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もし私が神なら  作者: 福竹
月光のかわりに
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夜が明けるまで

 天体観測と言っても特別な用意をする必要は無かった。夜中には家の周りに防犯灯以外の明かりのない小此木家では、家の前に広がっている田んぼのあぜ道を三分ほど進めば何も邪魔するもののない観測ポイントに到達できるのだった。

 流星群の見頃が夜中の三時からということでね子は夕方に製作所に来て延々と台詞を打ち込んだ後、春の部屋で少し寝ることになった。


「ねえ。吉崎ってどういう人がタイプなの? あんたそこら辺まったく謎なのよね」


 眠る前二人はそんな話をした。クラスが一緒になってから話したことといえば猫に関することばかりでそれも極たまにといった程度であったし、夏休みに入ってからはゲームに関することか芳生や大喜も含めた雑談ばかりであったから、そういう話題は殆ど初めてのことだった。


「私からするとオコの方が謎だけど。そうねえ……やっぱ源叔父かな」


「おじ!」


「お話しの中の人だけど、とても優しい人よ」


「おじってことは、結構歳いってる人なわけだ。老け専?」


「いやそういうことではなく」


「仕事何やってる人」


「仕事? 変なところこだわるね」


「大事なとこよ。何をしてるかで人となりがけっこうわかるんだから」


「仕事は渡し」


「ワタシ……? もう君しか見えない、みたいな?」


「それで儲かるならいいわねえ。川の対岸まで人を船で送る仕事よ」


「それも儲からないね?」


「今の時代なかなか難しいでしょうね。憧れの職業なんだけど」


「ま、のんびりしてそうでいいじゃない。源さん」


「最後自殺しちゃうんだけどね」


「うわあ。意外と暗い人」


「奥さんが死んじゃってね……」


「吉崎も自分が死んだら生きていけないような人がいいわけ?」


「うーん……。そういうことになるのだろうか」


「ロマンだけじゃ生きていけないんだから程々にしときなさいよ」


「気を付ける」


 夏休みが終わって突然仲が良くなった二人を見たらきっとクラスの人達は驚くだろうな、とね子は思った。属性的に交わりそうも無かった二人が一体どういう化学変化を起こしたのか不思議に思うに違いなかった。

 それとも一夏の夢だったように私達はクラスではこれまで通り過ごすのだろうか。春が電気を消すと、思い描く未来は様々に形を変えて意識とともに闇の中に消えていった。


* *


 もう子供ではない三人が集まって身一つで遊ぼうと言っても長時間続くものではない。三人はまず街中をもう一度手分けして遊びに使えそうな物を集めた。何に使えるかわからないものでも見るものの興味を引くかもしれないので荷車に載せた。二時間ほどで城の正面を見上げる公園の一角にガラクタの山が出来た。


「さてまず何をするか」


「純粋な心を失った大人がくだらないことで楽しむとしたら、やはりなんといっても何かを賭けることです」


「なるほど」


「でも俺達はおろか王様だって今は何も賭けるものなんてないだろ」


「何も金や物である必要はないのです。負けたものが歌を歌うとか、街を一周走ってくるとか……。勝ったものが命令できる形が盛り上がります」


「ははあ。お前この機を利用して王様に命令しようって魂胆だな」


「下克上か」


「別に王の座を渡せなんて言いませんよ。そんなの逆に僕にとっては罰ゲームじゃないですか」


「……それも悪くないな。余はどうも無愛想らしくてな。そちのような中性的で表情豊かな者の方が国民の人気も得られるかもしれぬ」


「信頼を得られるかは別だろう」


「それはこれからの働きにかかっている。もしアマトをどうにかすることが出来ればそちたちは救国の英雄。意外となんとかなるやもしれんぞ」


「そんな重いものを賭けたら楽しくないんですってば! 若干屈辱を感じるくらいのものがいいのです」


「ふむ……。出来れば見てる方も楽しめるものがよいな」


「屈辱を感じさせつつ、見るものも楽しませるとなると……一番簡単なものだと負けたものが一枚ずつ服を脱いでいくとかでしょうかねえ」


「男の裸を見て何が面白い」


「だって見物人は女性の可能性だってあるわけでしょう?」


「そうだな。それに遠目に見たらホープは女に見えるだろうし最後にがっかりというオチを楽しんで貰えるかもしれぬ」


「フフフ……。残念ながらそうはなりませんな! 今日は王を裸の王様にしてさしあげましょうぞ。ついでに勇者もな!」


 ホープの提案は受け入れられ、彼らは広場の大きな石畳を利用してすごろくをやり、蹴鞠をやり、カードゲームをやり……、一枚ずつ相手の衣服を剥いでいった。相手を欺くのが下手なディーが昼前にパンツ一枚になると、ずっと着っぱなしで臭う服をもう一度着る気になれず結局三人共下着姿のまま、わざわざ広場まで大桶を転がしてきてそれを洗った。服が乾くのを待つ間に身に纏うものを探しに行く者を決める勝負には王が負け、三人の腹を満たすものを見つけてくるはめになったのはホープだった。

 日が暮れると大きな火を焚いてその周りで踊り、踊り疲れると星を見ながら語り合った。抗えない力で目が閉じてしまうまで、それぞれの故郷のこと、笑わずにはいられない話、明日は何をして遊ぼうか、そんなことを。

 二日目も見かけ上は何の目的もなく、ディーが剣術の指南をし、ホープが二人の髪を切り、王がマノーンで大きなハンデを持たせた挑戦者を迎え撃った。その間何人もの人々が相変わらず奇妙な静けさを漂わせながらただ彼らの側を通り過ぎていった。

 夕暮れには依然何の気配も感じられない城に向けて、昨日より更に大きく組んだ木に火を灯した。その火に引き寄せられた最初の者が現れたのは、闇がすっかり彼らを被ってしばらく、昼にホープがどこかの地下室で見つけた恐ろしく古い葡萄酒の二本目を開けた時だった。

 その時三人共が沈黙の中で音をたてて燃える火を見ていた。大声で騒ぎ、笑った後にぽっかりと訪れた沈黙。友達を探して空き家に向かって叫び続ける作業は彼らを彼らが思う以上に疲弊させていた。


「お兄様……?」


 待ち望んだ自分達以外の声。それは城の方向を向いて座っていた彼らの後ろから聞こえた。


「まあ、一ヶ月で随分野性的になられて」


「ナデシコ」


 王がその名を最後に呼んだのは十年以上前のことだった。


「マジで!?」


 呆気に取られる王の横でホープの方がはしゃいだ。ディーは耳打ちでホープから王の妹であることを教わった。


「妹って……だってあれ……」


「僕も初めて見るけど王様にあんまり似てないね」


「どこから来た?」


「王女は巫女なんだ。空を飛ぶのなんて朝飯前。おまけにメチャメチャ強いって話さ」


「空を!?」


 ディーは王と同じく口を開けたままその人を眺めた。


「コラット様のお言いつけで、行方しれずの王をお迎えにあがりました」


「そんなこと許されるはずが……」


「はい。それについては兄様に倣って……えーと……」


「コラットめ……。いや、しかし大儀であった」


 嬉しく思うぞ。そこまで言ってからようやく兄は妹を両腕で包んだ。雲が月を隠すような静かで優しい抱擁だった。ホープがいい話ですねえと袖で涙を拭きながら言った。


「一体ここで何をしておられるのです? なんだかお酒の匂いがするのですが」


「無論遊んでいるわけではない」


 酒のことを言われて王はナデシコから離れた。


「王様は姫様のためにここをアマトに落とすつもりなんですよ」


「国民のためだ」


「妹と、ひいては国そのものを守るため訳あってこうして一人で動いている。確かにそうおっしゃいました。ね?」


 水を向けられたディーも頷いたので、王は諦めたように首を振った。それから照れ隠しのように始まったここまでの旅の話はホープによる寸劇や外の世界を王以上に知らないナデシコの質問を随所に挟みながら夜明けまで続いた。


「では私がひとっ飛びして空まで結界が及んでいるか確認して参りましょう」


「いや、多分それには及ばない」


 ディーの視線の先、薄明かりの中うろつき始めた人々の中、一対の目が疑いようなく彼らを見つめていた。


* *


 空を滑り落ちる星の数が減って東の空が白み始めると「そろそろ帰るぞ」と大喜が言った。頭を深く垂れた稲穂の中のあぜ道をそれぞれの懐中電灯で照らしながら一列に歩いていると春が振り返って後ろのね子に聞いた。


「願い事何かした?」


「世界平和」


「あんた見かけによらず欲張りねえ」


「では春さんの願いを参考までにお聞きしたい」


「秘密に決まってるでしょ。願い事は人に教えちゃダメなんだよ」


「じゃあ何で聞いた!」


 人の世に争いは絶えませんなあ、と大喜が言った。やっぱ二次元しか、と芳生は言った。細い道を踏み外さないように気をつけながら、数えた流星の数を競いながら帰った。


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