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もし私が神なら  作者: 福竹
月光のかわりに
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君がそこにいるから

 結界の外をうめつくす魔物たちと巫女の放つ光弾が飛び交う様はまるで全ての星が流れ落ちていくようだった。春は戦いの中でついこの間見た夜空を一瞬だけ思い出した。


「春! あなたどこから来たの!?」


「や。助けに来たよ」


 結界内に入り込んだ魔物の対処が一段落したところで、ようやくそれだけナデシコと言葉を交わすことが出来た。結界内に侵入することの出来ない魔物たちからの夕立のような光弾を避け城壁の側に降りる。二人共何かを言おうとしたが乱れた呼吸で言葉にならない。肩を上下させながらただ視線をだけを暫しの間交わす。どうすることもできなかったせわしない肺の収縮が収まっても、お互い何から話したものか迷った挙句結局笑い合っただけだった。

 

「さあ行こう。休んでる暇なんて無いんだから」


「うん」


 肺の空気をもう一度全部入れ替えるように大きく深呼吸をすると軽く手を合わせてから飛び立った。

 私は今、自分の世界のために戦っているのではない。もうきっと会うこともない友達の為に戦っているのだ。再び飛び始めた春は錐揉みしながらそれを少し誇らしく思った。これは罰なのかもしれない。でも自分の意志で私は今こうしてここにいる。もう一度言葉を交わす時間ががあればいいのだけど。


「後はホープ君、君にかかっているぜーー!」


 叫びと共にかつてナデシコも驚いた春の気砲は一段と太い線を闇に描いた。

 反対方向に飛び去ったナデシコはもうどこにいるかわからなくなった。


* *


「妹君の他に一人凄いのがいるな」


 ディーとホープは城壁の上に立って戦況を眺めていた。


「初めて見るけどやっぱり巫女って凄いね! お陰で暇~」


 周りを飛び交うサラマンダー達も吐き出す炎を持て余していた。だがそうでなければならなかった。最終防衛線を任されたと言うよりは飛ぶことの出来ない彼ら二人にはせいぜい王たちの居る部屋への侵入を遅らせる程度のことしかできないのはわかりきったことで、もし城の防衛機能である結界が完全に破られるようなことになれば勝負はほぼ一瞬で決まるに違いなかった。

 彼らが巡った町並みは所々で火の手があがり、寂しいと思っていた街の灯は今や理不尽で暴力的な明るさに包まれつつある。彷徨う人々は皆それでも夜だから寝ているに違いなかった。いつまでも続くはずだった彼らの無為な営みは今日をもって終わるのだ。

 どんなことであれ終わってしまうことは寂しいな、とホープは思った。


「彼らは過去の残像のようなものです」


 思い出した女王の言葉が尚更彼をしてそう思わせた。祖母の遺した家に一人で住む気になれず養成所に入ることを決めた時や、ごみごみして好きではなかったトシデスを離れる時、いびられ続けた砦を離れる時でさえやはりそう思った。


「君はこの戦いが終わったらどうするの?」


「気が早いな」


「違う世界に呼びつけてしまった身としては、多少は申し訳なかったなと思うところもあるからね」


「俺はお前のへっぽこな召喚術に呼ばれたわけじゃない。気にするな。お前こそどうするんだ。砦に戻るのか? それとも完璧に女装に目覚めてしまったお前は女として後の人生を生きてしまうのか?」


「うるさいやい! 僕だって必死なんだから!! 少しでも役に立つならドレスだって何だって着るさ!」


「似合ってるよ」


「慰めはよせ! 僕は心底誰にも死んで欲しくないと思っている人間だからね。それが例え異世界の役立たず……」


 ホープの言葉の最後は鳴り始めた城の鐘に掻き消された。それが卵への攻撃合図だと知る者達は皆出来うる限り早く地に伏せ眼と耳を閉じた。

 やがて闇を切り裂く爆音と共に、まるで太陽が下から昇ったようにアマトは明るさに包まれた。吹き上げる風にフィオミアでさえ揺れた。

 耳鳴り以外は何も聞こえなくなっても、穴の中をこだまし続ける音の波が体を中心から痺れさせる。自分の声でさえ何重もの膜の向こうの他人が叫んでいるみたいで、誰にも届かないと分かっていながらそれでも叫ばずにはいられなかった。

 僕たちは明るすぎる光の中でも何も見えない。叫びながらホープはそのことがなぜだかとても悲しかった。


* *


『なんだあれは!?』


「はいーその子の名前は異世界への穴あけ虫君(仮)でーす」


 卵への攻撃からラスボスの登場までを描いた大喜の力作CG。被せられた台詞にね子は独り言を呟いた。

 彼らは一体何と戦うのか。ね子が一番悩んだのはそれだった。しかし彼女が敵について考えた設定はゲームの中には殆ど盛り込むことは出来なかった。卵の中にいたラスボスの名前はおろか、それがディニクティスがいつか元の世界に戻るために遺した負の遺産であったことも、魔物たちがそれを守る者達であったことも主人公たちは知ることはない。ディニクティスを登場させて語らせることも製作所の皆で考えはしたものの結局その案は破棄された。


「自分たちの世界を守るためになんだかよく分からないものと戦う。それでいいじゃない。時間ないんだしさ。世の中そんなもんよ」


 とにかく卵をぶっ潰してハッピーエンドにしたい春の意見は、ね子を妙に納得させた。そうか。そんなものだよなと。街を踏み散らしながら近づく十二本足の怪物はただ自分の命を脅かすものに対して怯えているだけの、主人公たちと達と何も変わらない存在だ。そんなことを知ったところで主人公たちがやることは何一つ変わらないのだ。やり切れないとか、やるせないとか、そんなモヤモヤした気持ちを抱かせるだけの事実なんて知らなくていい。そう思った。


「さあ来いホープ君! 呼び出せ黒き巨人!」


 これまでの戦いの主役だった巫女達も側面からの攻撃で僅かばかりその歩みを鈍らせることしか出来ない。唯一対抗可能な黒い巨人の召喚確率はドレス装着で召喚確率四分の一。しかも一回の召喚に三ターンかかる。

 穴あけ虫君、あなたは強い。でもあなたが城まで到達できない未来に達するまで私は何度でもトライし続けるでしょう。


「ゴメンネ。私はあなたの神でもあるけど、主人公たちと自分の世界の味方なのです」


* *


「これまでで最大の穴が開きました」


「……今何時?」


「午前二時十四分」


「超眠いんですけど」


「恐らくこれが最後。今あちらの世界では最後の敵が出現しました」


「現実っていうのは初見クリアしないといけないから辛いね。で、今回は何をしろって?」


「黒き巨人となって……」


「ちょっと待って欲しい。まさかあれと戦えっていうんじゃないよね?」


「そこまで分かっているならもう何もいうことはありますまい」


「ムリムリムリムリ!! できるわけないでしょ!? だってあの、大島よりでかそうな奴でしょ? ザトウムシとフナムシとカバを合体させたような」


「あなたがデザインしたんでしょうに」


「戦うと分かってたらもっとファンシーなのにしたよ! 巨人の方だって素手だよ素手!」


「それも、あなたが時間がないから真っ黒に塗りつぶしただけでしょう?」


「死ぬよ!!」


「これまでも失敗すれば死んでいましたが」


「僕のドラえもん冷酷過ぎるんですけど……」


「前にも言った通り世界はつながっているのです。あなたがやらない限りこのままだと王たちは皆死に、この世界にも少なからず影響があるでしょう」


「それを言えば断れないと思ってるところがムカつくアルよ……」


「健闘をお祈りする」


「一つ聞いておきたいんだけど」


「何でしょう」


「おじさん、吉崎さんに変なメッセージ送った?」


「いいえ。しかし彼女の安全は完全に保たれています。ご心配なく」


「うーん。信じざるを得ないってところが慙愧に絶えないというかなんというか……。あれ俺の安全は?」


「時間がありません」


「はいはい」


* *


「キターーー! あーでも制御不能状態か……」


 ホープが呼び出すものは確率により制御不能状態で召喚されることがあった。基本的には側に居るものを無差別に攻撃ようになるため、急いで巫女たちを巨大な者達から遠ざけた。


「ホープ君のキャラに忠実な展開だなあ」


 異世界への扉の門番。苦労して呼び出した真っ黒い人型の何かは、本当はそういう設定にするつもりだった。穴あけ虫君の天敵、異なる世界を隔てる者。


『あなた方の今創ろうとしているゲームは、この世界の人々にこの技術を気づかせる鍵となる可能性が高い』


 異世界絡みの設定ばかりになってしまったのは紳士のその言葉を聞いたからなのか、彼が現れなくてもそうなる運命だったのかはわからない。でも結果としてこのゲームはその鍵とは何なのかを妄想した出力先になってしまった。鍵のメタファーである黒い巨人は勝手に異世界への穴を開けてしまう生物を許しはしない。


「制御不能なら尚更そうでしょう?」


 その声に答えるように、画面の向こうの巨人はゆっくりと十二本足に近づいていった。虚ろな人々の家を一度で何軒もをその大きな足で踏み潰しながら。


* *


 その頃大喜は自室でエンディングを編集していた。

 スタッフが四名しかいないのに、芳生に自由につくらせたエンディング用の曲は思いの外大作で、スタッフロールの間を埋める演出を考えねばならなかった。

 カットせざるを得なかった場面や描かれなかった日常、そして主人公たちが生きていく新しい世界をね子の書いた原稿のなかから拾い出し短いムービーをいくつも作る。自分が好きだった数々のゲームを参考にしながらデフォルメされた主人公たちを細かく動かしていく。それはとても楽しくて、触りだけにとどめておこうと始めた作業を止められなくなっていた。

 一番最後に持ってくる絵をどうするか、それが問題だった。

 あいつらの意見も聞いてみるかと大喜は思った。この作業だけはいつも一人自室で行ってきたけれど、今回はあいつらにもこの幸福を少し味あわせてやろうか。そう思った。


* *


 フィオミアを揺るがす戦いが始まるのかと思いきや、おもむろに説得を始めた巨人の声に春は危うく魔物と衝突仕掛けた。


「戦いたくないんだ。ただ本能に従って穴を開けていただけなんだろ? お前の創造主がそう言ってたぜー……って、言葉が通じればなあ。やっぱり触らないとダメか……」


 未だ卵への攻撃の余波が吹き荒れる中をこだまする声は春以外の全ての巫女の戦いも止めた。だが聴覚を有するかも怪しい相手は、依然として前の四本の足を高く持ち上げた明らかな威嚇の姿勢のまま飛びかかる機会を伺っていた。


「出来ればお前を殺したくない。血がドバーとか嫌だし……。だから申し訳ないが、まだ多分修正前のバグ技でお前には退場してもらう」


 これってやっぱり芳生よね? バグとか言ってるし。バカっぽいし。聞き慣れた声だけではない。襲いかかる魔物たちを小蝿のように払う仕草が、ヘタレ具合がそれを芳生だと示していた。


「うおおおおおおおおりゃ!」


 威勢のいい掛け声とともにフィオミアの淵目掛けて全速力で駆けるのを見て、春は芳生が何をやろうとしているのか分かった。言っとくけどそれ、私が見つけたバグだから。


「ねえでもそれって――!」


* *


「あら? ……バグだなこれ」


 敵前逃亡するように移動し始めた巨人とそれを追った穴あけ虫はマップの端まで行くと突然消えてしまい、勝利後のイベントが始まってしまった。


「ま、いいか! 私召喚しただけだけど」


 二匹ともフィオミアから落ちて残念なことになってしまったのだろう。いささかあっけない幕切れだったが勝ちは勝ち。求めるものは平和であり過程や方法などどうでもよかろうなのだ。


『あれは! 天国の門!』


『君が通ってこの世界に来たっていうやつかい?』


『しかしなんていう大きさだ』


 あとはクリックしていれば、エンディングはまだできていないけれど、ネコマ王国はついに真の平和に到達するのだ。私は今一つの世界を救った。戦いの終わりと平和の始まりを告げる音楽をバックに自分の書いた文章が流れていくのを、ね子は幸せな気持ちで眺めた。


* *


 フィオミアはもう落降下することをやめており、卵への攻撃が成功したのならあとは巫女達援軍を待って残党を駆逐するのみのはずだった。しかしディーとホープがフィオミアの操縦室に入った時、王と女王は二人共軽く握った拳を口に当てまだ何か思案している風だった。


「攻撃……失敗したんですか?」


「いや、卵自体はもう跡形も無い。だがその跡に何か得体の知れないものが見えるのだ」


「どれです?」


「あれだ」


 足元に広がる景色の中の王が指さした先を女王が手元の石版を操作して拡大する。最初にその技術を見せられたときはそれ自体に驚いた二人も、今度は映しだされた絵に釘付けになった。魔物が飛び交う下、広がっていたのは黄金色のうねりだった。


「あれが何か分かるか? 先程上からバカでかいやつらが二体絡まりながら落ちて――」


「あ! それの黒い方僕が召喚したんすよ~」


「あの場所に飲み込まれて一瞬にして消えた。不吉なものである気がしてならんのだ」


「天国の門……に似ている。でも俺が見たものより随分と大きい」


「君がこの世界に来る時に通ってきたっていうやつ?」


「ああ。くぐったものが行きたい場所につながっていると俺の世界では言われている」


 行きたい場所、と聞いてその場にいた者は皆一瞬の間心のなかに思い思いの場所を描いた。


「そいつは一儲けできそうだね」


「ひょっとしたらディニクティスが遺したものなのかもしれませんね。この世界に来るためか、あるいは元の世界に戻るために。今となっては知る由もないですが……」


「その噂だけでも新たな争いの種になりかねん。この際塞いでしまおう。このフィオミアの大きさなら恐らく可能だ。よろしいですか女王」


「はい。元よりフィオミアはこの穴に沈めるつもり。でも」


 女王はディーを見た。


「その前にあなたは元の世界にお帰りになるべきです」


 彼は首を振った。


「行きたい場所につながっているのなら、多分今潜っても元の世界には戻れないでしょう」


「まさか……、僕がここにいるから?」


「しね」


 それから五時間後、フィオミアは伝説の時代以来初めて地上に降りた。


* *


 卵なき今、減ることはあっても増えることはない魔物たちの放つ光は撃ち落されて流れ続け、いつしかアマトは本来あるべき暗闇に戻っていった。見上げる先星のように光る一点をナデシコは見つめた。そこはまだアマトと呼ばれる場所のただの発光する壁に過ぎなかったけれど、少なくとも帰る道だった。


「春――」


 彼女の気配はもう消えていた。戦いの中で傷つくことなど想像できない。この世界の何事にも縛られないあの奔放さ。きっと兄を前にしても何の物怖じもなく言いたいことを言ったろう。帰るべきところに帰ったのだ。きっと神の国へ。

 私も帰ろう。逃げこむ先として夢見た国でなく真に願った平和なネコマへ。


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