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もし私が神なら  作者: 福竹
彼女の世界
20/42

ね子の日記 5/シュレディンガーの城

「あなたにとって甲子園とはどういう場所でしたか」


いつかインタビュアーが敗者にむけてそう聞いた。


「夢の様な場所でした」


エースは泣きながらそう言った。

甲子園と聞く度に思い出す場面。

そんな寂しい聞き方やめたほうがいいのにと思うと同時に、

夢の様な場所、その響きに強く心惹かれた記憶。


皆が今自分を見ている。掛け値なしにそう思えるその瞬間。

気が違ったみたいにはしゃぐ姿を見せつけられるその喜びに私達は憧れる。


憧れが、夢の場所がもっと素晴らしいものであるように、

楽をするな倒れるなと超好き勝手言う私達は、ギリシャ神話の神々のようだ。


* *


 ね子が日記を書いている頃、芳生は呆然と空を行く城を眺めていた。


 風呂に入ろうと開けた襖の向こうは異世界の風荒れ吹雪く丘で、前回もそうしたように、芳生はまず頭だけ突き出して観察した。この間とは打って変わって緑に覆われた大地だった。強い風が吹く度に咲く花達が一斉に同じ方向に倒れ、起き上がりこぼしのように揺れた。うすい雲の向こうに地球のそれより倍ほどもある月が透けて見えた。

 閉めようかとも思ったが、後ろを振り返って紳士がいないことを確認すると芳生はもう一つの月を探し始めた。大喜の二つの月を見たという話を思い出したからだ。

 すると大地がゆっくりと大きな影に覆われ始めた。影は部屋がある方から襖が開いている方向に、溢れた水が染みていくようにその面積を増やしていった。「後ろからでかい雲がくるのだな」そう思った芳生は異世界との境界線から上半身を出して後ろを覗きこんだ。本来なら襖の裏側や壁があるはずの場所にもやはり世界は広がっていた。そして見上げた先にあったのが空を飛ぶ城であった。

 太陽を背に近づいてくる巨大な塊は下部は黒い月のように丸く、その上に遠目にも明らかな人工物とわかる建物群が乗っているのが見えた。


「ゴゴゴゴゴゴゴ……」


 芳生はその光景に思わず口で効果音を着けた。幼い頃からのあこがれは、実際に見るとそれほど威圧的だった。


「……次はあそこに行けってこと?」


 だがどうやって? と考えて芳生はあることを思いついた。芳生はそろそろと両足を異世界に踏み出し、後ろを確認してまだ自分の部屋が見えることを確認するとぴょんぴょんとその場で跳ね始めた。


「この世界で飛べるのは巫女だけですよ」


「うわあああああああ!」


 振り返った先、閉じていく部屋の景色の後ろから現れたのはもちろん紳士だった。彼は芳生の叫びにも眉一つ動かさず一礼すると、いつものステッキの代わりに下げていた皮のトランクをそっと地面に置いた。


「どうしていつも断りもなく閉じてしまうのか!」

 

「彼女の開けた穴を完全にくぐってしまった以上、開いていてもどうせ戻れません。一方通行なのです。なので万が一他の人間などが入り込んだりしないように入り口は別の場所に移動させました」


「そんなこと訊いてないの! 心の準備! それって大事なの分かります?」


「大丈夫、今回は私がいるのでもし必要あれば私の開ける穴で元の世界に戻れますよ」


「なんだそれを早く言ってよ。俺初めておじさんに胡散臭い以外の感情を抱いたよ。……で、やっぱりあそこへ?」


 芳生が指さした先を見上げて紳士は頷くと、手に持っていた鞄を下ろして開け始めた。


「さて何で行きますか? 幾つか用意してきました。気球、凧、グライダー……」


「……あれ? 何でそんなスポーティに攻めようとしてんの? 開けばいいじゃないご自慢の穴をあの城までさ」


「それは出来ないのです」


「今できるって言ったばかり……!」


「先程やってみましたがあの城に開くことは無理でした。吉崎ね子の中で、あの城の存在理由や内部構造についてはまだひどくあやふやなままなのでしょう。今あそこに浮かんでいるものは、中に何が詰まっているかわからない風船のようなもの。そういう不確定な場所に穴は開けないのです」


「…………詳しいことは知らないけど、もしそれが本当なら……春を呼べばいいじゃん! あいつこの世界だと飛べるんだろ?」


「彼女はもう寝てしまいました」


「やさしいね!」


「それにあなたはこの間常に冒険心に満ちあふれていないとやる気が出ないと……」


「欺瞞! 詭弁! おためごかし!」


「しかし……天空の城へ挑むチャンスなどもうこの先ないかもしれませんぞ」


「二度あってたまるか……正直たどり着ける気がしないんですけど。俺この間冒険したときの跳躍力すらないみたいだし」


「あの世界はこの世界の一部ではありますが階層が違いますから」


「階層?」


「簡単に言えばこの世界の幻想世界といったところか。しかし安心なさい。私が用意した乗り物はどれも高性能。ゲームの上手いあなたなら簡単に乗りこなせるはず」


「ホントにぃー?」


「例えばこのグライダーなどは……」


 紳士が引っ張ると、とても鞄に収まっていたとは思えない長い包みが、手品の万国旗のようにズルズルと鞄から取り出された。


「自動制御機能がついているので離着陸も簡単、竜巻にでも突っ込んでいかなければまず墜落しません」


「ねえ、今まで怖くて聞けなかったけど、おじさんて俺らの世界の人間じゃないよね?」


「はい。あなた方から見れば私は異世界人ということになるでしょう。しかし私はそうは思っていない。穴で繋げられる以上全ての世界は繋がっているのだ」


「名前は?」


「ありません。我々の世界では個体を識別する必要がないので」


「へええ。どんな世界なんだろ」


「いつかご招待できる日がくればいいと思いますが」


 紳士はそれについてそれ以上何も言わず、また鞄に手を突っ込み始めた。 


「気球は大気から燃料を生成するので……あっ」


 強く長い風が吹いて、紳士の鞄から何かを吹き飛ばした。それは空中でみるみる大きく広がると風にあおられたまま丘を離れどこまでも宙を舞って行った。


「……今、吹き飛んでいったのは何?」


「……気球です」


「あああ、聞いた中で一番安定感があったやつなのに……異世界人もけっこう抜けてるんだね」


「……凧がお薦めですよ。これは私が揚げることになりますが、有線ですので……」


「グライダーで」


「私こう見えて凧揚げはけっこう得意でして」


「グライダーで!」


「そうですか。わかりました。私は高所恐怖症なので付いて行けませんが着いたらこれで連絡してくだ「まてまてまて!」


 芳生は紳士が差し出した無線機らしきものを見もせずに大声を上げた。


「おじさんいかねーの!?」


「空は飛べません。間違いなく途中で気絶します。でもあなたがあの場所に立つことができれば、吉崎ね子の思考に関係なくこの世界においてあの城は確定する。少なくとも一部分は。そうすれば私はここから穴を開いてすぐにあなたの元に駆けつけることができるようになるのです」


「おじさんと話してると疲れるわー」


 言ってから、ひょっとしたら春はいつも自分と話すときこんな気持ちなのかもしれない、と芳生は思った。


* *


英雄達は私のことなど知りもしないが、

私達のため、時に命をかけた戦いをしてもらっている。


我は汝らの神なり。

ソーリー。


そんな神たちも本当は英雄になる夢を見ている。

それがいくら細い道であっても、生きている限り可能性はあるから。

そういう意味で私達は、景品のゲームを求めてくじを引く子供のようでもある。


しかしまさか、カーブやスライダーが役に立つ日が来るとはね。


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