辿りつけぬ人々
「うん……今回はちょっと……うん……。他のチームはどう? …………それはよかった。うちも次は絶対参加するからさ。うん……じゃそういうことで」
挑戦状の送り主である大会の主催者への参加見送りの電話を切ると、大喜は再びパソコンに向かって様々なメッセージや台詞を打ち込み始めた。挑戦状自体が紳士によるでっち上げなのではないかという確認も兼ね電話してみたがどうやらそういうことは無さそうだった。でも例えそうだったとしてもそれは大喜にとって大した問題ではなかった。
他の三人が祭りの見物に行ってしまおうが地道な作業がまだ山のようにあろうが彼はゲームを作るのが好きだったし、奇妙な形ではあるが自分が世界を救う勇者である今を結構楽しんでいた。
大喜は親からゲーム機やソフトを買い与えられることはなかった。教育熱心だったわけではない。父親がかつて自分が遊んだゲームを押し入れから取り出して子供に与えたからだ。
大人になってから買い集めたものも含めて膨大な数に及んぶコレクションの中から、発売された時期が古いものから順に一つ一つ渡されるゲームに大喜は熱中し、ゲームと併せて渡される当時のゲーム雑誌も隅々まで読み漁った。ドットで描かれる人達に、現実には存在しない風景に彼の想像力は無限に広がっていった。
父のゲームをあらかたやり尽くした頃には、大喜は自分が勇者になるのではなく勇者を作る側、ゲームクリエイターに憧れる少年に成長していた。ゲームを作ってみたいと言うと、父は大喜も面食らうほどあっさりとパソコンを買い与えた。もう最新のゲームを買って遊ぶようなことはあまりしなくなっていたが、子供の作ったゲームに関してはかつての情熱が蘇ったかのように遊び、時に容赦の無い感想を述べた。そんな熱心なユーザーが常に側にいる状況で彼のクリエイター魂と呼ぶべきものは形作られたのである。
加えて今、大喜には特別な使命感があった。現実のものよりむしろかつて自分が創ったネコマ王国という世界に、それから一緒にマノーンであそんだミケに対して。
「王たちは知るべき事実を全て見つけない限り空飛ぶ城の核心部分にはたどり着けないのです。まるでカフカの『城』のように」
調べたところね子が言った作品は未完のまま終わっていた。主人公は城に辿りつけぬまま辻褄の合わない夢のような村をさまよい続けている。
このゲームは必ず期限までに完成させねばならない。今までに感じたことのない切迫感の中で、ミケ達が見つけられるように、例え公表できないものであってもプレイヤーが楽しめるように秘密を隠す作業を、大喜はまるで自分が神にでもなったかのような高揚感と共に楽しんでいた。世界が終わってしまわぬように。そんな自分でも似合わないと思う台詞を抱きながら。
* *
石畳の広場に気球が降り立ってもそれを気に留めるものは居なかった。人が居ないという意味ではなく文字通り広場にいる人々は、歩いている人は足を止めなかったし、風景を眺めている人はまっすぐ前を向いたまま視線をずらさなかった。それどころか話しかけても彼らは同じ言葉を繰り返すのみで、疲れ果てていた王一行はさらに加えて弱り果てた。
「あのー。僕達下から来た者なんですけども」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう。で、ですね。ここで一番えらい人っていうのはどちらにおわしますですか」
「いい天気ですね」
「王様この人もダメですー」
噴水の淵に腰掛けている婦人はホープが視線を王の方に向けると、話しかける前と同じように空を見始めた。彼女はホープが噴水の水で顔を洗おうが一向に構わずただ幸せそうに雲さえない空を見続けた。誰もがそんな調子で、話しかければ微笑んで対応してくれるが心というものが無いように、動き続けるかとどまり続けた。
三人は噴水に淵に腰掛けてどうするべきかを話し合った。
「これはどうも……変わった国民性と言うべきかどうなのか。統治しやすいといえばそうだろうが……」
「嫌がらせに島を吹き飛ばすようには見えませんけど……ずっと高いところで生活してるとこんなになっちゃうんですかねえ」
「まるで人形だな。まあいいさ。気球をここに置いたままでも怒る人間は居なさそうだし、取り敢えず一眠りしてそれから何か食べる物を探さないと。俺もうゲンカイデス」
「真似するなよ!」
いつもなら歳の離れた兄弟喧嘩のような光景が繰り広げられるところだが、ホープは弱々しく蝿を払うような仕草をしただけだった。三人は一眠りという単語が引き金になったかのように少し先にある芝生に移動することもせずその場で眠りについた。彼らが気を失っていたのはそれほど長い時間でななかったが、起きたとき空はすでにほおずき色に染まっていた。婦人は相変わらずその空にいつか見た幸せな夢が映しだされているかのように虚空を眺めていた。
気球で降りた場所からそれほど離れていない場所で見つけた温室で葡萄がなっているのを見つけた彼らは、種を飛ばしながらガラスの向こう、眼下に広がる家々の滲んだ明かりの下で暮らす人々のことを考えた。広場を彷徨っていた人々は日が完全に落ちる前になるとぽつりぽつりと何処かへ去っていった。隣を歩く人同士語り合うこともなく、同じ遊びを繰り返していた子供たちは明日の約束をすることもなく、夕闇の中に消えていった。街や城ごと空に浮かす程の力を持っていながらあの空虚さは一体何なのか。
「少なくとも島を消滅させた奴はいるのではないか?」
「例え性根のネジ曲がったヤツでも居てくれるとホッとしますね」
「これまでの経験からして、ああいうろくでも無いことを考えつく奴というのは大抵人より高いところに住んでると思うね」
「そうだな。ただの民があれほどの力を行使できるとは思えんし、やはりあそこを目指す他ないだろう」
王が指差した先は高台の城。その大きさのわりに夜になっても照明が少なく、夜の空を背景に影絵のように輪郭を浮かび上がらせていた。行き来する明かりも見えないことから少なくとも警備の人間は少ないと思われた。必要が無いからなのか守るべきものが居ないからなのかそれを確かめる必要があった。
三人は夜のうちに移動することに決め、広場から町へとつながっている暗い橋を降りていった。街の灯も上弦と下弦の二つの月も満天の星空も彼らの行く先を照らすには心もとなく、ディーのランタンの灯がつくる楕円を踏み外さないように三人は自然と固まって歩いた。馬のいななき、犬の遠吠え、酔った者のあげる奇声、人の在るところ必ずある音のないこともそうさせる要因であった。
石造りの建物が立ち並ぶ街は出歩くものもなく、窓から覗いた人々はやはり物言わず意味の有りそうにない行動を繰り返す彷徨える魂であった。席についた家族達は、普通ならふとした時に訪れるべき沈黙の時間を義務のように続けている。酒場のウェイターは客のいないテーブルに皿を並べ、または片付けたりを繰り返すといった具合で、見ているだけで気が滅入るものばかりが溢れていた。
王たちはすぐそういったものを見るのをやめ、高台の方に伸びる広い道をただ歩くことに専念した。
「結構遠いですねえ」
道は途中から左右に曲がり始め、時に戻り、順調に近づいていた高台はあるときからまったく見える大きさが変わらなくなった。
「守ることを考えれば、太い道がまっすぐ城に続いていては困るからの。でも度を越してもはや奇妙だな」
「上から見てみよう」
ひとっ飛びで屋根に上ると、ディーはマントを翻しながら闇に消えた。
「あの者の跳躍力はいつ見ても爽快だな。一体どういう訓練をしたらあんな風に飛べるのか」
「彼は別の世界の人なんです。この世界の人間はどうやってもああはなれませんよ」
「別世界か。行ってみたいものだな」
「理の違う世界にもし行くことができたとしても残念ながら僕たちは存在できないでしょう。彼は召喚という特別な手続きを踏んでいるからこそああして彼のいた世界の姿のまま飛んだり跳ねたりしています。もし術が完全でなかったらこの世界に来た瞬間に消滅してしまっていたはずです」
「本来なら交わることのない人間か……」
「ええ。そもそも人間を召喚したこと自体前代未聞なんですから」
そのとき何かが近づいてくる音が聞こえた。ディーが消えた方向とは真逆、二人の後ろ、恐らくは屋根の上。二人は話を中断して身構えた。
「あれ?」
それはディーの声だった。緊張感のない声に二人は一瞬力を抜いたが、思い直してもう一度構えなおした。
屋根から飛び降りた男はやはりディーに見えた。相手は二人の方に向かって走り始めると先程も見た高い跳躍で飛越しまた屋根の上の闇に消えた。と思ったら少しの間を置いてまた後ろの屋根に現れた。
「本物か?」
「まさかあいつも同じ動作を繰り返すバカ人形になっちゃったんじゃないだろうね」
「本物だよ。ほらちゃんと喋るだろ」
「なんで後ろから現れる」
「恐らく結界が張られているな。城に近づこうとすると元に戻されてしまうようだ」
「人を迷わす術なんて、巫女の術でも聞いたことないよ」
「俺がいた世界ではわりとよくあることなんだけどな。こら女男。俺の方にその火トカゲの口を向けるんじゃあないぜ」
憎まれ口を聞いて、二人は構えを解いた。
「どうすれば抜けられる?」
「わからん。術者に招き入れてもらう以外となると、隠し通路を見つけるか、定められた順序通りに定められた道を通るか、結界を無効化できる何かを見つけるか……。俺の経験ではそんなものだが」
いずれにせよ探しものをするにはもう暗すぎた。
「良い手を思いつくためには休むこともまた重要である。今日はそこらの家を借りて休むとしよう」
「今気づいたけれど、この島また動き始めているな」
かざした手越しに月を見たディーは片目をつぶったまま言った。王は暫く空を睨んで「それもまた明日よ」そう言ってディーの肩を叩いた。




