いつか拾った鍵
ちゃぶ台の上に散らばる様々な工具や針金から苦心の跡が見られた。しかし宝箱はやはり開いておらず、変わったところといえば箱がキレイに磨き上げられていたことくらいだった。
「やっぱりケッチーに電話して訊いてみようよ。それか鍵屋に持っていくとか」
「だめだ。なんか負けた気がする」
明らかに寝不足な様子で芳生と大喜は畳の上に仰向けになったまま覇気のない声で言葉を交わした。ね子は箱を持ち上げて見た。鍵穴の周りには細かいキズがついていたが鍵穴自体は潰れていなかった。振ると山の中では聞こえなかった微かに紙が擦れるような音がした。
「軽さ的にも音的にも中身はあまり期待できない感ヒシヒシだよね」
「それでも……宝箱は開かれなければならない、と私は思う」
「いいこと言うなあ我らがストーリー担当は」
ね子の言葉で多少気力が戻ったのか二人がもそもそと上体を起こしたとき春が飛び込んで来た。
「ちょっと試したいことがあるんですケド!」
彼女は自分でジャーン! と効果音をつけながらお守りのような袋の中から一本の鍵を取り出した。
「何だそれ、どこから持ってきた」
芳生が手を出したが、春は「触るな汚らわしい」と跳ね除けた。しかしね子が「素敵な鍵ねえ」とキラキラした目で眺めているとちょっとためらってから渡した。
鈍い黄金色の鍵は頭にトルコ石がはめ込まれていて、その周りは透かし彫りになっていた。装飾は鍵山にも及んでいてその豪華さは確かに宝石箱や宝箱に相応しく見えた。
「これ大昔、芳生に食べさせるミミズ探すためにこの辺掘ってたら見つけたんだよねー」
「由来が大いに気に食わんのだが」
「あんたたちに見せたら絶対取られるから隠しておいたんだけどどこに隠したか忘れちゃってさ。やっと見つけたよ」
「どんぐりを隠したまま忘れちゃうリスみたい」
「へーカッコいいな。真鍮かな」
春はね子の頭をはたきながら多分銅よ、と言った。
「見つけたときドブに落ちてた十円玉みたいに錆びてたもん。それにしていつも思うけどなんなの? その材質に関する拘り」
「お前だってアルミよりプラチナの方が好きだろ?」
「やはり血、か」
装飾鍵はゲームや本好きの心をくすぐり、停滞していた空気は宝箱を見つける前のものに戻った。春は二人を無視してね子から鍵を奪い返すと、「レッツオープン!」 と一気に鍵穴に差し込んだ。
「刺さった!」
この時代には大きすぎる鍵山ではこれまで刺さる鍵穴もなかったのか、彼女はそれだけで喜んだ。
「うわースゴイ! すごいしっくりくる!」
「いいから早く回せ」
「どうせ回っても開かないってパターンだよ。知ってんだ俺」
春はゆっくりと鍵を回し始めた。ね子は鍵穴に耳を近づけた。滅多になく静かな四人の中心で、カトンという音がした。
「「「「キタ―――!」」」」
春にとって鍵を手に入れたときから夢見た瞬間がついに来たのだった。嬌声は敷地の外まで響き渡った。
「芳生にミミズ食わそうとしてよかった!」
「大変不本意だが」
「本当に開いたのか?」
まだ疑う兄の声に応えて彼女は解錠したものの特権を行使した。小さく前倣えをするように平行に広げた手の指先で箱の上蓋前部をはさんで上方へそっと持ち上げる。音もなく隙間ができ、気密性の高い箱の箱に新たな空気が送り込まれると、二度目の歓喜が部屋に満ちた。次に光が差し込んで蓋の裏に貼られたビロードの赤が見えると子供たちの期待感は最高潮に達した。
完全に蓋が開いて現れたのはくしゃくしゃと丸められた変色した紙だった。
「紙……」
「緩衝材だろ」
「だって宝石はわら半紙に包んだりしないじゃん」
若干気勢をそがれたメンバーは、失望へ備えるためか、期待感を長持ちさせるためか、一つ一つゆっくり丸められた紙を取り出していった。箱の中ほどまできたとき蝋紙で包まれた一冊の本が現れた。蝋紙を透けてはぼんやりと筆で書かれた漢字が見えた。
「なんか……和風……」
「古文書か?」
大喜は覆っていた紙を丁寧に外して表の文字を読んだ。
「みやざわけんじぜんしゅうてんてんてん」
「キタ―――!」
今度は叫んだのはね子一人だった。本を受け取った彼女は裏を見て更に興奮した。
「文圃堂版第三巻ですよ!」
「ですよと言われても」
春は一気に底まで漁ったがそれ以外のものは入っておらず、ね子と対照的にテンションは明らかに下がっていた。
「プレミアものなんだ? でも三巻だけってどうなの」
「三巻が一番最初に出版されたんです。なによりこれには『銀河鉄道の夜』が収録――」
「キタ―――!」
「もうそれいいって――」
言いかけて春は芳生が庭のほう指さしているのに気付いた。彼の指す先、午前中の光を遮る白いカーテンにはシルクハットを被った影が映っていた。
「あり得ねえだろあのシルエット……」と大喜が言った。




