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もし私が神なら  作者: 福竹
遠い昔から始まった話
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夏の虫

「ホープのためになる講義で、結局よくわからんということが分かったわけだが」


 召使いが出て行った後の沈黙を始めに破ったのはいつもと変わらないディーの声だった。


「うむ」


「うむ、って! なんすか王様まで!」


 いきり立つホープを王は片手を掲げて制した。


「いや、よく調べてくれたぞ。素晴らしい着眼点。そちを連れてきたのは正解だったと心から思っている」


「えへへ」


「お世辞を行ってる場合じゃないだろ。このままちんたらしてるとネコマとやらも消し飛ぶぞ」


 ディーは収めた剣を机に立てかけると自分もそのまま机に腰掛けた。二人に見つめられた王は足を組み替えると顔の前で手を合わせたまま、何かを考えるときの目で積み上げられた日記や床の模様へと次々視線を走らせた。その視線は最終的に何もない目前の中空で止まりまぶたを閉じたことで途切れた。


「ホープのやり方を参考に思いついたことがある」


 目を開いた王はまだ何かを考えているのか二人の方を見ずに言った。


「どうする?」


「遊ぶ」


「どうした!?」


「なんだか心外です」


「恐らくこのままでは我らだけで結界を抜けることは出来ぬだろう。だから視点を変えて考えてみたのだ。大した意味はないと分かっていても島を吹き飛ばさずにいられない状況とはどういうものか」


「敵討ち」


「かもしれぬ」


「……他にやることがない、とか?」


「かもしれぬ。理由がどうであれ結局のところ満たされていない、それに尽きるのではないだろうか。打つ手もなく前向きなことを思いつけず、やけを止める者もいない。そんな状況なのではないか」


「うーん。まあ、そう言われればそうかもしれんが……」


「そんな心が暗くてどうしようもない時、居て欲しいのは冗談を言ってくれる仲間よ」


 目を合わされた二人はそれについては何も言わなかった。


「だから城から見える場所で三人で目一杯遊ぼうと思うのだ。できるだけ楽しそうに、心あるものなら興味を持つように」


「おびき寄せるわけですね。それでのこのこ出てきたところをグサッと……」


「やだよ俺もう人刺すの」


「無論これは漠然とした情報を元にした想像にすぎない。だが時間は非情だ。深刻な顔をしていたところでただ手遅れになるばかり。この際子供騙しだろうがなんだろうが試してみようではないか」


「押してもダメならなんとやら作戦だな。……飛んで火にいるなんとやら作戦か?」


「ついに僕の本領が発揮される時が来たようですね」


「余はあまり遊ぶのが得意でないからな。期待しているぞ」


* *


「ちょっとその不快な高周波止めてくれる?」


 制作過程も終盤に向かいつつある今、一日中『はなす』や『しらべる』を繰り返している春のイライラは、理不尽とも思える言動で発散されるのが常となっていた。だがそれは他の人間にとっても彼女をからかうことでのストレスの解消機会でもあった。


「それはひょっとしてまさかこの天使の歌声の事を言っているのか?」


「天使だかなんだか知らないけど、とにかくそのサイバーな早回しみたいな音楽よ。どこまでチェックしたか忘れちゃうんだけど!」


「それはチェック表をつくらないお前が悪い」


「春さんこれはボーカロイドとかいうやつよ」


「誰が春さんか! 知ってるわ!!」


 これまでならただ険悪になっていた芳生と春の言い合いもね子というワンクッションが入ることで他愛のない雑談になり、大喜が仲裁をする必要も大幅に減っていた。


「わたしそれ好きになれないんだけど。何が良いわけ? 機械ぽくてキモくない?」


「春はバカだな」


「なんだと?」


「いらんのだよ人間っぽさなど……天使なのだから。どんなクソみたいな歌詞でも不満一つ言わず言われたとおりに歌う誰のものでもないアイドル。それは人間には無理なのだ」


「キモー! ここ最近で一番キモいー。聞いた? 吉崎」


「聞いた」


「タニシ! ゾウガメ! ミカヅキモ!」


「ひょっとして罵倒された?」


「そう思っていただけたら幸いです」


「そもそもなんであんたBGM流しながら曲創ってんの? バカだから?」


「強いて言えば……パクるため」


「天使に対する冒涜じゃない?」


「救いの求め方にも色々あるということね」


* *


 王失踪の噂は軟禁中のナデシコにも届いていた。噂は予期された日々高まっていく神殿の雰囲気よりどうしようもなく心を乱した。それでも兄が国のため動いていること、ましてや国王であることを放棄するはずのないことについて彼女の信頼が揺らぐことは無かった。


「常に国民にとってのアイドルたれ」


 それは巫女としてアマトに赴く少し前、庭の薔薇園を散歩している時に、初めて王族として兄に言われた言葉であった。


「それがお前の役割であり、お前にしか出来ぬこと」


 五歳になって間もないナデシコは始めアイドルという単語に喜んだ。しかしすぐ兄の目を見てそれが喜ぶべきことではないことを朧気に理解した。何も言わずただ頷くと、顔があまりに神妙だったのか笑って頭を撫でて貰えた。だから彼女は与えられた使命をに忠実に生きようと思った。

 その後にやって来た日々は彼女の直感が正しかったことを証明し、「でもやっぱり私は、もう私なんかいらない、みんながそう言ってくれるそんな世界に恋い焦がれてしまいます」波のように繰り返し訪れる思いは何度も言葉として溢れた。

 そんな夢の国などない。地の底でそれを思い知った彼女は、その時初めて兄をきちんと理解できたと思った。アマトがなくなって自分が必要で無くなったとしても王のままである兄を。


「大儀であった」


 報告にそう答えた王である彼は、自分が受け入れた事を幼い妹にも強要しなければならなかったときと同じように胸を痛めていた。ナデシコはそれが分かったからただじっと待っていた。障子越しの月明かりの中、せめて誰かが彼の側に居るようにいつか教わったおまじないを唱えながら。


「ナデシコ様」


 天井板の向こうからオトメの声がした。何か、恐らくあまり良くない知らせが来たとナデシコは直感した。


「コラット様より連絡がありました」


 返事の代わりに衣擦れの音を一つ立てるとオトメは挨拶もなしに切り出した。小さくて切実な声だった。


「兄に何かありましたか」


「かねてより噂の空飛ぶ城が王都方面に向かって進行しています。コラット様によると王がそこに居られる可能性大とのこと」


「どうしてそんな事態に」


「状況は一切不明。コラット様は王代理としてナデシコ様に城への潜入と調査をご命令です。もちろんこれは極秘の任務。いかがなされますか」


 答える前にナデシコは部屋を飛び出していた。王の命令は絶対である。そう強く信じて空を駆ける彼女に追いつけるものなど誰もいなかった。


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