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もし私が神なら  作者: 福竹
月光のかわりに
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処暑

 脳天にずんと音が響くほど大きな何かが当たり、髪の間をじわりと広がった。ね子は始め鳥にやられたかと思ったがそれは天気雨の大きな粒だった。ちょうど通りかかった神社の桜の下で気まぐれな雨の終わりを待つことにして自転車を引いたまま境内に入る。自転車から降りた途端額や鼻の頭に汗が滲んだ。

 雫が葉を伝って落ちてくるより前にばらばらとあちこちを打つ音は静まっていった。ね子はそれでもしばらく電柱やアスファルトについた黒い染みがどんどん薄くなって殆ど消えてしまうまで桜の葉と鳥居で区切られた風景をみていた。ああもう夏も終わりだなという言葉が自然に浮かんだ。三毛猫が境内を足早に横切っていった。そしてまた思う。夏は終わりぬ。

 自転車のスタンドを立てて境内を奥に進み、手水舎で手と、少し考えて顔も洗いハンカチで丁寧に拭く。石段を登って拝殿の前まで来ると小銭入れから五円を取り出して賽銭箱に投げた。雨宿り賃というつもりでもなかったが、ありがとうございましたと二礼二拍手一礼して併せて世界平和を祈る。

 振り返って見た鳥居の先はさっき見た時よりもずっと遠い別世界に見えた。


「どうかしましたか」


「ひいいいい!」


 振り返らずとも分かる紳士の声だった。それでも振り返らない訳にはいかない。目が合うと彼はステッキを脇に挟みシルクハットを少し持ち上げて挨拶した。相変わらず蝉の大合唱の中では似合わない服を着ている。


「でた!」


「でました」


「何か御用でしょうか。あ、お久しぶりです」


「お久しぶりです。今、良からぬことを考えましたな」


「良からぬこと……? まさか世界平和」


「その後に、正反対のことを願いませんでしたか。例えばこのまま世界が終わってしまえば、とか」


「いいええ」


「休みが終わる前の学生というのは不安定になるもの。どういう理由でそれを思ったかは詮索しませんが……」


「はあ」


 分かっているから聞く必要が無いだけでは、という言葉は敢えて飲み込んだ。


「あなたにお見せしたいものがある」


 紳士は絵馬やお守りを売っている小屋の横まで行くと手招きをした。小屋に人影はなかった。閉じられたガラス戸に張られた紙によると販売が行われるのは週の半分、さらに時間も限定されているようでね子は今が販売時間外であることを確認してから恐る恐る近づいた。

 予想通り、しかしおもむろに紳士は小屋の出入口の扉を開けた。鍵がかかっていないはずは無いのだが何とかした様子もなくあっさり扉は開いた。

 扉の向こうの暗闇には石の階段がぼんやりと浮かび上がっていた。


* *


「あなたはもう一人ではない」


 言葉は女王の身体の表面を伝い内側を駆け巡った。待ち人来たれリ。彼に分かったように彼女にもそれが分かった。自分を覆っていた封印が国の滅亡無しに解けることはなかったことも。

 結界なしに触れる空気は彼女にとって冷たく、それを心地良いと感じることを自分自身悲しいと思った。だが、それでも同じ世界にいながら別世界に生きていた時代は終わった。そう思った時、力が漲るような爆発的な歓喜でなく、身体と心から無駄な力が抜けていく安堵のようなものを女王は感じた。


「この場所から出ませんか。ここは死に場所としても寂しすぎる」


 女王はもう一度街の灯りを見た。さっきよりも増えた灯りは光の輪を繋げ城を取り囲み始めていた。かつて存在した温もりの残滓。棺桶を囲むろうそく。そう思っていたもの。


「私はもう一人ではない」 


 肩越しに繋いだ手から伝わる他人の体温を言葉にすると、それは彼の発した言葉と同じになった。


「さなぎの時代が長すぎてもう飛ぶことは出来ないけれど……」


「俺だって飛べやしません」


「……わかりました。でもその前に女王の最後の務めとしてこの城を元あった場所に戻しましょう。国の最後を見届けて、それでもし、神がお許しになるなら地に足を着けて生きてみたいと思います」


* *


「あれは!」


 階段を照らしている明かり取りから覗いた世界を見てすぐに、ね子にはそれがどこか分かった。


「あまり大きな声をお出しになるな。あなたが一番ご存知の通り重要な場面なのですから」


「やっぱり!」


「ここは……あなた達が創った二次元のゲームを、えー、あなたのイメージに従って三次元に変換したもの。私の技術ではそういうこともできるのです」


 まさかとは思ったがそれ以外あり得なかった。


「すごい! 全アニメファンが悶絶して喜ぶ技術ですね」


 ゲームではこの間の事もあって恥ずかしかったのと、作業の都合という現実的な理由もあり、差し伸べた手に触れるという描写はカットしてしまったが、目の前の二人は昼と夜の交じり合う魔法の時間の中しっかりと手をつないでいた。


「さあ、戻りましょう。あまり長居はできません」


 もう少し見ていたかったが、紳士が振り返りもせず階段を降りていくので仕方なく従った。最後に見た二人は色とりどりの花のアーチをくぐってゆっくりと城へ引き返し始めていた。

 人気のない境内に戻ると、押しのけられそうなほど湿気を含んだ空気が身体を包んだ。手で日差しを遮るとまるで映画館を出た時のような気分になった。ほんの短い時間だったけれど、素晴らしいものを見た感動は世界をさっきまでとは違って見せた。引っ込んでいた汗がじわりと浮かび上がるのを感じながら、風に揺れる葉の一枚一枚を新鮮な気持ちで見た。


「もーちょっと見たかったなー」


「あなた達はまだあの少し先辺りまでしか作り終えてないですから」


「そ、そか」 


「他の者達にはご内密に。ちょっとしたサービスです。やる気を出してもらうための。続きが見たければきちんと世界を救うことです。この世界と彼らの世界を」


「ガンバります……」


「わかればよろしい」


「あの!」


 思わず叫んだ。再びシルクハットを持ち上げて踵を返しかけていた紳士はそのまま止まった。


「なんでしょうか?」


「頑張るのとはまたちょっと別の話なんですが……。私にメッセージを送りましたか?」


「いいえ」


「でもあなたならそんなこととっくに知っていますよね? 誰が送り主かも」


 向き直った紳士は両手で突いたステッキの先をまっすぐ見つめてしばらく考えていた。木漏れ日が彼の上で揺れていた。沈黙の時間の長さが知っていることを物語っていた。


「それも、世界を救ってご自分で確かめなさい」


「味方ですよね?」


「敵かも」


 そう言い残すと今度こそ紳士は背を向けて真っ直ぐ歩いて行った。

 敵。その言葉が重くのしかかった。


 いつもよりゆっくり自転車を漕いで製作所に着くともうとっくに朝礼は終わっていて、いつもどおりの風景の中でなぜか春と芳生が頭に猫耳をつけて作業していた。二人はね子を見ても挨拶をしただけで特に説明はしなかった。


「やあ、今日はめずらしく遅いね」


 大喜はいつもより上機嫌で遅刻者を迎えた。


「ええ、ちょっと途中で雨が降って」


「そういえばさっきこの辺も一瞬降ったな」


 何か説明があるかと思ったがやはり無いので、ね子はいつもどおりちゃぶ台の上のノートPCを広げた。


「突っ込んでもいいんだよ」


 予想通り春が耐えかねて画面を叩きながら言った。


「可愛いと思うよ」


「気休めはよせ!」


「フフ。そいつらは昨日この俺との闇のゲームに敗れたのよ!」


「ま、そういうこと。というわけで、これ」


 猫耳だった。 


「私、戦った覚えが……」


「その女は吉崎さんの魂も賭けやがったのよ!」


「メンゴ。ここにいる時だけでいいからさ。今日と明日」


「二日も!?」


「吉崎隊員もそれ付けて世界のために今日も一日頑張ってくれ」


 世界のため、勝手に人を賭けの対象にする人達のため、自分への戒めとしてね子は大人しくそれを着けた。


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