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人を助けたかった花

 ゴールデンウィーク。世間が休みムード一色の中、遠山病院はいつも通り営業をしていた。別に、遠山は、休みの日に病院が開いてなくて困っている人を助けよう、などと殊勝なことは考えてはいなかった。パトロンからの厳命だったのだ。

ーくそ。

「ほら。何さ、そんな辛気臭い顔して。折角のゴールデンウィークなんだから、もっと楽しそうにしなさいよ。」

 そう言って、赤いワンピに白いシャツを着た派手な金髪美女が、遠山の頭をポカッとゲンコツで殴ってきた。

 女の名前は、神薙かんなぎ あずさ。名字から推測できた人もいるだろうが、梓は、ここ神薙町では、かなりの名家で知られている。今でこそ、大きな屋敷と、神薙高校の裏手にある大きな森を所有しているだけであるが、この辺一帯は元々、神薙家の持ち物だったらしい。

「誰のせいだと思ってるんだ?誰の。あんたが、ゴールデンウィークでも病院を開けとけっていうから、こうして働いてるんだろ。」

 遠山はむくれて言い返した。

「ほう?あんた、この私にそんな口きいていいのかい?別に今すぐお金を返してくれたっていいんだよ?」

「うっ。」

 遠山は梓の言葉に、思わず言葉を詰まらせた。

「何の後ろ盾もないのに、27歳の若さで開業医になれたのは誰のおかげだっけ?」

「俺の卓越した才能のおか…」

 言い終える前に、梓が携帯を取り出した。

「あ、私。そう。遠山病院への融資の件だけど…」

「あー。すみません。あなた様のおかげです。こんな、なんの取り柄もない愚民が開業医をやっていけているのは、一重に梓様のおかげでございます。」

 遠山は慌てて媚びへつらう態度を取った。遠山は、去年まで勤務していた大学病院を辞めてこの病院を開く際、梓から多額の融資を受けていた。勿論、借りたお金は返す予定ではある。いつとは言えないが。病院を開くには、設備費や土地代などなど、多額のお金が必要となるのだ。医者とはいえ、26歳では、そんな資金は到底用意できない。大体、医者という職業は、世間一般の人が思っている程もうかるものではない。最近では経営難に悩む大学病院だって少なくはない。

 つまるところ。遠山は、梓に全く頭が上がらないのだ。

「ふむ。では、私のお願いごとをきくことも、やぶさかではないよな?」

「勿論でございます。」

「私は、ゴールデンウィークに風を引いても、病院が開いていなくて診察してもらえない。そんな可愛そうな人たちを救いたいのだ。協力してくれるよな?」

「はっ。遠山 未来、神薙町の人々の健康のため、誠心誠意務めさせていただきます。」

 必要以上に芝居がかった返事であったが、梓は満足したようだ。携帯を閉じてポケットにしまった。そして、人差し指で遠山の顎をクイッとあげ、艶めかしい目で遠山を見つめた。

「いい子ね。」

ー梓の花言葉は「気取らない魅力」だったかな?これじゃあ、魅力丸出しじゃないか。

「ところで、最近猫と話すことのできる少女に会わなかったか?」

 唐突に梓が質問してきた。指は遠山の顎を支えたままだ。

ーやっぱりこいつか。

 遠山は再度、大きなため息をつくと、梓の人差し指をどけた。

「やっぱり、あなたがこの病院を紹介したんですね?この病院では特殊な患者を扱っているって聞いてやってきたとか言っていたので、そんな気はしていましたが。」

 確認しておきたいが、遠山は一度だってそのことを宣伝文句にしたことはない。

「ばれたか。」

 そう言って、梓はペロっと舌を出して、コツンと自分の頭を叩いた。

「そうやって、可愛い仕草で誤魔化さないでください。」

「可愛い~?うれしいな。未来君。私のことそんな風に見ててくれたんだ。」

 そう言うと、梓は遠山に抱き付いてきた。背後で菖蒲の殺気を感じた遠山は、しなだれかかってくる梓を抑えつけた。

「止めてください。可愛いのところは社交辞令で、重要なのは誤魔化さないでってところです。」

「えー。未来君つれないなー。」

 梓が腰を振りながら、ぶりっ子のような声を出した。

「つれなくて結構。で。あなたが、あの少女にここの病院を紹介したんですよね?」

「その通り。ちゃんと治療してくれた?」

 梓は腰を振るのを止めて、真剣な表情で聞いてきた。

「何も。治療なんてしてないですよ。これまでだって、ああいった特殊な患者に対して、治療なんてしたことは一度もありません。」

「そんなことはありません。」

 ずっと、書類の整理をしていた菖蒲が突然会話に参加してきた。

「鈴木さん。」

 驚いて、二人が見つめると、菖蒲は少し頬を赤らめた。

「せ、先生はちゃんと彼女たちを救ってきたと思います。何もしてないなんてことはありません。」

「ふーん。菖蒲ちゃん。未来くのこと好きなんだ?」

 梓の言葉に、菖蒲は手にしていた書類をバラバラと床に落としてしまった。

「そっ。そんな訳ないじゃないですか。」

 慌てて書類を拾いながら反論する。顔は真っ赤になっている。

「わー。可愛いなー。」

「うちの看護師をからかわないでください。菖蒲と俺が彼氏彼女の関係とかありえませんから。」

 遠山がフォローのつもりでそう言うと、菖蒲は顔を曇らせた。しかも、床に落とした書類をまとめると、スクッと立ち上がり、何故だか遠山に怒りの視線を向けてきた。

「ええ、そうですよ。梓さん。私はこんな人好きでもなんでもありません。」

 そう吐き捨てると、菖蒲は診察室を出ていってしまった。

ーなんだ、なんだ?なんであんなに怒ってるんだ?

 遠山は意味が分からなかったが、とりあえず菖蒲の癇癪については後回しにすることにした。

「で、なんでなんだ?」

「何が?」

 遠山の質問に、梓は何もわからないといった感じで聞き返してきた。

「何がじゃない。なんで、俺のところに、超能力者をよこすんだ?いいか、俺は超能力に関してはズブの素人だし、カウンセラーでもない。俺には、彼女たちをどうすることもできないんだよ。」

 遠山は少しむきになって食って掛かった。

「だから。何が問題なのか聞いてるの。」

「何がって、だから…」

「超能力者の素人だから?そんなの専門家なんているわけないじゃない。相対的に見れば、あなたはどちらかというと詳しいほうじゃない。実際に、超能力者に会って、話をしてるんだから。」

「でも、俺にはなにも…」

「それに、あなたはカウンセラの資格は持ってないかもしれないけど、確かに彼女たちの心を癒してきた。違う?」

「それは、結果的にそうなったかもしれないが。」

 遠山は全く言い返すことができなかった。そして、その理由もわかっていた。

「あなたは、別に自分に力がないとかそんなことを考えているんじゃない。ただ、間違えて彼女たちを傷つけてしまうことが怖いだけよ。」

 そう言った、梓の目には涙が浮かんでいるように見えた。

ーそう。怖いんだ。俺は…。もう、俺の考えなしの言葉で人を傷つけたくないんだ。

「あなたが前にいた病院でつらい思いをしたのは知ってる。でも、お願い。私に力を貸して。あなたも知っての通り、この街では最近、不思議な力に目覚める少女たちが増えている。理由はわからない。でも、それによって傷ついている子達がいるのは事実。私は。、私はそんな子達を助けてあげたいの。そして、あなたにはその力がある。」

「俺にはそんな力。」

「あるわ。」

 遠山の弱々しい反論を梓はスッパリと切り捨てた。

「あなたには、その力がある。私は、そう信じている。…。でも、本当にあなたが、もう超能力者に関わりたくないっていうのなら、もうあなたを紹介するのは止めるわ。」

「それは…」

「心配しなくても、今すぐお金を返せなんて言わないわ。」

「…」

「でも、もう一度よく考えて。傷ついている人がいるってわかっていて何もしないことが、どういうことかってことを。」

 はあ。遠山は大きなため息をついた。

ーそれは、人を傷つけているのと同じ。俺は、それが嫌だから医者になったんだ。

「ああもうっ。わかったよ。引き受ける。俺が超能力者のお嬢さん方を診察してやる。」

ー言ってしまった。もう後戻りはできない。

 そう思いながらも、遠山は何だか少し、スッキリした気分であった。


 

 

 

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