行きたい場所
「私、あの紳士と情報屋ってグルだったんじゃないかって思うんです」
「そうかもなー」
一番暑い時間に地元の高校の甲子園中継を観戦した勇者製作所の面々は、青空に少しオレンジが混ざり始めた頃にキャッチボールを始めた。春は参加しなかったが、ボールが三人がつくるトライアングルを行ったり来たりするのを縁側で足をぶらぶらさせながら見ていた。
その春が思いついたように言った。
「ねえ、行きたい場所ってもう決めた?」
「ゲームを完成させたら連れて行ってくれるってやつ?」
「そうそう」
三人はボールを投げながらそれぞれまだだと言った。
「お前は何もしないくせにもう報酬のこと考えてるのか」
「だってテストしようにもまだなんにもできてないじゃない」
「明日あたりからちょぼちょぼやってもらうさ。おファインプレー」
ね子がショートバウンドをバックハンドでキャッチすると男子は感心して褒めた。彼女は意外に取るのも投げるのも上手かった。
「私こう見えてスポーツ観戦好きですから」
「観てれば上手くなるものなのか?」
「観て真似するんです。私フォーク投げられますよ。ちっちゃいボールでならですけど。……カーブ!」
そう言って投げた球は芳生のグローブに収まる前に確かに少し曲がった。「人に向かって投げるのは初めて」とね子は言った。
ね子が芳生にスライダーの投げ方を伝授していると、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。大喜はグローブを外して「もうすぐ祭りか」と言った。
* *
転がるようにして門番が伝えた王到着の報は瞬く間に砦中に知れ渡り、門が望める城壁の上や塔は人で溢れ、空いている穴からは人の頭が二つか三つずつ飛び出した。
「この国の王様は護衛も付けずに驢馬で放浪するのか?」
「いやあ私も初耳ですけど……本物みたいですねえ。長官があんなにヘコヘコしてますよ。でも何の連絡も無しに一人でどうしたんでしょうね」
驢馬から降りた王が兵士達を見回して右手を上げると野太い歓声がこだました。砦の上、皆から一歩ひいたところでその様子を眺めていた二人を駆けてきた部隊長が呼んだ。
「王はどうもお前たちに会いに来たらしいぞ」
「ええ? なんでですか?」
「どこぞで”勇者降臨”の噂を聞いたらしい」
「……だそうですが。自称勇者殿」
「仕方ないだろ。戦友がそう呼んだのだから」
「いいから早く行け! 無礼な口を利くなよ。首が飛ぶぞ」
連れて行かれた部屋に入った二人は砦の中にこんな部屋があったのかと思った。兵士たちのベットなら一ダースは余裕をもって並べられそうな広さに、歩くのが申し訳なくなるような絨毯や凝った装飾の革張りのソファ、上等な酒が並んでいる棚などが上品に配置されていた。
王は座ってはおらず、窓辺に立って外を眺めていた。頭を下げている二人に気づくと長官に別室に控えているよう命令してから席につかせた。
「名は?」
「ホープと申します。召喚士です」
「その声は……男なのか」
「あ、ハイ。召喚するものの中には女性の方がより呼びかけに応えてくれるものが結構おりまして、男の召喚士は見かけだけでもと髪を伸ばしている者が多いのです」
ただ髪を伸ばしているだけという召喚士も多い中、背も小さく童顔の彼は初対面時容姿についてからかわれることが多かったが、王はただ一言「なるほど」といっただけだった。
ホープは王をその目で見るのは初めてだった。旅の衣装を脱いだ王は服も簡素で、見かけはどこにでもいそうな若者だった。ただ他の者にはない落ち着きのようなものがあった。
「ではそなたが……」
「ディーです。勇者です」
「召喚されたというのは誠か?」
「あ、ハイ。ドラゴンを召喚しようとしたら間違えてそのドラゴンと戦っていた彼の方が来てしまったようで……」
「お前な! あんなものを召喚していたらこの砦はその瞬間に壊滅したぞ」
「ドラゴンというものはお伽話でしか目にしたことはないが、そんなものと渡り合えるならお主も相当の腕前なのだろうな」
「渡り合うというよりあれは……一方的な虐殺だったな」
「ほー。そこまでとは」
「そうなんです! 召喚した私が言うのもなんですけどこの人はべらぼーに強いです」
ホープは王の勘違いを敢えて訂正しなかったが、ディーが砦を守る屈強な者達と較べてもずば抜けて強いのは事実であった。疲れを知らず、跳躍は兵の宿舎を飛び越え、剣は岩ごと敵を切り裂いた。五日前に突如穴から溢れ砦まで到達した魔物たちを彼はほとんど一人で片付けてしまった。
「しかも普通召喚されたものはひとしきり暴れたら帰ってしまうのですが、ちっとも帰る様子がないのです」
「俺は女性が助けを求めている声を聞いたから来たのであって、女のような男を守りに来たわけではないからな。それにそもそも帰り方など知らん」
「ふむ……女の声をな……」
王がまっすぐに視るので二人はやりかけていた小競り合いを止めた。
「余も今、妹と、ひいては国そのものを守るため訳あってこうして一人で動いている。勇者殿。力を貸してくれぬか。その中にそなたの守るべき者もきっとおろう」
「まあ……ここに女はいないようだし……。外を探してみるのもいいかもしれない」
「あれ、僕、いや私は……」
「勇者に加えて龍を呼ぶ者まで連れて行っては砦の守りが疎かになるのではないか?」
「ぜんっぜん大丈夫です! で、私達は一体何を?」
「何と言っても、まだそれをこれから決めねばならぬ段階なのだが、取り敢えずアマトへ向かう」
「やはりアマトで何かが起ころうとしているのですね」
「やはりと言うと?」
「この間の戦い、この彼を召喚したときの戦いは、魔物の数はこれまでにないものでした。それに空飛ぶ城のこともありますし」
「空飛ぶ城、か。あの噂は本当なのか」
「ええ。晴れた日なら山頂の見張り台からも見ることができます。まだ遠くて点のようにしか見えませんけど」
「アマトと何か関係が?」
「私達召喚士の一族の伝説にアマトは城が飛び立った跡に開いた穴という話があるのです」
「……興味深い話だ」
* *
夜の作業もそろそろ切り上げようと大喜が机を片付けていると、芳生が独り言のように言った。
「天空の城もいいなあ。銀河鉄道にも行けたんだから当然ラピュータもありだよね?」
「行きたい場所か? やめとけよ」
「なんでさ」
「滅多なことを言うと紳士が来るぞ」
パソコンの電源が落ちてファンの音も止まった。熱を帯びた空気を吐き出しつつかき混ぜていた現実的な音がなくなると、怖くなったのか芳生は急いでクーラーを着けた。
だがそのモーター音は紳士を遠ざける魔除けにはならなかった。




