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もし私が神なら  作者: 福竹
彼女の世界
21/42

皿の上の骨

「すいません。こんな宿しか取れなくて」


 言いながらホープがエールで満たされた陶製のジョッキを置いた。


「いや、むしろでかしたぞ。余は一度でいいからこういうところに来てみたかったのだ」


 橙色に揺らめく照明の中を運ばれていく酒や食べ物、大声で話す赤い顔の人々を王は首をあちこちに回しながら物珍しそうに眺めた。


「はー。王様もいろいろ大変なんでしょうねえ」


「そちは養成所に通っている頃こういうところにはよく来たのか?」


「ええ。でも僕は酒がそれほど強くないですから。夜はあまり近づかないようにしていましたけどね。砦も酷かったですけど戦う者達には酒が弱い男は女以下という観念を持った人間が結構いますから……」


「ほー。召喚士もいらぬ苦労が多いのだな」


「それにしても帰ってきませんね」


 ディーは宿に荷物を置くやいなや一人で街を見物に出たきり、夕食時になっても帰ってきていなかった。


「祭りが珍しいのだろう」


 三人ははアマトや空飛ぶ城について調べるため、砦からアマトへ直接向かわず、王都に次いで第二の都市トシデスにやって来ていた。トシデスにはホープが二年前まで在籍していた召喚士養成所や王都のものにも匹敵する蔵書数を誇る図書館があり、今回の調べ物にはうってつけと思われたが、二つの山を越え巨木だらけの森を抜け辿り着くと、海に面した貿易都市は四年に一度の大祭が催されている最中であった。

 普段王が求めてやまない人々の笑い声は溢れすぎるほど溢れていたが、訓練所も図書館も開いておらず、宿屋はどこも一杯で、やっと見つけた宿は街の中心部からは大分離れた場所にあった。


「本当に、なんで祭りのことを忘れていたんだろ」


「しかしお陰で道標らしきものを見つけた」


「気球ですか。初めて見ましたけど大きい物なんですねえ」


「確かにあれならうまくすれば城にも届くかもしれぬ」


 他国との貿易で持ち込まれたそれは、これまで貴族の遊び程度のものに過ぎなかったが、ここにきて空飛ぶ城で一攫千金を目論む人々によって、これまでにない熱い空気が多くの球皮に送り込まれていた。

 祭りの一部はその見本市のような様相を呈していて、色とりどりの大きな風船が空中に浮かんでいる様はそれだけで人々を興奮させ多くの人だかりを作っていた。


「でも少し聞いてみましたが買おうにももう随分予約待ちのようで」


「なに、財宝狙いの輩の中には金を積めば譲ってくれるものもいるだろう。明日はそれを探すとしよう」


「王様の名を聞けば喜んで差し出すものだっているでしょう」


 王は手でホープを制すると、声を落として言った。 


「王家が宝を独り占めしようとしているなどという噂がたったら国が傾く原因になりかねん。一刻を争う事態なれど、できればそれは最終の手段としたい」


 そこで後ろから二人の肩を掴むものがあった。聞かれたかとなるべく素知らぬ顔をして振り返るとディーだった。彼は二人の話を聴いていたらしくニヤリと笑いながら言った。


「金よりももっとスマートな解決策を見つけてきたぞ」


 彼は鞄から一枚の紙を取り出しテーブルの上で皺を伸ばすと、二人の方に押しやった。


「勝ち抜きマノーン王決定戦?」


 それはかつて王が天使と遊んだゲームの大会告知だった。


「開催日は明日。優勝商品はなんと気球だ! 得意だって言ってたじゃないか? どうだい一つ神の思し召しだと思って」


「確かに! いけますよ! 僕全然相手にならなかったもん」


「実はもう参加登録も済ませてきた。俺の名前でだけどな」


「しかし、こんな不確実なもので一日を費やしてしまうのは……」


 そう言いながらも王は、店の者が名物の腸詰めが盛られた皿を目の前に置いても皺だらけの紙から目を離さなかった。


「いや……うむ……でかしたぞ。名を隠して全力でかかってくる相手と戦う。これもまた余がやってみたかったことだ」


* *


「着いたよ」


「結構かかりましたね」


「城の周りは風が滅茶苦茶だったんだ。確かに墜落はしなかったけど目が回ったよ」


「誰かいますか?」


「今のところ……でも骨ならある」


 城付近では巻くようにして吹いていた強い風はグライダーが建物に近づくと嘘のように消えた。ゆっくりと下降するしかなくなった芳生は建物群を回りこんで見つけた平らな石畳に降りた。

 そこで最初に目についたのは、誰もいない中水を吐き出し続ける噴水と、その側にあった一式の骨だった。


「骨? 人骨ですか?」


「そうだと思う」 


「今から向かいます」


 水が溜まる部分は草や苔が茂り放題になっていて、そこから根がまるでその死体から養分を吸い取ろうとでもするように淵を伝って伸びていた。肌を撫でる心地よい風の中で、骨は石畳の上永遠に水に辿り着くこと無くうつ伏せのままで手を伸ばし続けていた。

 水と風に揺れる草木の音以外何も聞こえなかった。台風の海のようにグライダーをもてあそんだ風のうなりも蝉の声も鳥のさえずりも何もなかった。


 全て遠い世界のことである。


 清潔な死体は、紳士の到着の待つ間芳生にそんな言葉を思い浮かばせた。

 あの子はどんな話を今考えているんだろう。初めて味わう種類の寂しさの中で芳生はそんなことも思った。きっと誰もいない彼女の創った場所で。

 草を踏む音に振り返るともうそこには紳士がいて白骨死体を真っ直ぐに見ていた。


「伝染病かもしれません。もう随分時間が経っているようだが、一応触りなさるな」


「それを触るなんてとんでもない」


「取り敢えず一番高いところを目指しましょう」


 死体からクールに視線を切った紳士はグライダーを鞄にしまいながら言った。

 高台にある現在地からは二重の橋が架かっている。中央にいくに連れ盛り上がった富士山のような地形はその中程までほぼびっしりと大小の建物で覆われており遠目から全体を見るとまるで虫が作った巣のように見えた。

 橋の先は分岐して他の橋と合流するか、おそらくは居住区と思われるその地域に飲み込まれて終わっていた。第一目標となった頂上のひときわ高く大きな構造物に至る道は見えなかった。


「乗り給え」


 また鞄から出したのであろう。いつの間にか見たこともない車が唸りを上げ始めた。


「おじさんってマジドラえもんだよね。知ってる? ネコ型ロボット」


「では行きましょう。のび太君」


* *


「で、王様は何で空飛ぶ城になんて行こうとしてるんだ?」


「聞いてなかったんですか僕らの話」


 明日に備えて王が早々に部屋に戻った後も二人は一層柄の悪くなった店で薄いエールを舐めていた。


「落とすつもりなんですよ。元あった場所に」


「さすが王様ともなると酷いことを考えるものだ」


 ディーは皿の上に既に山になっている骨の上に、かじっていた最後の一本を放り投げた。


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