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もし私が神なら  作者: 福竹
夢のような何か
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草食動物の心/夢の国

 心まで引きずり込むような闇を包む筒状の壁が急激にすぼまり始めると、先ほど突如現れた相方は敵も見えないうちから踊るように気弾をばらまきはじめた。”門番”の注意をそらす為なのだろうとナデシコは思った。しかし大蟹、彼女らが”門番”と呼ぶ者、が彼女の視界に入ったときその者の両腕はすでに吹き飛んでいた。狩る者は先ほど落ちていたよりも速く飛びながら放った気砲で狩られる者の胴体に大きな穴を開けると、崩れ落ちる相手を振り返りもせずそれが守っていた更なる穴へ飛び込んだ。


「イチボスなんかでグズグズしてられるかー!」


 壁はその先からぼんやりと桜色に発光しはじめる。初めて見る巫女は大抵その美しさに心を奪われるその中を笑いながら蜜蜂のように飛ぶ少女を、ナデシコはなぜだか少し怖いと思った。


* *


「ガッツーーーー!!」


「バクハーーーツ!!」


 麓で仲間になった自分よりも随分若い相方を、彼に教えてもらった掛け声と共にに引き上げたディーは、振り返って二十分ぶりの光を浴びた。


「ほら、ちゃんと外に出ただろ? こっちのルートの方が楽なんだって」


「まあ、何度も登ったことがあるというのは、嘘ではないようだ……でも、あんなにでかい蛇がいるなんて聞いてなかった!」


 カンテラと剣をしまいながらディーは言った。


「実際に見るとあんなにでかいとはね……」


「何だって?」


「いや……でもあんなの序の口だぜ? これから先も家くらいある蜘蛛だの理不尽にキレてる熊だの雪崩だの噴火だの目白押しだかんね」


「その、これから先、というやつのことなんだが……どこにあるんだい?」


 道と呼べるものはとうに途絶えて、断崖絶壁を登る途中に開いていた穴を通ってやったきた二人だが、その出口もやはり断崖絶壁に開いていた穴であった。

下を覗きこんだディーは途端に下から吹き上げる風によろめいた。


「下じゃなくて上を見ろ。つるが下がってるだろ?」


「もしあのいかにも心もとないやつのことを言ってるなら、確かにあるな」


「まず、空中に向かって斜めに飛び上がる。そんで空中で方向を変えて一回転しながらつるをつかむ。そしたらそれを伝って登っていけばいい。大丈夫、お前にはできると俺は知っているぜ」


「俺に対しての異常な信頼感はともかく……君の方は大丈夫なんだろうな」


「ヘーキヘーキ。ここの重力にはもう慣れた。まったく操作性良くつくっておいてよかったよ」


「? まあいい……ちなみにその後は?」


「つるの先あたりに大きな岩が浮いてるだろ?」


 穴の外も見ずに芳生はリンゴをナイフで真っ二つにしながら言った。


「…………本当に……どういった訳で浮いてるんだろうな」


「もちろん俺達の道になるためさ」


 ディーは芳生が投げてよこしたリンゴをかじった。それは酸っぱくて噛むとしっかりとした音がした。


「ま、いくしかないか」


 雲の隙間からまだわずかに見える集落はもう点の集まりだった。


「君は何で天国の門を目指してるんだ。死んだ家族にでも会いたいのか?」


 頂上にあるという門をくぐれば会いたいものに会える。いつからかそんな噂が広まって、山は恋人を亡くしたものの聖地のようになっていた。実際に会えたという話がないではないが、それは大抵悲しみで精神を病んだものの妄想だった。


「まあ……そんなところだね。…………ねえ、どんな夢だったの?」


「ん?」


「君がここに登るきっかけになった夢」


「……俺と同じくらいの歳の女の子がさ、ここの頂上で助けを求めて祈ってる夢さ」


「それだけ?」


「うむ」


「可愛かったんだ?」


「…………」


「思ったよりスケベドリーマー野郎だな君は」


 はるか遠くで二匹の鳥が追いかけっこをするように輪を書いてゆっくりと舞っていた。ディーは恥ずかしくてただそれをじっと見ていた。


「そんなスケベさんに教えておくけど、あの岩、鳥の卵があるから気を付けてね。もし割ろうものなら船くらいある親鳥が飛んでくるから」


「いやはや本当に……君に会えてよかったよ……」


* *


「ねえ、もう引き返そう?」


 ゲームでのラスボスを倒しても続く大穴に、春は先程の勢いをなくしていた。魑魅魍魎の数が目に見えて増し、これまでだったらボス級の大きさの個体もそこら中を漂っていた。


「私はもう少し行ってみる」


 壁のできた裂け目に、抱きあうようにして身を滑り込ませた二人は互いの耳元に語りかけていた。


「いくら任務だからって……」


「任務じゃないのよ」


 呼吸の落ち着き始めたナデシコはひとつ長い息を吐いた。それが深呼吸なのかため息なのか春にはわからなかった。


「あなたじゃないけど私才能あってさ。小さい頃から神童だの天才だの言われてた」


「けっこうなことね」


「でもいつまでたっても敵は尽きることがなくて、私おだてられ続けながらこのまま死ぬまで戦い続けるのかなって思うと、ときどきすごく寂しくなる」


「だからって自殺ダメ! 絶対!!」


「自殺じゃない。……私子供の頃からずっと思ってたことがあるの」


「聞こうじゃないか」


「ねえ、あなたは魔物たちはどうして私達と戦っているのか考えてみたことある?」


「うーん……」


 春は思い出そうとしてみたがすぐに諦めた。説明書を読まないタイプの人間だったし、それについて兄達に説明を求めることもしなかったから知っているはずがなかった。彼女にとってこれまでナデシコはテストの対象であって、何と、なぜ戦っているかというのはどうでもいいことだった。ましてやその敵など。


「……それはお前を…………食べるためさ!」


 言いながらくすぐるとナデシコは身を捩りながら短い間笑った。


「結局本当のところは誰も知らないのよ。巫女にとって戦うべきもの。それに疑問を抱くなんていうのはそれ自体あってはならないこと。これまでずっとそういう風に教え教えられて戦ってきたんだものね」


 春は何も言えなかった。


「私は、この穴の底に夢の国があるんじゃないかってずっと思っているのよ。彼らはそれを守るためにいるんじゃないかって」


 そこまでいうと一つ間を置いて、まあ追い出されただけかもしれないけどねと付け加えた。


「もちろん何の根拠もないただの子供の空想だけど……その思いを断ち切るために、私は穴の底を見てみたい」


 どうしようもなく抱きしめたくなって春はそうした。


「私も見てみたいな。夢の国」


「あなた夢の国って感じじゃないわ」


「あんたこそ、もし夢の国なんてなくても……泣くなよ」


 がんばる、とナデシコは言った。 


* *


 頂上手前、傾斜が緩やかになったところで一息ついたのもつかの間。芳生とディーはそこで身動きがとれなくなっていた。


「ちょっとした山くらいあるドラゴンが居るなんて聞いてなかったぞ!」


「俺だって知らなかったもん!! あとほんの少しなのに……」


 ここまでゲームでは崩れなかった足場が崩れたり、襲ってくる凶悪動物たちがより狡猾な攻撃を仕掛けてきたりと様々な差異はあった。でもまったく登場しなかった敵が出現するというのは始めてだった。

 いくら身体能力が人並み外れていたとしても、所詮人である限りどうにもならない。強い風と共に影に覆われたとき、振り返って見る前に芳生はそう思った。本能が絶望的だと言っていた。ゲームのお約束どおり、有無を言わさずドラゴンの口から放たれたエネルギー波のようなものの余波で、彼らはその巨大な生物の足元まで吹き飛んだ。逆にそれが敵の目から彼らを失わせ命はかろうじて繋がれたが、それだけでどうすることもできなかった。ドラゴンは彼らの真上で羽ばたきながらまだ探していた。見上げるそれにいつ踏み潰されるか分からない恐怖の中で出会ってからまだ数時間の二人は「死にたくない」とそれだけを同じように思っていた。

 やがてドラゴンは山の頂を中心にをゆっくりと右に旋回し始めた。それを見てディーは芳生をすぐ側まで引き寄せた。


「頂上に門はあるんだよな!?」


「ある、はずだけど……」


 見上げる先、頂上は雲に隠れて何も見えなかった。ドラゴンの出現とその恐怖で芳生の確信は揺らいでいた。


「突っ切るしかないな」


「僕は遠慮させていただきます」


「ずっとここにいるのか? それとも登ってきたあの急斜面を駆け下りて逃げるっていうのか??」


 空から見下ろす相手に対して身を隠し続けられる場所のないことも、空を飛べるわけでもない自分が滑落したら目も当てられないことになるだろうことは芳生にももちろん分かっていた。


「でも足が言うことを聞かないんだよ」


「あいつが山の反対側に回ったときにまっすぐ走るんだ。大丈夫。お前ならできると俺は知っているぜ」


 確かに紳士は『死なない』とは言わなかった。でもこれは決してサクサクなんかじゃない。彼はそう叫びたかった。しかし彼への恨みも助けを請う声もすでに何の意味もなさなかった。芳生は少し前は彼を励ますためだった言葉を信じた。


「よよよよし! おおおれもかかかくごをきききめたぜ!」


 二人は荷物もマントも邪魔なものは全てその場に捨てた。合図もなく走り始め、力を入れすぎた足が崩した足場に何度も転んだ。まっすぐと打ち合わせた軌道はドラゴンから少しでも身を隠すように右巻きの螺旋状に曲がっていった。そうさせる二人の心は足の早い肉食獣から逃げるガゼルときっと同じだった。


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