梅太郎の仇討ち
むかしむかし、あるところで、おじいさんとおばあさんが死んでいました。
第一発見者である梅太郎は2人を見て、こう言いました。
「なんて穏やかな顔だ。しかし現場の状況からして恐らくは他殺。犯人は君たちの中にいる!」
容疑者たちをビシッと指差し、ドヤ顔する梅太郎。
今、この場にいるのは梅太郎と、それぞれ人語を解す世にも珍しいオオカミ、ゴリラ、ハヤブサの1匹と1頭と1羽です。
まず、我先にゴリラが言いました。
「ウホ、ウホ、ウホホ」
そう、ゴリラの彼はただのホモだったのです。
次にオオカミがこう言いました。
「食べるなら柔らかい赤子にするさ」
続いてハヤブサが曇天の下、羽を大きく羽ばたかせ、こう叫びます。
「キジ(笑)乙!」
そして最後に奇跡的におじいさんが息を吹き返し、口を開きます。
「犯人は梅……」
「おじいさん何で死んだんだよ!」
急に憤りを感じたのか、梅太郎がおじいさんの気道を塞ぐかのような動作で、おじいさんに泣きつきました。
と、その時――
「ようやく本性を現したようじゃの、梅太郎。善人のフリをしてよくもワシらに一服盛りおったな」
やたらダンディなボイスでそう言ったのは、なんと……死んでいたはずのおばあさんでした。
「ババア。なぜ生きている?」
驚愕する梅太郎。
「なに、ただ腕をきつく縛っておいただけじゃ」
おばあさんは脈がない状態を意図的に作り出すために用いた縄を、これ見よがしに梅太郎に投げつけます。
「今すぐ、ばあさんの気道を塞ぐのをやめるんじゃ!」
「はっ? 耄碌したのかババア?」
梅太郎は眉をひそめましたが、おばあさんは神妙な面持ちで言います。
「今、おまえが首を絞めているのは、ワシではない。ばあさんじゃ」
そう、実はおじいさんとおばあさんがあまりにも似ていたため、梅太郎はおじいさんとおばあさんを逆だと勘違いしていたのです。
しかし、梅太郎にはそんなことどうでもいいことでした。
なぜなら梅太郎にとっては、おじいさんもおばあさんも親の仇だったからです。
梅太郎はなおもおじいさん……改めおばあさんの首から手を離さずに言います。
「俺は梅から生まれた梅太郎。どんぶらこどんぶらこと川を流れ、結局誰にも拾われず、鬼ヶ島に漂着した哀れな男だ。だが、そんな俺を鬼たちは愛情をこめて育ててくれた。俺の自慢の親だ。しかし、おまえらが育てたあの桃野郎のせいで、俺は親を失った。だから俺は桃野郎に復讐を誓った……んだが、さすがにあいつは強すぎた。俺じゃ勝てない。だからせめて一矢報いようとここに来たんだよ!」
梅太郎は誰も聞いてもいないことを、長々と話しました。
ちなみに、先程からまったく話に絡んでこない動物たちは、梅太郎とは縁もゆかりもない、ただの通行人です。
「梅太郎。おまえのそれは仇討ちではない。なぜなら、鬼たちは生きているからじゃ」
おじいさんは衝撃的な作り話を展開させようとし、
「鬼ヶ島での一部始終を見てんだよ、こっちは!」
と梅太郎の逆鱗に触れてしまいます。
そこで咄嗟に「なんてな」と変顔でテヘペロをかますおじいさん。
すると梅太郎はあまりの怒りで、おばあさんの首から手を離してしまいました。
なんだかんだで、5分ほどは首を絞められていたおばあさんは……なんと、生きていました。
そう、本当は心優しい梅太郎は、無意識の内に首を絞める手を緩めていたのです。
「おい、ババ……じゃなくて、ジジイ! 覚悟はできてんだろうな」
梅太郎は怒鳴ります。
しかしここでおじいさんが不敵な笑みを浮かべました。
「どうやらここまでのようじゃの。梅太郎」
「ど、どういうことだ」
梅太郎は動揺します。
「わしらの自慢の息子が来てくれたようじゃ」
おじいさんは他力本願全開に高笑いしました。
おじいさんの息子……つまり犬、猿、キジを従えた梅太郎曰く、桃野郎のことです。
梅太郎。絶体絶命のピンチです。
しかしいつまでたってもおじいさんの息子は姿を現しません。
「ど、どうしたんじゃ息子よ。早く来い」
おじいさんは微妙に焦りつつ、GPSで息子の位置を確認します。
GPSとは、ジジイ・プライスレス・スキルの略であり、おじいさんの値踏みできない能力……つまりただの勘です。
するともうすぐそこまで来ているようでした。
しかしやはりおじいさんの息子は姿を見せません。
と、そこへ、いつの間にかどこかへ行ってしまっていたオオカミ、ゴリラ、ハヤブサがなぜか戻ってきました。
まずオオカミが口を開きました。
「あれが犬猿の仲か。隙だらけだったぜ」
次にハヤブサが、曇天の下を優雅に飛行しながら言いました。
「キジ(笑)乙!」
そして最後にゴリラが満足そうにこう言いました。
「ウホ、桃、ウホホ」
おじいさんの息子には、心底同情します。
「形勢逆転だな。ジジイ」
梅野郎は突然の幸運に、調子に乗ります。
しかし、ここで梅太郎は気づきます。
一番懲らしめたかったおじいさんの息子とその一味は、通行人が勝手に倒したり、一生消えない傷を与えてくれました。
――もう、親の仇討ちは達成されているのではないか?
「た、助けてくれ。梅太郎」
おじいさんは泣きながら命乞いをします。
そんなバカみたいに間抜けなおじいさんの姿を見て、梅太郎はこう言いました。
「助けるか、バーカ!」
そう、おばあさんはともかくとして、今までのおじいさんの態度に、梅太郎は親の仇討ちとか関係なく純粋に腹が立っていたのです。
梅太郎は隠し持っていた包丁を手に取り、おじいさんに狙いをつけ、勢いよく包丁を振り上げました。
するとその時――
掲げられた包丁目掛けて、雷が落ちました。
雷は梅太郎を直撃。
当然、近くにいたおじいさんも無事ではすみませんでした。
しかし奇跡的におばあさん、動物たち、そして絶望に暮れるおじいさんの息子には怪我はありませんでした。
しばらくして、おばあさんが目を覚ましました。
残念なことに、おじいさんと梅太郎はすでに息を引き取っていました。ざまぁです。
2人の亡骸を目撃したおばあさんは最後にこう言いました。
「2人ともワシが埋めたろう。梅太郎だけにな」
あまりにも寒いことを言ったおばあさんは、すぐさまおじいさんの後を追うように、雷に打たれましたとさ。
めでたしめでたし。