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もし私が神なら  作者: 福竹
夢のような何か
14/42

天頂にあるはずのもの/穴の底にあったもの

 なんという戦いを、僕らは彼にさせ続けて来たんだろう。アクションゲームだからと細かい設定もあやふやなまま、何の特にもならない挑戦は、すべて痛々しいまでに真っ直ぐな彼に甘えたものだった。自分たちを包む雲の向こうにとことん理不尽な敵の気配を感じながら、芳生は自分を振り返りながら走る勇者だけを見ていた。

 それでも頂上のゲートをくぐることができれば――。しかしもう頂上までいくらもないはずなのに、ゲームの中に創ったような金色に輝く入り口の気配は一向に感じられなかった。


「あっ」


 その声とともにディーの姿が濃い雲の中に消えた。すぐ後ろを走っていた芳生にもすぐその理由が分かった。滑落したのだ。幸い落ちたすぐ下が段差のようになっていて二人はそこで止まったものの、岩に打ち付けられた二人は呻きながらのたうち回った。


「いつの間にか頂上を越えてしまったのか……?」


 見上げても濃い雲で足を踏み外した場所すら見えなかった。なんとか立ち上がった二人を今度は激しい風が襲った。芳生は硬い斜面に再び打ち付けられた痛みに耐えながら目を閉じてただ風が止んでくれることを祈るしかなかった。すぐ側で風に飛ばされた岩が砕ける音がした。渦を巻く大気に浮きそうになった身体をディーが抱きしめて止めてくれた。

 少なくとも一人ではない。そう思ったとき風は切り裂くような音の余韻を残しながら弱まった。

 目を開けた芳生は、寝っ転がった体勢のまま丸い穴の向こうからまっすぐこちらを見ている敵と目が合った。そして彼らがすり鉢状の穴に落ちていたこと、雲は全て吹き飛んでしまったこと、それをした風がドラゴンの羽ばたきであったことを知った。

 自分に覆いかぶさったままのディーの背中を叩いた。頭を振りながら起き上がったディーは芳生が指差す方とは真逆の方向を見てつぶやいた。


「あれがそうなのか?」


 芳生が抱いた希望は振り向いた瞬間にして砕けた。


「しっかりしろ! あれは煮えたぎったマグマだ!! ただの溶けた岩です!! それよりアレ、アレ」


 絶望がこちらを見ている今、落ちた先が火口だろうと地獄の入り口だろうと大した問題ではなかった。そこに天国につづく門がない限り。

 ディーは上を見たがそれでも冷静に言った。


「行こう。天国の門は黄金色に輝いていると聞く」


「ムリデス。僕不死鳥じゃないんで」


「ここまで来たらドラゴンに焼かれるかマグマで焼かれるかの違いさ」


「……君は本当に勇者だな」


 ドラゴンが大きく息を吸い始めると同時に二人は最後の跳躍をした。『上はドラゴン下はマグマこれなーんだ』落ちながら頭にそんななぞなぞが浮かんできて、芳生はやけになって笑った。


* *


 再び穴を下り始めてからどれくらい経ったのか。

 壁はすっかり輝くことをしなくなった。完全な闇の中でぼんやりと光る百鬼夜行の群れは集まって銀河のようだった。もはや敵を相手する余裕は無かった。もう戻ることは出来ないのかもしれない。そう思うほど夢の国への思慕は強くなり、ひときわ明るいその中心に向けて、春とナデシコは一対の流星となって落ち続けていた。


「あれは!」 


 二人は同時に声を上げた。

 幾千の光の隙間から、その背後で脈打つように光る何かが見えたのだ。何光年も先なのかもしれないと諦めかけていた目指す場所が現実味をもって目の前にその姿を現し始めた。

 目の前の敵だけを最小限の攻撃でかわしながら、やがて二人はそれが地中に埋った巨大な卵のようなものであることに気付いた。

 地面が近い。それがわかっても速度を緩めることはもうできなかった。ほとんど無理矢理に方向を変えた二人は歪な二重螺旋を描きながらその卵のようなものを掠めた。

 春はそんな大きなものを間近でみるのは初めてだった。彼女はいつものように大雑把に見積って「下手すると高崎市くらいあるんじゃないかしら」とか「東京ドーム二万個分くらいね」などと思った。

 卵の表面は醜い吹き出物のようなものでびっしり覆われていた。それらは卵が光るごとにうごめき、あちこちで膿のようなものとともに魔物を吐き出した。

 夢の国などなかった。でもこれが元凶だ。春はナデシコと視線を交わした。彼女は泣いてはいなかった。ただ頷いて上を指さした。


「覚えてやがれーーーーー!!!」


 悪党のような台詞とともに春が吐き出した光の柱は、敵だらけの空間にこれまでの中でも最も太い穴を開けた。砕かれた敵は闇の道を通って上へ登り始めた二つの彗星の尾のように広がって、また闇に消えた。



* *



「熱! 熱! 熱……くない。むしろぬるい」


 マグマにしては粘度の低すぎる液体を闇雲にかきまぜたあと、芳生は自分が数時間前にくつろいだ離れの風呂桶の中にいることに気付いた。

 一気に力の抜けた身体を湯船に預けて、さっきまですぐそばに居た絶望と相棒のことを考えた。

 彼は天使に会えただろうか? きっと会えたに違いない。それがあのゲームのエンディングなのだから。その後は作っていないけれど、彼ならきっと上手くやるだろう。


「あーー……楽しかっ……た……」


 湯船の中で服のまま一人で死んだふりをしてクスクスと笑った。体にまとわりつくTシャツもパンツも嘘つきの紳士さえも今は全て楽しく思えた。

 上はドラゴン下はマグマ、彼にとってその答えは”冒険”だった。


* * 


 ついに穴から飛び出した二人の後から、追いかけてきた魔物の群れ溢れ出た。ナデシコは春の手を引いてまっすぐ太陽を目指した。すると追跡者達は噴水の水が重力に従って落ち始めるようにばらばらと崩れて、穴の中やその周りの森のなかに落ちていった。

 遥か上から見る大穴アマトは、ゴルフのグリーンに開いた穴のように見えた。穴の周りは緑一色の樹海で、更にその周りをくるりと山が取り囲んでいた。それは大昔に大きな隕石が落ちてできた地形なのかもしれなかった。

 どこから出てきたのか、二人の足元ではもう他の巫女たちがその魔物たちと戦いを始めていた。


「ああーこれ絶対怒られる。怒られるなんてものじゃない」


「大丈夫かな。すごい数連れだしちゃったけど」


「それは平気よ。最後までついて来たのは小さい奴らばっかりだったし、皆あなたほどではないにせよれっきとした巫女なんだから」


「……実をいうと私巫女じゃないのよ。臨時の助っ人っていうか……」


 そう言って春は初めてどうやって戻ればいいのだろうと心配になった。


「そうなの? あなたなら伝説級の巫女になれるのに」


「それも悪くないかもね」


 緊張の糸が切れた二人はお互いのぼろぼろになった衣装を見て笑い合って、仲の良い鳥のようにお互いを追いかけてしばらく飛んだ。


「でも確かにあなた巫女って感じじゃないわ。あなたみたいなのがいたら、あの静かすぎる神殿も賑やかになっていいとは思うけど」


 言いながらナデシコは汗と埃で野山を転げまわった子供のようになった春の顔を袖で拭った。


「あそこ行ったことある?」


 大穴から一筋伸びた道の先にある建物を指さした。遠目にも慌てているのがわかる巫女たちがそこから次々に飛び出していくのが見えた。春は首を振った。エンディング画面で最後彼女が鳥居をくぐって帰る先として見たことはあったが、そこで彼女が普段どういう生活をしているかは知らなかった。 


「私達は基本的にあそこで暮らして、穴から出てきてしまった魔物を退治して、そして死んでいくの。もし立派な功績を残せば――」


 ちょっと来て、という風にナデシコは春の手を掴んで急降下し始めた。彼女が連れて行ったのは、森の中の小さなやしろの前だった。


「いいところだねえ」


 手入れする者達が通るであろう細い道が前後左右に伸びていて、それぞれの道に神聖な場所とを区切る真っ赤な鳥居が建っていた。春たちが宝箱を見つけた場所のように上から太陽の光が射していた。たくさんの鳥の声がして、スズメが屋根の上に並んでいた。

 久しぶりに地面を踏んだ春は思いの外足に力が入らずによろけた。ナデシコはまるで分かっていたように支えると本殿に上る木の階段に座らせた。


「名を遺した巫女は、こういう風に祀られて死んだ後も会ったこともない人たちを守っていくの。別にそれが嫌っていうわけじゃないのよ。自分たちが世界を守っているという誇りがあるしね。ちなみにここは私のひいおばあちゃん」


「えっ。巫女って結婚できるの?」 


「できないよ。でも”儀式”として子供を生むことはあるわ。それももちろんある程度の功績のあるもの、つまり能力的に優れているものに限られるわけだけど」


「そういうのは嫌だね」


 それを聞いたナデシコは吹き出した。「言うと思った」といってから声を出して笑った。


「そういうことをはっきり言っちゃうような人は巫女には向かないわ。自分の使命を疑うことは神を疑うこと。重罪人よ」


「うーんそうか……私巫女ムリかも」


「やめておいた方がいいわね。ご飯抜き程度じゃすまないんだから。でも……かく言う私も本当は巫女失格なの。ここに来るとまるで自分のお墓を見ているみたいな気がしてしまうんだもの」


「それで一人であんな無茶をしたんだ? なるほどねえ」


 なるほどねえと繰り返しながら、春は滅多にないことながら考えた。自分が彼女にしてあげられることを。


「でも……この生活ももうすぐ終わるかもしれない」


「脱走? 手伝おうか??」


「違う違う。あなたあのデコボコ卵に亀裂が入ってるのを見た?」


「いや……キッタネーって思ってあまり詳しく見なかったデス……」


「まだ小さい裂け目だったけど、私達が通り過ぎる間にも広がってた。ねえあれから何かが生まれるとしたら……」


「絶対ろくなもんじゃないね」


「私はこれから見てきたこと全てを報告するつもり。結果として幽閉されて一生を過ごすことになるかもしれない。勝手に抜け出した者の言うことをどこまで信じてくれるかわからないもの。もし信じて貰えたとしても私はこれまでの守る一方とは違う戦いの最前線に立つことになると思う。それでも昨日までよりずっとマシよ。最終目標が決まったんだから」


「こいつは融通の利かないやつだ」そう思った春は逃げ場のない彼女のために更に考えた。二人は鳥の声のなかで揃って顔を下にむけ、見るとはなしに足元を見ていた。


「そうか」


 顔を上げた春は「か」の口の形のまま、しばらく時が止まったように動かなくなった。木々を囁かせる風が彼女の髪を何度か揺らした。

 彼女は思いついたことを一瞬忘れるほど驚いていた。

 社の正面にある鳥居、その先に自分の部屋があったのだ。さっきまで見えていた細い道の代わりに、台形に切り取られた彼女の世界があった。彼女は立ち上がってその側まで歩いて行った。


「どうかした?」


 ナデシコはただ春の顔を見つめていた。その顔を見るにどうやら彼女には見えていないらしかった。春は階段まで駆け戻ると彼女の手を取って言った。


「私は帰らなきゃいけない」


「ええ? 随分急なのね」


「でもきっとあなたを助けるから――待ってて!」


「期待しないで待ってる」


「それまで一人で変なことするの禁止だからね。本当に困ったときは……そうね…………」


 春は以前映画で見た”困ったときのおまじない”を彼女に教えた。それは少し長い言葉で、彼女がそれを覚えようとつぶやき続けている間に春は鳥居をくぐった。



 春は部屋に戻った。時計を見ると夜明けまでまだ少し時間があった。


「どいてよね。私これからドロのように眠るんだから」


 ちゃっかり戻ってきてベットを占領していた二匹の猫は不満そうな声を上げたが、ろくに目を開けることもせずに押しやられたそのままの場所でまた眠り始めた。


「そんで起きたら…………」


 身体が布団に沈み込んでいくのと同時に、春の意識はつなぎとめていたものがいっぺんに外れるように、まとなりなく混ざり合っていった。


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