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もし私が神なら  作者: 福竹
遠い昔から始まった話
29/42

ただいまを待つ子ら

「マノーン大会?」


「ええ。得意の速攻で見事優勝なさいまして」


「あの坊主本当にただ遊びに行ったのではないだろうな……。お前黙って見ていただけか!」


「いえ。私も出場しました」


「キムリーーーーック!! 他の者には頼めぬ任務ゆえにお前に任せたのだぞ!」


「はあ。おかげ様で三回戦で負けてしまいました」


「馬鹿だものなお前は。儂の息子のくせに……馬鹿だものな……」


「参加者の方が側でお守り出来ると思ったのですが、トシデスほどの都市ともなると一般の者のレベルも高く……」


「クソどうでもいい詳細は省け!」


「父上……少々お言葉が過ぎます」


「全く過ぎてはいない。で、その後王は?」


「空飛ぶ城を追いかけて飛んでいきました」


「お前が何を言っているのか全然わからん」


「詳細を述べても?」


「要点をまとめてな!」


「二人のお供の会話によるとどうやら王はあの城をアマトに落とすおつもりのようでして。優勝賞品として気球を得た王は、空飛ぶ城が上を通過する山間の集落近くから飛び立ちました。他の冒険者達も城への上陸を試みましたが、唯一王の乗った気球だけが城の高さまで到達。しかし風に流されたのか上陸する事は能わずそのまま城と共に海の彼方へ消えました」


「海の、彼方?」


「ええ。見えなくなるまで見てましたから確かです」


「見てただけか」


「召喚士の方はともかく勇者の方は恐ろしく勘が良くて。最後まで見つかること無く尾行をやり遂げた息子を父上は誇りに思うべきです」


「死罪」


「ええ? 何の罪ですか」


「王を見殺しにした罪よ」


「そうと決まったわけでは」


「もう一ヶ月だぞ! これまでなんとか取繕って来たがもう王の不在は周知の事実。中には儂の謀反を疑うものまでいる。このままではどちらにしろ我が一族は死罪。それどころか国が内側から崩壊しかねない事態になりかけているのだ」


「正直に公表なされたらよいでしょう」


「最近は誰も信心が薄れている。天使が降臨したなどと言っても余計面倒なことになりかねん」


「一つ希望の知らせがあります」


「言ってみろ」


「水平線に姿を消した城がここ数日再び目撃されています。目撃された地点を結ぶと城はまっすぐここを目指しているように私には思えるのですが」


「それが本当なら王が乗っていようがいまいが大混乱は避けられぬな」


「奴……いや王が国を投げ出すような人間でないことは父上が一番ご存知のはず。私は王を信頼しておりますし、おまけに信心深いですから帰還を何ら疑っておりません」


「……確かにあの坊主は子供の頃から嘘だけはつかん。よし。お前の言うとおり全国民に告げるとしよう。王の不在でなく、帰還を」


* *


 空に上がったディニクティスは毎日星を眺めて過ごしたがやはり心は慰められず、最も信頼する者を王に任命すると二度と争いが起こさぬよう人々に地に降りることを禁じてこの地を去った――。

 王から借りた子供向けの本はそこで終わっている。


「いくつかの本を読むに、ここに住む者達は皆少なくとも表向きはいつか神が戻ってくることを信じている。この城が再び現れたということはひょっとすると戻ってきたのかもしれんな。余の前に天使が降臨したように」


 神様、か。昨晩王が言った言葉を思い出しながらディーは斜めに光が差し込む窓の向こうを見た。住宅の密集した地域から離れたこの屋敷を囲む木々の間から城が見える。朝日の中で城は夜ほど不気味には見えなかったし、神が住んでいるほど神々しくも見えなかった。元々は左右対称であったと思われる城は、恐らくその後の改築と増築で神々しさを漂わせるにはいささか不格好な形になっていた。

 彼は本を閉じ昨日も探したキッチンで食料を探し始めた。ここに来てから自生する野菜や果物ばかりで日頃から満足を知らない食欲を更に持て余していた。だがやはり何も無かった。ここの人々は観察していても何かを食べるている様子はない。食料で争うことすら神に禁じられたのだろうか。そんなことを考えていると廊下でホープの騒ぐ声がした。


「ついにわかりました!」


 その声に王が勢い良く開けた扉に吹き飛ばされてホープは床に倒れた。しかし痛みより喜びが勝るのか、いつものように文句も皮肉も言わずに立ち上がった。


「結界の解き方がか!?」


「いいえ! それは全然ですけど! あの島が吹き飛ばされた理由が多分わかりました!」


 王はいささかがっかりといった様子だったがすぐにその功績を讃えた。褒められた彼は尻尾があれば振りそうなほどにこにこして二人を自分が使っていた部屋に招き入れた。部屋は腰程の高さまである本でできた塔が立ち並んでいた。ホープは窓際のテーブルから椅子を二つ抜くと塔と塔の合間の比較的広い場所にそれを置き、観客が席についたことを確認すると自分自身は立ったまま得意気に語り始めた。


「僕は昨日一日街の家々を回って人々の日記を集めたのです」


「これ全部日記か?」


「ええ。やっぱり人々のリアルな生活を知るにはこれが一番ですから。使い魔も使って集めまくりました!」


「しかし……彼のような者等が日記など書くのか?」


「探したら結構ありましたよ。でも……いやそれは後で語ることにして……順を追って話しますね。ええとまずここに住む人達はしきたりとして地上に降りることを禁じられていたようです」


「それは知ってる」


「うむ」


「えぇー? 王様はともかく役立たずの勇者まで……」


「常識よ」


 いつもからかわれてばかりのホープは二人が大人しく自分の話を聞いている状況が楽しいらしく、喋りたいことを相手が知っているとあからさまに不満気だった。


「そーですか……。まあいいや。しかしユースミルス王はついにその禁忌を破ることにしたようです」


「ユースミルスというと、歴史書によると現王だな」


「王様残念! 例えばこの、えーとアルキスさんの日記には『ユースミルス王は罰を受けたのだ。なぜ彼は汚れ、野蛮な者しかいない地上を夢見たのか』という記述がありますし、メライナさんは『あたし神様なんて信じてなかったけど、王様だけじゃなくて家族までバタバタ死んじゃうとかちょっとこわいピー』などと、あ、この人はまだ十二歳くらいだったようですけど、つまりユースミルス王の死は子供まで知るそれこそ常識なのです!」


「それはすまなんだ。ちなみに王族で誰が死んだか詳細にわかるか?」


「わからいでか!」


 王は部屋から歴史書を持ってくるとホープが読み上げる名を確認し一人一人ばつ印をつけていった。


「ニコラコプルールーという名前はなかったか?」


 ディーが覗いてみると、それがばつ印のついていないユースミルスに連なる最後の名だった。


「あーーどこかで見たなー。確か喘息持ちで若い男の日記で……」


 日記の塔は決して無計画に建てられたわけではなく、性別、年齢別で分かれているらしかった。ホープが指さした十代と二十代の男性の塔を三人で手分けして探すと、やがて王がそれらしきものを見つけた。


「あった! 『ああ苦しい。ニコラコプルールー王女も喘息持ちだそうだ。お姿をみたことはないが、女王も若い頃はあれでけっこう美人だったしきっとお美しいに違いない。今晩は王女と喘息の苦労を語り合う妄想でこの苦しみを凌ごう。ルール―たんハアハア』……これだけか?」


「記憶に残ってるのはそれだけですね。流し読みしたものも多いですけど、変な名前と思った記憶があるので何度も出てくれば覚えてると思います」


 王はそうかと言って彼女の名前に三角をつけた。


「お前これ全部読んだのか?」


「うん。結構面白かった。普通読めないものだしー」


「話の腰を折って悪かった。続けてくれ」


「では続けます。地上に降りると言ってもさすがにこの大陸、フィオミアというらしいですけど、を地上に降ろしちゃうのは反対派も多かったし、まず身体的に影響がないかを調べるために先遣隊を遣わしたようです。なにせずっと空で暮らしてきた人達ですからね。そして問題ないことがわかると、地上を夢見た王ユースミルスは自ら大地を踏みしめました。その場所こそがそう、あの小さな島でした!」


「へー」


「へーじゃないが!」


「なぜあの島だったのだ」


 興奮して思わず故郷の言葉が出たものの、喋りたいことを質問してくれる王に気を良くしたのかホープは髪をかきあげて再び得意気に喋り始めた。


「まず、当然地上人が居ない場所であること。これが反対派を納得させるためにも絶対必要な条件だったようです。そして南国の島であったこと。これはユースミルスにとって重要でした。ここには海はさすがにありませんからフィオミアの人にとって海、特に南国の島というのは楽園の代名詞なのです。中でもユースミルスは随分ロマンチックな人だったようで、果物屋のムハムビスさんなどは『実のところ、南国の浜辺で椰子の実ジュースをチューチューやりたいだけだろ』と大変お怒りです」


「そういえばユースミルスの詩集には海に関する詩が幾つかあったな」


「日記でも揶揄するために引用してる人が居ましたけど……そんなものまで読んだんですか?」


「もし会うことになったときのお世辞用にな」


「それは無駄な時間を過ごしましたね……」


「そうだな。メラ某なる者の日記を読んでいたほうが何倍も有意義だったろうな」


「ユースミルスはとにかく夢想家な上自分本位で相当人気が無かったみたいです。なので彼が南国の島から帰ってきてからしばらくして病に倒れ、あっという間に亡き人になってしまっても、さっきご紹介した通りの有り様で皆日記のネタにはするものの心から悲しんでいる書き込みはあまり無かったですね」


「気のせいだろうか。なんだか胸が痛くなってきた」


「大丈夫さ。詩集までは出してないだろ?」


「マノーン関連の本なら一冊」


「そうか。無理せず休んだ方がいいな」


「だめですよ。ここからが更に重要なところなんですから」


「よし。頑張ろう」


「ユースミルスとほぼ時を同じくして先遣隊として地上に降りた五人の内二人が病で命を落とすと、いくつもの日記にディニクティスの呪いという単語が現れるようになります。知ってます? ディニクティス」


「知ってる」


「うむ」


「そーですか……。呪いが王族や先遣隊だけに留まらないと知るまでにそれほど時間はかかりませんでした。例えばこのイェロ君は始め『ガッコーでももう三人死んだ。マジ呪い。神怖い。でもオレ死ねない。だって明日ようやく初デートだもーん(笑)』などとうかれていましたが、一週間後にはデート相手のエヴァンゲリアちゃんも死に、その三日後には彼も発病。更に二日後に『超マジ死ぬ』の一言を残して日記は途絶えています。謎の疫病の感染力は爆発的だったようでイェロくんだけでなくすべての日記はその前後で……」


 王もディーも側にあった日記を手に取ってその終わりの方をめくった。確かにどれも最後の一ヶ月あたりは急転直下、一気に絶望へと追い込まれていく人々の言葉で溢れていた。


「この国は一度完全に滅んだか、少なくとも国が維持できない程人口が減ったことがありますよ。あの島をふっ飛ばしたのはこの過去があったからに違いないと思いません?」


「どのくらい前の話なんだ?」


 紙の痛み方からしてここ数年ということはなさそうだった。


「日記の中にはドンスコイ山の噴火と思われる話題があり、また一際輝く星が現れてやがて消えたというような記述があるので、それがやセレゲンティの出現のことだとすると、百五十年ほど前のことかと」


「これ以降の日記はないのか?」


「昨日見つけた物の中には一冊もありませんでした。でも僕にはあのうろつく人達がこれらの生き生きとした日記を書いた人達と同じものだとはとても思えないな……」


 話が終わると三人は黙りこんだ。長く重い沈黙だった。その沈黙のなかで部屋のドアが静かに開いた。視線が一斉に注がれた。入ってきたのはこの家の召使いだった。彼が本当に召使いなのかはわからない。ただ服装からして三人が召使いと呼んでいた男だった。彼は積み重ねられた本を避け、まっすぐ窓辺に行き閉じられていた薄いカーテンを開いて紐でまとめた。

 無害であることが分かると無視することでその存在に慣れ始めていたが、話を聴き終わった後では機会的に限られた動作をする人々はより一層気味の悪いものに思えた。

 召使いが立ち去ろうと目の前を通ったところで、ディーは組んでいた足を解き男の肩を掴んだ。


「あまりやりたくはなかったのだが……」


 剣を抜くとゆっくりと背中に突き刺した。血は出なかった。


* *


 春は本宅の縁側の前に日を遮るように作られたぶどう棚から滴る雨の雫を見ていた。

 何で群馬には海がないのかしらね、何気なく言った春の言葉を聞いていたようにあっという間に空を覆った黒く低い雲は時折一瞬何も見えなくなるほどの光と轟音を放ちながら乾ききった地面に泥が跳ね返る勢いで大粒の雨を降らせた。


「心配なら迎えに行ったら? ほらよくあるだろ土砂降りの雨のなかで不良が猫に傘をさしてやるって」


「自分のやりたいことを人にやらせようとする男って潔くないと思う」


 それは例によって罰ゲームとしておやつを買いに行かされていたね子についての会話だった。


「お前って普段吉崎さんと仲悪いの?」


「そんなことないけど……」


「雷の中傘さして歩くのは危険だからな。待つしかあるまいよ」


 停電に備えてパソコンの電源を落とした大喜も、縁側に出て放心したように雨を眺めた。「ああ大丈夫かな。私のケーキ」その声もかき消してしまう程強い雨を。


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