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もし私が神なら  作者: 福竹
薄ら寒い何か
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世界の存亡に関わるということ

 彼の後ろで鳥が糞を落とすのが見えた。カーテンを開けた向こうは風景も蝉の声もいつもどおりでただそこに、逃れられぬ運命、そんな風に紳士が背筋を伸ばして立っていた。 昨日は暗くてよく見えなかったが、陽のもとで見ると紳士は四十代後半から五十代前半といったところで、髪にはところどころ白いものが混じっていた。


「ごきげんよう諸君」


「いいわけあるかこのスカポンタン! あんた一体なんなのよ!」


「うわあ。春さんタノモシー」


 身長は大喜よりも少し高く一八〇センチ代前半。春は一六〇に届かない程度だったが、縁側の上から挑戦的な口調を叩きつけた。


「あんたが来たせいでジェイだかケーだかとかいうノータリンまでやってきて、お陰で私は一日無駄に過ごすことになったわ!」


「彼のことはもうご心配なく」


 紳士は至って冷静で、青い目で見つめられた春はいささか怯んだ。


「……消した?」


「まさか。ちょっと言い聞かせただけです」


 どういう風に、製作所の面々がそれを考える沈黙を風鈴の音が埋めた。


「彼が残していった地図に従って、私達はこの本を見つけました」


 紳士はね子が掲げた本をちらりと見て、それから彼女の眼鏡の奥をまっすぐ三秒ほど覗いた。


「それは元々私のもの。あの男が勝手に持ちだしたというわけでして。まあ、私にはもう必要ない。差し上げましょう」


 やったねと芳生が言うとね子は片手で小さくガッツポーズを作って応えた。


「話は最初に戻りますが――あなたは一体何です?」


「私はあなた達を守りに来た者」


「と、言いますと?」


「……中へ入れて頂いても?」


「…………いいでしょう。芳生、チャムギの用意だ!」


 大喜は指を鳴らそうとしたが乾いた摩擦音がしただけだった。


 *  *


 「粗茶ですが」と芳生が麦茶を前に置くと、紳士はありがとうと背筋を伸ばしたまま身体を曲げた。彼のシルクハットは適当な置き場がなかったので、芳生のPCデスクの上に置かれた。イギリス風紳士が座布団の上で正座しているという状況はなんだかコミカルで、自分たちのテリトリーにいることも大いに影響して初めほどの緊張感はもうなかった。


「昨日は驚かせてしまったようで」


 四人はあの死とガラス一枚隔てた恐ろしくも美しい光景を思い起こした。


「あのとき確か、空間をつなげた、と」


「もしこの間のことがなかったら、今私がそんなことを言っても信じてはくださらなかったでしょう」


 紳士は春の方をちらりと見た。春はガムシロップを入れた麦茶をかき回したまま何も言わなかった。


「不幸中の幸いというべきか、あの”ケチな男”も現れたことで、あなた達は今超常的な何かに巻き込まれていることを信じ始めているはずだ。昨日も申し上げたとおり、これは、世界の存亡に関わること」


「盛り上がってきたぜ」と芳生が言った。


「問題はあなた方が創ろうとしているゲームなのだ」


 そこで紳士は麦茶を一口飲み、グラスの中を見つめた。味わっているというよりは次の言葉を探しているように見えた。


「あなた達はあるゲームを創ろうとしている。違いますか?」


「違いませんね」


「それを知っているのは、探偵だの情報屋だのを使って調べたからではない。私は計算に拠ってそれを知り得た。空間を繋ぐ術も緻密な計算あってのもの」


「そんな技術があるなら、それこそ世界を滅亡させる元凶たりえるのでは」


 芳生とね子はうんうんと頷いた。春は頷きはしなかったが話は聴いていた。


「もちろん」と紳士は言った。「もちろん。だからこの技術は厳重に管理されています。しかし――」


 そこでまた紳士は少し考えた。


「どこまで話していいものか、実は私もまだ迷っているのです。私がしゃべりすぎる事で全てが台無しになる可能性もある。計算すればわかると言っても万能ではありません。とくに未来のことに関しては不確定要素が多すぎて、まだ大まかな予想しかできないのです」


 彼のグラスのなかで、氷がカロンと鳴った。


「そして、その未来を予測する研究の過程で私はあなた達を見つけた」


 確かめるように一人ひとりを見つめながら言った。


「管理していると言っても人の思考に鍵をかけることは出来ません。私の計算によると、あなた方の今創ろうとしているゲームは、この世界の人々にこの技術を気づかせる鍵となる可能性が高い」


「そいつはすげえな!」


「本格的にわけわかんないんですケド」


「でもウチの作品なんて……自分で言うのもアレですが本当に他愛の無いものですよ?」


 二人を制して大喜は言った。彼は対外的な対応はわりとまともで、それが芳生が彼のことを”隊長”と呼ぶ所以であった。 


「全ての発想は他愛のないことの積み重ねです」


「つまり、私達にゲームを作るのを止めさせに来た、ということですか」


 黙っていたね子が口を開いた。それには少し残念そうな響きがあった。


「それなら望むところよ。ま、もともと私は関係ないけど」


「ところが、計算によると、もし期日までにゲームを完成させない場合、それはそれで世界は滅んでしまう」


「俺達は一体何を創ろうとしているんだ……」


 シナリオのシの字も存在しない今、それは誰にもわからないことだった。


「以上のことから私が皆様にお願いすることは、期日までに必ずゲームを完成させて頂きたいということ。しかしそれを、申し訳ないが、世に向けて発表することは避けて頂きたいという二つ」


「これはもう脅迫だぜ」


「そう聞こえたなら、それは間違いとはいえないでしょう」


 彼は芳生の言葉をあっさりと認めた。


「でも私はあなた方の味方です。昨日の男は単に知りすぎた一匹狼で対処は完了しているものの、ひょっとしてもしかしたら他にあなた方を脅かすもの者や事態が振りかかるかもしれません。でもそのために私は来た。この夏の安全は私が保証する。あなた方はただゲームを作ることに専念してくださればいい」


「夏の後の安全は? 『ありがとう君たちはもう用済みだ』なんてのはゴメンですよ」


「こちらとしてもこういう干渉は出来る限りしたくはないのだ。ゲームの内容にも一切口出しはしない。ゲームを作り終えさえすれば君たちは自由になる。敵対するような行動をとらなければ、他の人となんらかわらない生活をおくることが可能でしょう」


「つまり監視はされる?」


「世界の存亡に関わるというのはそういうことです。……とは言っても、なあに、たまにそろばんを弾いて私達に害を及ぼしたりしないか計算する程度のこと。いきなり世界のためなどと言われてピンとこないというのはわかるし、多少の張り合いは必要でしょう。もしゲームをちゃんと完成させたなら、あなた方それぞれが望む場所に時空をつなげましょう。どこであろうと。私がしてあげられるのはそれくらいでして」


 「お見送りは結構」そう言うと、彼は唸る製作者達を置いて帰った。玄関を開ける音はしたが庭を通るものは無かった。さっき彼の影を映したカーテンがふわりと風に舞って夏らしい青い空と雲が隙間から見えた。その間四人は一口分だけ減った麦茶を無言で眺めていた。


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