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もし私が神なら  作者: 福竹
遠い昔から始まった話
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予定航路

「だめだ! こんなものでは……」


 志塚芳生が求めるものは常に納得であった。

 大喜と違い幼い頃から身近にパソコンがあった彼は知りたいことがあればそれで心行くまで調べたし、楽器が弾けるというのはどういう気持ちか知りたければ父親が仕舞いこんでいたクラッシックギターを勝手に引きずり出して誰に聴かせるでもなく一人で練習した。

 探求しているときの集中力は相当なものがあったが、彼は自分が納得さえできればあっさりその集中を別のものに向けてしまうのが常であった。

 調査の結果が『詳しいことはまだ分かっていない』であればそれで納得したし、ギターがある程度弾けるようになれば、作曲だのバンドだのという次の段階に進むことは無かった。興味を持ったこと以外は彼にとってまた別の話であって、一つのことを突き詰める前に知りたいことは沢山あったのだ。

 大喜に半ば無理矢理ゲーム制作に引き入れられたことは、そんな彼にとって新たな地平線を開拓するが如き出来事だった。作製のために必要であれば興味の無いことも調べるようになったし、面白いゲームを創るために他人が何をどう思うかについても多少は考えるようになった。自分が他人に興味を与えるものを創るという発想はそれまでの彼に無いものだったのである。

 次に彼に起きた大きな出来事は三年前の祖母の死であった。

 猫好きの一族に生まれた彼はそれまでも何度か飼い猫の死を目の当たりにしてきた。けれど同じ事象でありながら、自分のルーツであり絶対の味方の死は、


『しんでしまうとはなにごとだ』


その問いに対する彼の答えに劇的な変化をもたらした。人一人がいなくなるということについて。どこか他人事だった自分の人生というものについて。祖母の死をきっかけに彼はそれを考えるようになる。

 そして、この間のディーとの命をかけた冒険が彼をまた変えつつあった。

 これまで興味を持つことはあっても、誰か一人に強く憧れるということのなかった彼は今、パソコンに向かって勇者を求めない男のテーマ曲とエンディング曲を飽きること無く作り直していた。せめてこの憧れを形に。そう強く思いながら。


* *


 初日は使われていなさそうな空き家を探して眠った三人も日を追うごとに慣れ、三日目の今日は門構えからして裕福な郊外の家を仮の宿としていた。その庭でディーは広い庭にあぐらをかいて星を眺めていた。

 雲より高いこの場所は空気も澄んで星の観察を妨げるものは何一つ無い。昨日探索の途中で見つけた図書館から持ってきた星座の本と突き合わせながら、かつていた世界とはまるで違う星の並びを一つ一つ確認する作業は遥か昔にも思える旅に出る前の頃の気持ちを思い出させた。


「そなたは夜空が好きだな」


 ランタンの明かりが見えたのか王がやって来て隣に座った。


「気球で流されているときはあまり落ち着いて見れなかったからね。何か進展はあったかい? 随分本を抱えて帰ってきたみたいだが」


「なに、行き詰まったのでトシデスでやりたかったことを今やっているだけのこと」


「基本に立ち返るってのはいいことさ」


 王は後ろに手をついて星を仰ぎ見ると、そうだな、と言った。調査は完全に行き詰っていた。城は遠いまま、人々は謎のまま、時だけが過ぎていた。


「今日読んだのは歴史書だ。とは言え古い話となればもはや伝説のようなもの。だが美しく作り変えられた話でも一分の真実というものはあるだろう」


「この島に伝わる歴史書か。下に持って帰れば大喜びする連中もたくさんいるだろうな」


「だが王としてはもって帰るわけにはいかないかもしれぬ。我が祖先のことが少しばかり悪く書かれているのだ」


「お、隠蔽か。なかなか王様らしいじゃないか」


「国が編んだ歴史など、他国からすれば不愉快な代物よ」


「で、何て書いてあった?」


「ふむ……。この空飛ぶ島の歴史はディニクティスという神が楽園ミアキスを追われるところから始まる」


「ミアキスってそれ俺の世界にあった国の名前だけど……」


「本当か」


「別に楽園でも何でもなくてとっくの昔に滅んでしまったけどな」


「ふうむ」


「なんで追放されたんだい?」


「恋をしたのよ。異世界の、しかも人間にな」


「ほ、ホウ。よくわからないが神様としては許されないことなんだろうな」


「そしてディニクティスは住んでいた城ごとこの世界にやって来た。恋し君のいるこの世界に」


「スケベドリーマーめ」


「だがそれでハッピーエンドにはもちろんならなかった。愛しの君はこの世界の王シロの妹だったのだ。シロはディニクティスから妹への結婚の申し込みを拒否し、そして戦争になった」


「じゃそのシロっていうのが」


「そう。我が祖先の名よ。ここの歴史書では蛮族の王扱いでな……まあ実際そんなところだったのかもしれぬが」


「でもこの城が空にあって王様がここにいるってことは、勝ったんだろ」


「いや、引き分けよ。自分の事で争いが起きることに胸を痛めた姫が自害してしまったのだ。そして星になった姫に少しでも近くあるようにディニクティスは城を空に飛ばした」


「ううむ……そうなるとその子孫に嫌がらせをするのは当然かもしれないな」


「神の時代からの恨みか……。我が方の歴史書ではディニクティスはアマトから這い出てきた妖術使いで城についての記述もないが、二つの伝説を重ね合わせるとなんらかの戦いはあったのだろうな。しかしそれがわかったところで結界を抜ける役には立つまい」


 そう言って自分の足先を見つめたまま何かを考え始めた王に気を使ったわけでもなかったが、ディーは勢い良く皮の地図を王の前に広げた。


「俺の方も結界の役には立たないが、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」


「なんだ?」


 ランタンでよく見えるように上から照らした。


「城の航路を俺なりに計算してみたんだ」


「ほう。この地図は……我が国以外も書かれているのか」


「ああ。この家の壁に貼ってあったんで拝借した。高いところから見て書いたのものなら正確だろうさ。まず気球で飛び立ってから三日間南西にまっすぐ流された。風の強さもほぼ一定だったし、あの吹き飛んだ島はこの辺りだったんじゃないかと思う」


 地図の上にはディーによって線が何本も引かれていた。その内の一本の線の先、赤い印のある場所は全ての陸地まで遠い場所。世界規模のこの地図では付近に点ほどの島さえ何もない場所だった。


「本当に周りに海しかなかったというわけか」


「多少ずれているとしても絶望的だったことに違いはないな」


「まったくこんなところになんの用があったのだろう」


「それは分からないけど、大事なのは次の場所さ。今この城は東南東に進んでいる。このまままっすぐ進むとして予想される航路は誤差も考慮に入れてこの二本の線の内側だ。予想線上に何か目ぼしいものはないかい? 目印になるものとか」


 暫く地図を睨んでいた王は人差し指で、川沿いの一点を指さした。


「お、何があるんだい」


「王都、ネコマ」


* *


 どこが気に喰わないのか自分でもわからなくなって何度も再生を繰り返していると、入力した覚えのない音がした。メッセージが届いた音だった。見ると画面の隅に立ち上げっぱなしにしてあったチャット画面でね子の名前が点滅していた。


〈まだ起きている〉


〈歴史は夜作られるのだ。眠らないでいい身体が欲しい〉


〈来週の流星群の件だけどオッケー出ました〉


〈宿題のためという大義名分の前には親とは無力なものよ〉


〈自由研究どうしようかと思ってたから助かる〉


〈ちょうど新月だから見えすぎて怖いはず〉


 実際CGの半分も担当している芳生のスケジュールはすでにかなりタイトだった。だが全体を見れば世界が終わらない前提でその後の事を考える余裕はまだあった。数十年に一度という観測機会を逃すつもりもなく、今回を逃したら次は、そんな会話をして自分たちの未来を疑っていはいなかった。


〈その後新しいメッセージは届いた?〉


〈特に何もない〉


 メッセージを入力していると続けてもう一つ文章が送られてきた。


〈紳士が”処理”してくれたのかも。今度会ったら聞いてみよう。そういえばあれっきりあの人全然来ないね〉


 書きかけていた文章を消して、ね子が紳士に最後に会ったのはいつかを思い出そうとした。芳生自体は天空の城以来、シナリオが概ね決定したせいか異世界に拉致されることもなくなった。


〈ぜっっったい進捗はチェックしてると思うけど〉


〈この会話も見られている?〉


〈下手なこと言うと押入れの中から出てくるよ。あのドラえもん野郎……。でもだからこそメッセージのことも俺はあまり心配してないんだけど〉


 その後他愛の無い話を少しして就寝の挨拶を交わしチャットを終了した。時計は二時を過ぎていた。


『特に何もない』


 本当だろうか。短いメッセージの割にすこし間があった。パソコンの電源が完全に落ちるのを待ちながらそれが気になった。


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