物語の始まり
朝を告げる鐘が一斉に鳴り、高さの違う音達が輪唱するように朝日を迎えた。
王はそれを初めて見たときのように、城の一番高いところから身を乗り出して見た。後ろに控えていた重臣コラットは、いつもとは違う王の様子に、その子供っぽい仕草を諌めることなくただ黙って主の言葉を待っていた。
「昨晩天使が降臨なされた」
鐘の余韻の中で王は振り返らず言った。
「…………嘘だあ」
「………………神の命により余は旅に出ねばならぬ」
「朝一番で呼び出しておいて何を言うかと思えば。まったく……逃げ出そうとしてもそうはいきませんぞ」
「国政はお前がいればなんとかなろう」
「本気ですか」
振り返った王の目にコラットは先代のものと同じ輝きを見た。蓄えられた白い髭を撫でながら、息子のように思っていた若者がやはりかつて主であった男の息子であるということを久しぶりに思い出していた。彼はその輝きに対してのみ忠誠を誓う者であった。
「昨日の報告はお聞きになったでしょう? 今この時期にどこへいこうというのです」
「無論アマトへ行く」
「何をなさりに?」
「無論、国を救うために」
「もう少し具体的に」
「知るか! それが神の命である。それから護衛などはいらぬ。余は一人で行かねばならぬ。余は……」
一人で世界を歩いてみたい。その言葉を飲み込んだ王をコラットはまだ疑わしげに眺めていた。
* *
「というわけで、王様が冒険に出てしまうのです」
「お、おう。いいじゃん。これまでの作品の主人公達を出すとは俺も意表をつかれたナー」
「で、最後はアマトの卵をぶっ潰して終わるのよね?」
「その予定だけど……」
「予定じゃ困るのよ! …………その……もう時間もそんなにないんだから」
「どうしたの? 昨日までと打って変わってやる気じゃない」
「いーから。あんたはとにかく、ややこしくなくてハッピーな話をとっとと考えればいいのよ」
「勇者は出てこないの? ほら……こないだやったアクションゲームのあいつとか……」
「あ、彼も登場させる予定です。ええと召喚士が主人公のゲーム……あれ名前何でしたっけ」
「ドラゴンサモナー」
「そうそう。昨日あれをちょっとやってて思いついたんですけど、あの主人公に召喚させようと思うんです。それで二人は王様の仲間になると」
「あれ? ドラゴンサモナーの主人公って男……」
「全員男だとダメでしょうか? やっぱり萌え要素とか……」
「いや全然OK」
「なんで笑ってるんです?」
* *
ね子が考えてきたストーリーは、他の三人が予想していたものと大きくは違わなかった。
昨晩紳士は部屋に戻ってきた大喜にこう言った。
「明日吉崎ね子が書いてくる物語は、きっとあなた方が体験してきたことを反映したものになるでしょう」
朝、ね子が来る前にその情報とそれぞれの冒険を共有していた三人は、それ故物語を読んでも驚きはしなかった。
紳士と大喜が交わした会話は次のようなものである。
「まず、あなた方が先程通った別空間への入り口、私達は単に”穴”と呼んでいるが、あれは私が繋げたものではない。私は適切な場所に移動させただけでして」
「適切な場所?」
「今回開いた穴は私達の原理とは異なった開き方をしたもので私には閉じることはできなかった。だからその穴を閉じることのできるであろう人物のいる場所に移動させました」
「もうあんたの話に驚かなくなってきてる自分の冷静さが怖いよ。で、なんで俺達がっていうのは置いておくとしてもだ。あんた以外の誰が俺たちが創ったゲームの世界への穴を開いたっていうんだ」
「吉崎ね子です」
「えええーーー!!?」
「あなた方が訪れたのは、正確に言うとゲームの世界ではない。あなた方の創ったゲームを元に彼女が創った世界です」
「えええええーーー!!?」
「それ自体は別に驚くほどのことではない」
「そうかなあ」
「人は誰しも、いや人でなくとも、意識することなく別の世界を創っているのだ」
「並行世界とか……?」
「並行とは限らないが……ちなみにあなた方が乗った銀河鉄道も誰かが創った世界の一つです」
「まあ俺もSF好きとしてそれを否定はすまい。でも……」
「以前私は穴をつなげる技術は管理していると言った。それは穴を開こうとする行動なり前兆があれば、たちどころに私の知るところになるということでもある。しかし今日彼女はなんの知識も予兆もなく突然自分の創った世界へ穴を繋げた。それもいくつも。これは驚くべきことです」
「あんたも驚くんだねえ」
「しかも本人はそれに気づいていない。穴は開けたら閉じる。それがルール。当たり前のことです。その意識のないものが無意識に穴を開けはじめるなど、それはもう驚きを通り越して恐怖です。放っておいたらこの世界中穴だらけになりかねない」
「世界滅亡の原因がやっとわかったってわけだ」
「最も恐れているのは能力の暴走です。本人に認識させるのが一番なのでしょうが、考えるな、と言われたことを人はどうしたって考えてしまうものです」
「じゃあどうしろって?」
「このことを彼女に知られずにゲームを作り続けるしかないでしょう。そして納得する結末へ導くのです」
「随分とアバウトなことで」
「私は彼女が繋げた穴を全て観察しました。そして分かったことは、彼女が繋げられるのは、あくまで今のところ、一つの世界だけということ、そして穴は彼女の気が済めば閉じるということです。少しややこしい話になりますが、彼女の創った世界は、創られた時点から彼女の空想とはもはや別物です。しかし互いに影響を及ぼし合います。彼女の創った世界の有り様は彼女の空想に影響を与えるし、無意識の神である彼女は気に入らない部分があればいくらでも作り替えることが可能です。先程も申し上げたとおり、それ自体は誰もが無意識にやっていること。しかし彼女が今考えているのはただ都合のいい空想ではない。ゲームのシナリオなのだ。世間に発表はしないといっても、それは辻褄の合った、人を楽しませるものでなければならない。もしある場面で納得するストーリーを思いつかずに諦めてしまったとする。別の展開を思いつき、それについて未練が全く無くなったならば穴は閉じるかもしれない。しかし彼女の中で思いつけなかったという思いがくすぶり続けたら、思いつくまで、もしかしたら彼女が死ぬまで、恐らく穴は開きっぱなしになるでしょう」
「つまり……俺達はあの子の想像を補うために送り込まれた?」
「あなたは見かけより頭が切れる。あなた達は本当に見事に穴を閉じてくれました。彼女に気付かれずに彼女を満足させ穴を閉じる。そのための方法としてあの世界を知っているあなた達は非常に有効です」
* *
寝不足らしく、第一回シナリオ会議のあと、使い物にならなくなった三人を見ながら、ね子は動き始めた世界のことを考えていた。
『千年に一度の猛暑になるでしょう』
テレビの天気予報はそう言っていて、本宅からは甲子園中継の興奮したアナウンサーの声が聞こえた。
彼女は大きな欠伸をして
「私達の戦いはまだ始まったばかりだ」
そうノートに書いて一人で笑った。




