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動物愛護団体「ビーフシェパード」の没落

作者: 芍薬甘草

 西暦2100年、動物愛護団体「ビーフシェパード」はその長い歴史に幕を閉じようとしていた。

 その原因の半分は日本である。


 そもそも、彼らと日本との因縁は深い。

 今からおよそ100年ほど前にビーフシェパードが結成した時、最初に彼らが目を付けたのは海の生き物だった。今となっては信じられない事であるが、当初はクジラやイルカの保護を目的として結成した団体だったのだ。

 彼らは結成初期の頃は、日本や東欧諸国の捕鯨船に船ごと体当たりをかますなどの暴力的な方法で、メンバーに逮捕者を出しながらも捕鯨を妨害してみせた。そんな反社会的な活動を世界中にアピールする事で賛同者や支持者を集めていき、そこから運営資金を回収していったのだ。

 その際、欧米諸国に根強く残る、日本や東欧人への差別意識を刺激する事も忘れなかった。

 全盛期にはハリウッドスターや資産家からの資金援助をしてもらう事もあり、彼らは次世代メンバーの育成と言う名の洗脳を繰り返し、その勢力を増していったのである。

 それは彼らビーフシェパードのメンバー達にとって、もっとも幸せな時期であっただろう。


 その頃、東欧諸国が次々とビーフシェパードに屈していく中で、日本だけは抗い続けた。

 日本人はほかの先進国よりも温厚で情に厚いと言われている反面、食に対する貪欲さは鬼の如きものがあ民族だ。日本がその食文化を捨ててまでビーフシェパードに屈する事はなく、そしてそれはビーフシェパードにとっても好都合だった。

 日本が捕鯨を続けてくれていれば、彼らは資金集めの口実に困らないという構図ができていた。


 しかし時が流れ、西暦2058年。

 彼らは思わずその戦いに『勝利』した。

 その年、日本が捕鯨やイルカ漁を完全にやめると宣言したのである。


 かと言って、実は日本が彼らに屈したわけではない。

 日本はいつもの変態的技術によってついに完成させたのだ。

 クジラ肉やイルカ肉を完璧なまでに再現した『人工肉クジラ味(通称人工クジラ)』の製造に成功したのである。


 日本人はもともと林檎をはじめ多くの果物に魔改造を施し、ウナギが絶滅しそうならウナギ味のナマズを生み出すという変態民族である。

 ビーフシェパードは舐めていた。日本人は食に意地汚いからクジラを捨てる事は出来ないだろうと思って楽観視していた。それ自体は間違いではないのだが、日本人の食欲は彼らの予想をはるかに超えていたし、日本人の食に対する情熱と技術力を甘く見ていた。


 ――クジラがとれなければ、クジラ味の食品を作ればいいじゃない。

 日本人が残念で素晴らしいのは、それを可能にしてしまう技術力という名の圧倒的な変態性を持ち合わせている事だろう。


 戦後のクジラ肉に慣れ親しんだ世代がいなくなり、捕鯨やイルカ漁で生計を立てていた漁師達も既に引退済みであったその時代、人工クジラは当時の日本人達にそれほど抵抗感もなく受け入れられていったのだった。



 ちなみに、人工クジラは誕生から現代にいたるまでの間に、幾度となく魔改良が施された。

 やがてミンククジラが繁殖しすぎたせいで魚の漁獲量が減り、クジラ漁の解禁に向けた世界サミットが開かれた時

日本うちは本物よりずっと美味しい人工クジラ肉があるから、捕鯨は欧米諸国そっちで勝手にやって」

 と、日本はまさかの捕鯨不参加を決め込むのだが、それはまた別のお話。



 ともあれ、ビーフシェパードは日本を弾圧する事ができなくなり、存続のための新たな存在理由を求めた。

 そして目を付けたのがフランスの特産品「フォアグラ」である。


 活動拠点を海から陸へと変更したビーフシェパードは、無理矢理餌を食べさせられるガチョウやアヒルがかわいそうだと難癖をつけ、度々西欧の生産工場を襲撃した。

 ガチョウやアヒルの解放を訴える彼らの活動に賛同し、彼らを支援するものが徐々に増えていき――


 ――そしてその活動に、良かれと思って微妙な相手とのお見合いを進めてくるお節介おばさんのごとく、日本が援護射撃を加えた。

 西暦2063年、人工肉クジラ味の誕生からわずか5年後、日本は今度は『人工肝臓フォアグラ味(通称人工フォアグラ)』を生み出したのである。


 それはビーフシェパードにとっては青天の霹靂であったが、日本人にしてみればごく当たり前の帰結である。

 食の鬼とも呼ぶべき日本人は、当然フォアグラもフランスから取り寄せて食べていた。それがビーフシェパードの活動によってフォアグラの輸入が滞るようになったのだ。


 ならばフォアグラも作ってしまえとなるのは当然の流れであった。日本人的には。


 すでに人工肉製造のノウハウを持っていた当時の日本の研究者は、わず2~3年で人工肝臓フォアグラ味を開発し、製造販売までこぎつけたのであった。その研究者は人工フォアグラが完成した時「たいした手間でもなかった」と言い放ったという。


 本場フランスのフォアグラと比べても遜色のない、どころかそれを上回っていそうな人工フォアグラは、急速に世界に広まっていった。日本の軽薄なクジラ事情と違い、フォアグラはフランス人には伝統的な食文化という思いが根強く抵抗感は残っていたが、それでもこのまま食べられなくなるよりは良いと、彼らにも徐々に受け入れられていった。


 そうして再度あっさりと存在理由を奪われたビーフシェパードであったが、かといって日本を責める訳にはいかない。むしろガチョウ達を救った救世主として日本を讃えなければならなくなり、当時のビーフシェパードの指導者は、日本への感謝の声明文を発表する事になった。

 その声明文からは嫌々書きましたオーラが溢れんばかりに出ていた為、その後たびたびネットの世界でネタとして曝されることになる。



 やがてビーフシェパードの存在意義は急速に失われていき、昔貯め込んだ資金を切り崩していく赤字経営を強いられるようになっていた。彼らはこの時点で団体を解散するべきだったのだが、洗脳を受けた盲目的なメンバーにその判断は出来なかった。

 団体の存続の為、彼らには次なるターゲットが必要だった。焦った彼らは実験動物を扱う製薬会社を攻撃し始めたが、これは資産家達に受け入れられず、かえって活動資金を減らす結果に終わった。


 次に目を付けたのは、オーストラリアのカンガルー狩りだった。昔は主要スポンサーであるオーストラリアを非難するわけにはいかなかったが、クジラが増えすぎた現在ではそれほど支援も貰えていなかったので踏み切ったのだ。

 日本は人工カンガルー肉の開発はしなかったが、それがビーフシェパードの助けになる事はなかった。失ったオーストラリアの支援者と、獲得した諸外国の支援者の数にそれほど差はなかったからだ。

 むしろ根強かったオーストラリアの支援者を敵に回した事により、長期的な支援は期待できなくなってしまった。


 起死回生をかけて中国の犬食いの抗議に出かけたが、彼らは中国を甘く見ていた。日本やフランスの時よりも警戒していたつもりだったが、それでも舐めていたとしか言えないだろう。

 抗議メンバーは現地で過激に動きすぎ、中国マフィアに目を付けられたのである。気がつけばメンバーの数人が行方不明いぬのえさになっていたのだ。

 この事件で今までのような過激な抗議活動は制限されることになった。


 そして、彼らの最後のターゲットは牛であった。

 日本は人工ビーフも作っていたが、それは味の追及した高級品であり、世界のビーフ需要を全て担えるような量ではない。この活動では一部のベジタリアンくらいしか取り込めないだろうが、それでも何もしないよりはましだと考えたのだ。


 しかしこれが、ビーフシェパードにトドメを刺す事になった。

 牛は世界中が生産している畜産物である。ビーフシェパードが牛の解放を目指すという宣言に、全世界の酪農家が自分達の牧場が攻撃されるのではないかと怯えた。

 世界各国は一致団結し、エコテロリスト『ビーフシェパード』の殲滅作戦を開始した。

 いくらビーフシェパードがもう過激な抗議行動はできないと主張しても、これまでの襲撃実績がある為に聞き入れて貰えなった。



 そして2100年の冬。

 二十一世紀の終わりと共に、ビーフシェパードはその歴史に幕を閉じた。


 その原因の半分は日本人であり、もう半分はただの自滅である。



※この物語はフィクションです。実在するエコテロリストとは関係ありません。

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「賢者フィロフィーと気苦労の絶えない悪魔之書」

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