情報屋が嗅ぎつける
翌日、ね子が九時五分前に自転車で到着するとギターの音がした。製作所の方を見ると芳生が縁側で『新しいこの朝が~♪』と歌っていて、大喜は庭の芝生にあぐらをかいてそれを聴いていた。
「これは何をやっているんですか? リサイタル??」
「朝礼さ!」
歌い終わった芳生はボロロンと六本の弦を鳴らしながら言った。
「続いて隊長のお言葉です」
芳生はなぜか物悲しいコードと共にそう言うと、ギターをおろして庭に降り大喜と場所を交代した。少し迷ってね子も乾いた芝の上に腰を降ろした。
「えー。今日から新入りさんも加わって、朝礼が一気に華やかになりました」
大喜と芳生が拍手し、ね子は軽く頭をさげた。
「昨日はえー、変なことがあって言い忘れていましたが、我が製作所では毎朝このように朝礼をやっていまして参加は自由ですが、これはだらだらと作業を開始しないための――」
「隊長、話が長いです」
「はい。では、えーとにかく今回は製作期間も短いですので、昨日のことは気になりますが、多分少し時空が歪んでしまった程度のことです。ゲームなどではよくあることですので気にせず作業を進めましょう」
そうは言っても、昨日の今日でシナリオのおぼろげな形さえない状態なので、大喜と芳生は事前に進められる作業の傍ら、それほどビデオゲームをやったことのないね子のためにゲームの基本集中講座を開くことにした。
これまでの”挑戦”で作成した過去作品のジャンルは多岐にわたっていることや、どれもプレイ時間をそれほど要せず難易度もそこそこという理由から、題材として製作所の過去作品が使われた。
「うえーまたそれやってんの?」
午後になって様子を見にやって来た春は、画面を見るなりそう言った。暫く後ろから眺めて好き勝手言っていたが、ね子がゲームオーバーを連発すると、コントローラーを奪って見事な腕前を披露した。ね子は午前中にアクションゲームを一つクリアしていたが、それはところどころ芳生の手を借りてのことであって、春のそれはゲーム初心者そのものの彼女の操作とは全く違う次元のものだった。
「凄い。尊敬。もう何やってるのかぜんぜんわからないんですけど」
「フフフ……これはむちゃくちゃテストやらされたからね。夏休みが終わって残ったのが誰にも自慢できないこのゲームの腕前と、爪が剥がれそうな親指の痛みだけだと知ったとき、私はゲームが嫌いになったのよ」
「受験前の最後の作品ってことで俺も相当リキ入れたからねえ。今回は人も増えたしあれほどのことにはならないさ」
「お陰で今吉崎さんに尊敬してもらえたじゃん」
「このゲームかなり好評だったしな。ムダな犠牲ではなかったぞ」
「ぜんっぜん嬉しくない。私の小学生最後の夏はもう戻ってこないのよ」
いかなるフォローも彼女の凍てついた心を溶かすことはないようだった。彼女はやすやすとラスボスを撃破してコントローラーをね子に返すと、エンディングも見ずに傍にあった雑誌を読み始めた。
そんな少々冷えた空気を散らしたのは、昨日も聞いたチャイムの音だった。
そもそもそれを鳴らすのは、老人相手にアコギな商売をしようと企むセールスマンくらいなもの。この家の呼び鈴、それは招かれざる客が鳴らすものであった。
縁側から表玄関をうかがおうと芳生が椅子からそっと抜けだした。
「誰かいるか?」
「刑事コロンボをもっとケチな感じにしたようなのが」
「やっぱり外国人なのかよ」
大喜は玄関に続く廊下に出た。曇りガラスの向こうには確かに人の姿が見えた。彼はため息をついて、こういうとき人は、やれやれというんだろうなと言った。恐る恐る引き戸をあけるといつもの庭が見えたが、開けるにつれ彼の願いも虚しく夏だというのにトレンチコートを着た天然パーマの外国人の姿が現れた。
「突然お伺いして申し訳ありません」
やはりきちんとした日本語だった。男は人懐こそうな笑顔を浮かべていたが、それが子供たちの警戒心を溶かすことはなかった。
「私、情報屋をやっているジェイというものです」
「情報屋」
中学生達も廊下に並んで上から下まで彼らを見た。
「ええ、いわゆる ”ケチな野郎” でして」
どーりで、と芳生が言った。
「お引き取りください」
閉じられかけた戸を彼は右手でがっちり止めた。笑顔のままだが力強く慣れた手つきだった。
「まあまあ、ここに昨日紳士が訪ねて来たでしょう? ステッキを突いて、私と違ってピシっとアイロンのかかった服を着てるような」
「この家には来てません。とにかくケチな奴とは付き合うなというのが祖母の遺言でして」
大喜は相当力を入れているようだったが、戸はほとんど動かずに元の位置まで戻った。
「警察呼ぶか」
春が携帯電話を操作し始めるのを見ると、男は戸から手を離して敵意はないというふうに両手の平を子供たちの方に向けた。
「ケチな野郎と言ってもただで情報を得ようと言うわけじゃありません。一つ気前のいいところをお見せしましょう」
男は内ポケットに手を伸ばした。芳生はいつの間にか腰に挿していたモデルガンに手を伸ばした。「映画みたい」とね子が言うと「バカバカしいけど現実なのよね、これ」と春が言った。情報屋は彼らには構わず巻かれた古い紙のようなものを取り出すと大喜に渡した。リボンを解いて広げると、それは古い地図だった。
「それはどうも宝の地図らしいんですが、この辺りじゃないかと私は踏んでるんです。でも私は情報以外はあまり興味がありませんのでね。皆さんに差し上げます」
「日本の古地図が羊皮紙に書かれているなんて、世紀の発見かもしれませんよ」
大喜は親指と人差指で紙を擦りながら言った。
「信じる信じないはご自由です。でも嘘だとしてもアンティークとして部屋に飾れそうでしょう?」
「でも、本当に昨日この家には誰も来ませんでした」
「言ったでしょう。それは単に、ちょっとした夢を皆さんに与えるためにさし上げるものです。でも、自分たちが何に巻き込まれているのか、知りたくはありませんか?」
もし何かありましたらこちらまでご連絡ください。男は最後にそう言って大喜に名刺を渡して帰っていった。それには二七桁の数字だけが書かれていた。




