拾われたねこ
開け放しの門を小石をふむ音を立てながらゆっくりと車が入って止まった。最後に車を降りた吉崎ね子は初めて踏んだ敷地をゆっくりと回りを見回した。家まで続く飛び石の脇には松や柘榴や柿の木が飢えられて、その向こうの家庭菜園ではねぎが夏の日にすこし干からびていた。
運転手の小此木大喜は帰省、というより寄生しに来た志塚芳生が持ってきた電子機器の入ったハードケースを慎重に持ち上げながら客である彼女を二件建っているうち大きい方の玄関へ促した。
「隊長、それ離れの方ね」
「おう」
「あっちの家は誰か住んでるんですか」
離れと呼ばれた小さい純日本家屋に向かおうとする大喜にね子が尋ねた。
「三年前までおばあちゃんがいたけど、今は勇者製作所兼芳生の宿泊所だね」
大喜がそれ以上説明するつもりがないらしく、ささ、どーぞと手で促すのでね子は工場でいらっしゃる、とだけ言ってややためらいがちに歩き始めた。
帰省に来たというわりには小さな荷物とお土産の入った紙袋をさげた芳生が、小走りに彼女を追い抜いて「ただいまー」と玄関を開けると二階から「ここはあんたの家じゃないわー!」という声がした。
開いた窓を見上げたね子と目が合うと声の主は「吉崎」とだけ言った。小さく手を振るね子にも怪訝な顔をして応えた。
彼女、小此木春は音を立てて階段を降りて来てもまだ訝しげな表情のままで「やあ」とだけ言った。
「こんにちは」
「何? どうしたの??」
「駅でお前のクラスメイトっていう子に会ったから連れてきた」
「まったくわからん」
「まず状況を整理すべきだと思うわ」
「こっちのセリフだ」
手を拭きながら現れた母親が居間にあげようとしたが、春はね子を手を引いて二階の自室に押し込んでドアを閉めた。
「余計なものは見ないでよろしい」
飾り気がないというよりは清潔を保つためといった風に一本に編まれた髪を左右に揺らしながら部屋を眺め始めたね子を座布団に座らせると、春は腕を組んでベットに腰掛けた。
「なんであんたが芳生に連れられてくるの? 知り合い?」
「芳生くんって名前なんだ」
「名前も知らないような奴についてきたの?」
「まあそうなるけど……でも一応知り合いっていうか、といってもまあ行きずり程度で……」
「行きずり!?」
「あれ、単語間違ったかな? ええとつまり何年か前に一度会ったことがあるのよ。お互いの読んでいた本について話をしただけだけど」
「へえ?」
「今日たまたま駅でばったり会ったら向こうも私のことを覚えていてね」
「だからってなんでうちに一緒に来ることになるのよ」
「ひょっとしてと思って訊いてみたのよ。小此木春って人と関わりがありませんかって。そしたらやっぱり親戚だって言って……そうしたらお兄さん? が、とりあえず車に乗んなって……」
「おっと……もう全然ついていけなくなったぞ……」
「ねー。まさか車に乗れとくるとは私も驚いた。でも事実をありのまま……」
「そこじゃない」
「どこだろうか」
「まず、なんでいきなり私の名前が出る」
「だって似てる」
「バカじゃないの!? あいつは本当に……オタクとかヒキコモリとかそういうカンジの……あまり関わりをオススメしたくないカンジなワケ。それと私のどこが似ているって?」
「顔」
「爪剥がすよ!!」
ね子は正座した膝の間に爪を隠した。
「……最大の屈辱ね…………まあそれは置いておくとしても……第二に、なんでよく知りもしない人間の車に乗る? なんでそういうことするの?」
[それは……」
「前から思ってたけど、あんたそういうところけっこう危ういのよね」
「そうなの? 私達それほど話したことなかったと思うけど」
「あんたは本さえ読んでれば満足で、どう見られようが構わないみたいなスタンスなんだろうけど結構他人は見てるもんなのよ」
「あらら」
「あんたがどんなにボケーッとしてたり、一人でニヘニへ笑っていてもみんな見て見ぬ振りしてくれてんのよ?」
「そんなのしてないって」
「してるよ! まったく……あんたが芳生の知り合いで、しかもアレと話の通じる人間だと知ってたら……」
「知ってたら?」
「もっと邪険に扱ったわ」
「もしかして、オー嫉妬」
「眼鏡のフレーム歪めるよ!」
春が右手を上げたので、ね子は両手で眼鏡を防御した。
「コンタクトにしようかな」
「そしたら目を突く」
「もうゴーグルしか……」
母親が麦茶とお菓子を持ってきたので話はそこで一旦途切れた。
ね子は防御の際についてしまった指紋をハンカチで拭き終わると、まんじゅうを片手に開け放しの窓の側に立って外を眺める春の、肩の線で切りそろえた髪の間から見える空を眺めた。
「あの人達休みになるとあっちの家に篭もりっきりでゲームとか作ってんだよ」
「あーじゃあ勇者製作所ってひょっとして」
「もうそれ聞いたの? そ、ネットでの彼らの名前。彼らの魂が住んでるのはあっちの世界なのよ」
「運転してた人、お兄さんなんだよね?」
「そういうことになってるけど、多分私は橋の下で拾われたのよ」
「そんなことないよ似てるもん」
春が右手をチョキの形にして上げたので、ね子は拳を握って防御した。
「まったく似てないし、私にゃあ彼らの会話も七割方理解不能なんだもの」
「私は特に不自由はなかったけど」
「でしょうね」
そう言って、春はのこっていたまんじゅうを口に入れ、結構きちんと味わった。
「小此木さんて、甘いもの好き?」
「好きだね」
「その割に痩せてるよね」
「それだよ」
「お、やはり何か秘訣が」
「その話の飛び方が、まったくあいつらと同じなんだ。あんたたちがおかしいっていう話からどうして私の話になっちゃうの?」
「自然な流れだと思ったけど……」
振り返って春は真面目な顔をして言った。
「悪いことは言わない。すぐ家に帰ってあの人たちとはもう関わらないようにしな」
「どうしてそこまで……」
「すごく嫌な予感がするのよ……このままだと何か……よくないことが私に降りかかりそうな気がする」




