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もし私が神なら  作者: 福竹
夢のような何か
12/42

夢で呼ばれたから

 祖母が生きているころからずっとそうしているように、芳生は離れで寝泊まりしていた。日付が変わる少し前に大喜が家に戻ると、芳生は大喜のPCの上に鎮座している宝箱を開けて、情報屋の残していった数字だけが羅列された名刺を取り出した。


「これって……電話すればいいのかな……」


 あのとき大喜は嘘は言わなかったものの、知らぬ存ぜぬというスタンスを貫いた以上、こちらから連絡するのは相手の術中にわざわざはまりに行くということである、というのが製作所内で出された結論であった。それに紳士の話が本当ならばその連絡先はもう無効になっているはずだった。それでも”秘密の連絡手段”という響きは中学二年生男子の魂をくすぐり、一人になった今、彼はいよいよその好奇心を抑えきれなくなっていた。

 彼は自分のスマートフォンで二七桁の番号を入力した。三度間違いがないか確認し、後は発進ボタンを押すのみという状況まで来て彼は最後の逡巡をした。

 もしこれをあの紳士が知ったら……いや、どーせつながらなくてプープー言うだけさ。もしアイツが出たとしてもすぐ切るさ。

 彼はついにボタンを押した。いきなりファックスの受信音のような音がし始めて電話を落とした。拾い上げようとして画面に『通話中』と表示されているのに気付いた。そろそろと耳に当てたスピーカーから男の声がした。


「どちら様で」


「あ……えーと、ケチな人でしょうか?」


「いいえ」


「サーセン間違えまし――」


「私です」


 いきなり押入れの襖が開いて紳士が現れた。


「うわああああああ!!」


 人は驚いたときに本当にうわあと言ってしまうんだなと妙なことに感心しながら、芳生は受話器を耳にあてている紳士を見た。襖の向こうに彼の布団はなく、赤いカーペットが敷かれた部屋ちらりと見えた。彼の持つ受話器は蓄音機だとかモールス信号の機械みたいに旧式に見えたがコードも何もついてはいなかった。紳士がそれを内ポケットにしまうと芳生の電話からツーツーという音がし始めた。あんなに大きなものをしまったのに彼の服はちっとも膨らまんでいなかった。


「彼になにか?」


 後ろ手で襖をしめながら彼は言った。紳士の口調は朝に現れた時と変わらなかった。それでも芳生は怒っているに違いないと判断し言い訳を述べ始めた。


「お宝の礼でも言おうかと……まあちょっとした冒険心でして……てへへ」


 紳士は何も言わなかった。芳生は沈黙に耐えられず更に続けた。


「今作ってるゲームの音楽をつくってたんだけど行き詰まってしまいましてですね。やはりほら、製作者がワクドキしてないといいものなんてつくれないワケでしてタハハ……。それでまあ……あの…………」


「なるほど」


「分かっていただけましたか!」


「スリルに飢えてらっしゃる」


「いやあまり怖いのは嫌だけど」


「してみますか? 冒険を」


 突然ゲームのキャッチコピーのようなことを言い出した紳士の真意を図りかねて芳生は眉をひそめた。構わずに紳士はベストに下がっていた金色の鎖を引いて懐中時計のようなものを取り出すと、スマートフォンのようにいじり始めた。


「ゲームの完成のためならこの私協力は惜しみません」


 彼は今入ってきた襖をが開けた。そこには今度は荒野と青空の広がる世界につながっていた。部屋に乾いた熱い空気が吹き込んで埃の匂いがした。


「さあ。もうすぐ勇者が通りますので、彼についていくとよろしい」


「ゆーしゃ」


「大丈夫、冒険と言っても数時間程度の軽いものです」


「そんなスナック感覚で言われても…………死なない?」


「死なれたら私だって困るのです。あなたならサクサクでしょう」


「……ちょっとだけ覗いても?」


「どうぞ」 


 襖に手をついて首だけを出すと、熱風が頬をなでた。扉は赤い土と背の低い草ばかりの荒野の中に通った一本の道の真中にひらいているようだった。道と言っても転がっているのが岩でなく石と言った程度で、作ったというよりは長年の往来で自然に作られた溝のようなものだった。道はゆるやかに登っていて西部劇で見たような深く青い空とぶつかっていた。その先は下っているようで見ることはできなかった。

 裸足のまま一歩踏み出した足が妙な音をたてたので見ると、いつの間にかヘビーデューティーな革製のブーツで覆われていた。


「おお!?」


 部屋に残ったままの足は裸足のままで畳の感触もちゃんとあった。どういうことかと紳士を振り返ると


「裸足と薄い布の服で冒険というわけにもいかないでしょう?」


 何食わぬ顔でそう言った。芳生は試しに手だけを向こう側に伸ばしてみた。


「これは! 一昔前のオタクか自転車乗りにのみ装着が許された指切りグローブ!」


「今回の冒険には指先まで覆うものよりそちらのほうがいいはずです」


「か、かっちょええー!」


 芳生はついに両足を踏み出して振り返ると壁にかかっていた鏡を紳士に持ってこさせた。とくるくると回って見た自分の姿は旅人そのものであった。


「マントー! いいねえ旅人だねえ」


 肩から斜めにかかった小さな革製の鞄には紙に包まれたパン、チーズ、リンゴや薬瓶などが入っていた。


「その薬を塗れば、ある程度の傷ならすぐに治ります」


「いいねえそれっぽいねえ。おらワクワクしてきたぞ!」


「気に入っていただけてよかった。では健闘を祈ります」


 紳士はいきなり襖を閉めた。


「え……」


 襖を叩こうにももうそこには何もなかった。見たこともないほど高い山に続く道があるだけだった。目の前を回転草が転がっていくのを暫く見届けたあと、芳生はもう一度「え?」と言った。


「もしかして……罰ゲーム?」


 ゲームを買うとまず説明書を熟読するタイプの芳生は、改めて体中のポケットを探ったが、小さな折りたたみ式ナイフが出てきただけだった。


「もっとこう……剣とかさ……いやそういう問題じゃねーな…………」


 芳生は広げた持ち物を収められていたところに戻すと腰掛けていた岩から立ち上がって山を見た。


「まさかとは思うが、アレを登るとかじゃないよな……アレはポテチだのポッキーからは程遠いぜ。なんだよあの山」


 K2かよ! という突っ込みを笑う者はだれもいなかった。自分さえ笑えなかった。目の前の山をもし登るとしたらどう見ても、指切りグローブではなく防寒具、ナイフでなくピッケル、マントより酸素ボンベが必要だった。


「ま、勇者様をお待ちしますか」


「君もあの山に登るのかい?」


「うわああああああ!!」


「うわああああああ!!」


 芳生と彼の肩をいきなり掴んだ男はお互い五メートルほど後ろに飛び退った。自分の体がやけに軽く感じたがそれよりも相手の跳躍力を見て芳生は背筋に冷たいものを感じた。


「なんだよ!? びっくりするなあ」


「あ、あ、あんた勇者じゃないだろうな」


「ゆーしゃ? いや俺は単なる旅人でディーという者だが……」


「デー」


 芳生は目を手で覆った。それが自分たちの作ったアクションゲームの主人公の名だったからだ。


「君も天国の門を目指そうっていうクチか? ならやめとけよ。冗談でなく死ぬぜ」


「四人に一人くらい?」


「帰ってきたものはいない。死んじまったのか門をくぐったのかはわからないけど」


 芳生はがっくりと膝をついた。


「天国の門、か」


 そして確かめるために聞いた。


「天国の門なんて本当にあるかどうかもわからないじゃないか。それでも君はあの山に登ろうというのかい」


「ああ」


「人には辿り着くべきでない場所があるとは思わないか」


「それでも俺は行かねばならないんだ」


「なぜ」


「夢で呼ばれたのだ」


 交わされた会話はゲームの唐突な始まりと一字一句違わず、彼の目指す場所がこの冒険のゴールであることを芳生は確信した。


「あの似非紳士ィーーーーーー!!!」


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