バイトをしたがった花
超能者の診察を引き受けると宣言してしまってから1ヶ月。遠山病院には、至極まっとうな時間がながれ、超能力の超の字も耳にすることなかった。梓に乗せられて超能力者の診察を了承してしまい、これからどんなに大変になるのだろうかと戦々恐々としていた遠山は少し拍子抜けしていた。しかし、災難は忘れた頃にやってくるものである。
梅雨前線なるものの影響でジメジメと雨が降り続ける中、睡蓮が遠山病院を訪ねてきた。パシリと傘を閉じてた睡蓮の顔には、決意のようなものが感じられた。
「遠山先生にご相談があるのですが。」
受付にいた菖蒲は、睡蓮の突然の訪問に全く驚く様子を見せなかった。
「で…。二人して勤務中の俺になんのようかな?」
菖蒲と睡蓮は診察室に入ってくると遠山の前に立ち並んだ。二人に上から見下ろされた遠山は嫌な予感しかしなかった。
ーくそ、こいつら手を組んで何をするつもりだ?
「先生にお願いがあってきました。」
睡蓮が説明した。菖蒲は睡蓮の横に立って、遠山をじっと見つめている。
「なる程。で、鈴木さんは、どうして笹山さんの隣に立っているのかな?」
「菖蒲さんは、私が今回のことを相談したら
力になってくれるとおっしゃって下さったんです。」
「ほう。具体的にどう力になるのかな?」
「勿論、先生を説得する手助けです。」
そう言った菖蒲の背後には、炎のようなオーラが感じられた。端っから、強制的に言うことをきかせるといった雰囲気であった。
ー怖い。怖すぎる。
「お前、そういうのは説得じゃなくて命令っていうんだぞ。」
「何言ってるんですか。まだ、何もしてないじゃないですか。」
菖蒲は凄みを利かせた声でしらを切った。
「態度に出てるんだよ。」
ー全く。顔は可愛いのに。
「で、君達の命令は何だ?」
少し躊躇した後、睡蓮は決心したように切り出した。
「私を...私をここで働かせて欲しいんです。」
遠山は一瞬思考が停止してしまった。
「は?」
思わず聞き返した遠山に睡蓮はもう一度説明しようとした。
「私をここで...」
「いやいやいや。二度も言わなくていい。別に聞こえなかったわけじゃない。あまりにも馬鹿馬鹿しいから思わず聞き返しただけだ。」
そう言って、適当にあしらおうとすると、睡蓮は遠山をジッと見つめてきた。
「馬鹿馬鹿しくなんかありません。私は真面目にお願いしているんです。」
「・・・。本気で言ってるのか?」
「本気です。」
「で、鈴木さんも、彼女がここで働くことに賛成なのか?」
「勿論です。」
「・・・。」
面倒なことになったと思いつつ、遠山はとりあえず話だけでも聞くことにした。
ー少しは検討する素振りを見せないと、鈴木さんに怒られちゃうからな。
「はぁ。じゃあ、とりあえず志望理由を教えてもらおうかな。」
睡蓮は診察室の椅子に腰かけ、菖蒲は遠山の後ろに回った。
ー前にもこの光景を見たな。くそ、後ろからのプレッシャーが半端ない。
「私は、遠山先生のおかげで学校で友達を作ることが出来ました。まずはお礼を言わして下さい。ありがとうございました。」
睡蓮は座ったままぺこりと頭を下げた。
「それはめでたいが、俺はなにもしていない。」
「そんなことは無いです。先生のお言葉が私に勇気をくれたんです。」
睡蓮は目を閉じ、祈りを捧げるように手を組んだ。
「世の中には、花の美しさを理解できない人がいる、妬む人だっている。辛いことだ。そして、この世界には、そんな辛いことが五万とある。醜い世界だ。でも、こんな醜い世界にだって美しいものがある。君のような純粋な人間だ。そして、君のことを理解してくれる人間だ。この世界はこの上なく醜くて、そして、同時にこの上なく美しい。そのことを心に留めておいてほしい。
追伸
俺と鈴木さんは、もう君の友達だ。」
睡蓮は、遠山があの時渡した手紙の内容を一語一句違えずに諳んじた(そらんじた)。
「よく覚えてるな、あんな長ったらしい文章。」
「何度も読み返しましたから。」
睡蓮は天使のような笑みを向けてきた。
「そんなに良いものじゃないぞ。暗記するなら、もっと役に立つものを覚えなさい。」
ー変な手紙書くんじゃなかったな。
「まあ、手紙のことは置いておいて。友達が出来たのなら、こんな錆びれたとこにいないで、友達と青春を謳歌しなさい。」
遠山は軽くジャブを打ってみた。
「そうは、いきません。私は、私や菖蒲さんと同じ悩みを抱えている人の役に立ちたいのです。」
渾身のストレートが帰ってきた。
ー役に立ちたいか。これは、鈴木さんが断るのを許しそうもないな。
「しかし、この病院の仕事は、俺と鈴木さんで手に終えてるし…。」
最後の抵抗を試みる。
「それなら問題ありません。睡蓮ちゃんには事務の仕事をやってもらいます。正直、人手が足りなかったので。」
カンカンカン。KO。睡蓮、菖蒲ペアの勝利。
結局、遠山は睡蓮を雇うことを承諾した。とりあえず、親の承諾書が必要なので、今日は特に何もせずに睡蓮は家に帰った。
「良かったんですか?彼女を雇って。」
唐突に菖蒲が尋ねてきた。
「良かったのかって。君が薦めたんじゃないか。」
遠山は食って掛かった。
「でも、最終決定権は先生にあります。私がどうしても反対するなら、辞めさせることだってできる。でも、先生はそうしなかった。」
「そんなことしたら、あの女がうるさいだろ。」
「梓さんのことだって、別にどうにかしようと思えばできるはずです。若手スーパードクターとして名を馳せていた先生なら、他にも支援してくれる人がいるはずです。」
「・・・。」
「先生はお優しいんですよ。」
そう言って、菖蒲は遠山に微笑みかけた。
ーったく。いつも、それぐらい優しくしてほしいよ。