバレても構わない。バレたからといってどうということはない。それぐらい一人で処理できる。ただ、それがここにいる全員に知れ渡るのは良くないだろう。だからこそ、秘密にしてるのだ。ここに入ればそれを知られる危険はある。それでも覚悟の上でここに入った。ここなら、正当にファグマを殺せるから。
「…わかった、それで呑もう」
「では、これにて試合は終了ですわね」
そのレミアの一言でこの試合は終わりを告げた。
異例に異例が入り混じったこの試合の結果に満足するものなど誰一人もいなかった。