世界/ね子の日記 12
『この巨大な中華鍋、あるいはボウルのような黒い物体には影がないんです。そしてこれがえー物体の真上から映した写真です。ええ。何も写らないんです。私達が目にしている面の逆側、つまり鍋の内側を見ようとするとですね、まるでマジックミラーのように透けて見えてしまう。先程JAXAが高崎付近の衛星写真を公表しましたがそれにもやはり何も写っておりません。ええ。ええ。そうなんです。私はこれまで何度か、未確認飛行物体とか黒い物体と言いましたけれども実のところ今の段階では物体であるかどうかすら……』
未確認飛行物体の情報を求めてその日勇者製作所のテレビは点けっぱなしだった。芳生のPCやタブレットもそのためにフル回転したが、分かったのは何も分からないということだけだった。
「やっぱり元が二次元のものだからですかね!?」
「ハハハ。吉崎さんは本当に発想が豊かだナー。いくら紳士が絡んでるって言ったって、俺達はただ……ゲームを作ってただけなんだから」
「うーん。私の思い描くフィオミアの半球部分そのままなんだけどな」
「嬉しそうねあんた」
「そりゃ自分が考えたものが現実世界で形になったのだとしたら製作者冥利につきるじゃない。害があるわけでもなさそうだし」
「もしあれがフィオミアだとしたらよ? 青白く光り始めたらどうすんの?? そうでなくてもこれだけ世間を騒がせたらそれはもう害よ。むしろ悪」
「ふふ……。人間ども。正体を知りたかったらせいぜいあがいてみることだ。ふふ……ふふふ」
「吉崎の冗談って笑えないのよね。申し訳ないけど」
* *
他の三人がテレビに夢中な中一人黙々と作業を続けた大喜は夜の十時過ぎにゲームを完成させた。いくつかのバグの修正とね子からの要望を一つ追加し、エンディングのラストに庭でフィオミアを見上げる三人の写真を加えるとやることはなくなってしまった。
突貫で作ったゲームは粗い部分ばかりで、手を加えようと思えばいくらでも作業を続けることはできる。だがこのゲームはこれでいいだろうと思った。そしてこれまでの経験上、そう思ってしまった以降の作業というのは結局蛇足なのだ。
資料の端をそろえてファイルに収め、作業ウィンドウを全て閉じる。そろそろ来る頃かなと考えていると思った通り仏間につながる襖が開いた。
「お疲れ様でした」
「そう言ってもらえるってことは、条件クリアということでいいのかな」
「はい。これで世界は救われます」
今日の彼は、シルクハットもステッキも持っていなかった。芳生の椅子を勧めると足を組んで座った。手を膝の上で組むと真っ直ぐ大喜の方を見た。
「どうせ教えてもらえないだろうから詳しくは聞かないけど、フィオミアはあれでいいのかな? あれだと結局吉崎隊員の開けた穴は開きっぱなしということになるんじゃないの?」
「あれこそが世界を救う鍵。あのままで結構」
「彼女が世の中に絶望したときに、あれで世界征服を始めたりはしない?」
「あれにはそんな力はありません。ただ浮かんでいるだけです」
「ふーん?」
「じきに分かるでしょう。得体のしれない、ただ浮かんでいるだけのものがあなた達の世界にどういう影響を与えるか」
「じゃあいいけどさ……。でもやっぱりゲーム自体には大した意味はなかったわけだ」
「それ自体がいわゆる超常的な力を持っている訳ではない、だが今はまだあの空に浮かんでいるものと繋がる大いなるヒントになり得るという意味で重要な意味を持っています」
「その内公開できる日も来るってこと?」
「すぐに人々はあれを題材にした物語を紡ぎ始める。公開しても二番煎じ三番煎じと言われるような時期になれば問題はないでしょう」
「それはよかった」
多少の皮肉がこもった言葉にも紳士はまったく表情を変えなかった。
「今ゲームを公表しなくても、あれが空にある以上第二の吉崎ね子が生まれる可能性はある。それを監視するのは私の仕事。あなた達は立派に世界を救った。ネコマとこの世界を」
「ファンファーレが欲しいところだね。……ということはこれでもうあんたともサヨナラというわけだ」
「寂しいですか」
「結果としては楽しい夏になったからね。でも世界はつながっているんだろ?」
「まさにその通り、でももう一度だけお会いする必要があります。報酬をお渡しする必要があるので」
「そうか。どこにでも行きたいところ、か。どこにしようかな。何か制限とかはある?」
「もちろん多少は。しかし良識あるあなた方なら無茶は言いますまい。皆さんに明日の夜は自分の部屋で待機しているようお伝え下さい」
紳士は帰っていった。ではまた明日。そう言うと、押し入れを開けて、どこかへ。
* *
まるでテトリスのように解決されない問題がどんどん積み上がっていく中で一つ一つ対処していては埒が明かない。
その場しのぎの解決策は新たなる問題を生み、しだいにブロックが積み上がって、
あわわわわとか言ってる内にゲームオーバー……。
あなたの最初のメッセージは少し意地悪でとても効果的でした。
私達の世界に現れたフィオミアはあれをヒントに私が考えた世界を救う方法です。
今日見ただけでもあれに関する人々の憶測は
宇宙人の乗り物
異世界からの転送ゲート
神の目
などなど、留まることを知りません。
私達が一つにまとまるためには仮想敵が必要です(とても残念なことです)。
すぐにレアな飛行船くらいの、ただの見世物になってしまうのかもしれないけれどそれならそれで全然構わない。
何か訳の分からないものに見られている。その怯えはきっと私達を一時的にでも一つにする。そう信じています。
あるはずのないもの。あるべきでないもの。意味の分からないもの程怖いものはありませんから。
あれがもしあなたの仕業なら、できれば定期的に世界各地にランダムに移動させてください。
何がどうなって、あれがああなったのか全くわかりませんが、
私を見ているあなたならあれくらいのことは出来そうな気がします。
時は不可逆で、私はそれを恨みながら女王は若返らせることはしませんでした。
あのままの二人を見てみたいと思うからです。
きっとそういうこと。
敵なのか味方なのか考えてもしょうがない。
私達がゲームの主人公たちにしていることを思えば、神様とはきっとそういう存在。
私は神様ではないから、実のところ私の好きな人達が幸せならそれで構わない。
もうすぐ帰ってしまう芳生くんの為に私は
国でも
異世界でも
神でも
利用できるならしたいと思うのです。
極平凡かはわからないけど、普通の男の子なんですけどね。
世界はきっとこういう個人的な思い入れや、わがままで狂っていくんでしょう。
もし私達の再会が仕組まれたものであっても
それが神の意志というなら、それはつまり単に超ラッキーということです。
あなたが神でなくても私はそう思うことに決めたのです。




