ダイジェスト2
夜摩天が浩介に伝えたのは『嘘』のごく一部だ。
これは浩介には伝わる事のない、 少女の、小さな小さな嘘……
少女の一日は、本を読むか白い天井を見つめているかの二種類が主である。
長い入院生活の影響なのか、読んでいる本がどんどんと大人びていく。その原因を作っていたのが、隣の患者である『御堂浩介』の母親だった。
浩介と初めて出会ったのは、その母親を見舞いに来た時だった。その時は騒がしい男の子という印象だった。なにせ、毎回の様に少女のために病院に足を運んでいた兄と喧嘩をしていたから。
喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったもので、この二人は本当に仲良くなっていく。少女に対してとても優しい二人。少女が浩介に恋心を抱くのにそう時間はかからなかった。 同じように、浩介も少女の事を特別だと思い始めていた。だが、それが恋かどうかまでは理解出来ず時を過ごす。
何度も入退院を繰り返していたが、突然少女の健康状態が落ち着き始めた。それは少女が四年生、浩介と兄が五年生の春だった。
殆ど学校に顔を出す事がなかった少女は注目の的になっていく。心配になった浩介は、何度も少女の教室へと足を運んでしまうが、それが原因で少女は男子達にからかわれてしまうようになってしまった。
『上級生の彼氏がいる』
良くも悪くもまだまだ子供。仕方がないと言えばそうなのだが、少女は長い入院生活の影響で、周りの子供達とはあらゆる面で違いすぎていた。
冷やかされて『恥ずかしい』とは感じない。小馬鹿にする男子に『怒り』も感じない。
明日死んでしまうかもしれない。3時間後、自分はこうして呼吸が出来ているのかどうかも分からない。いつもそんな事ばかりを考えながら生きてきた少女はこう思う。
自分は深く人と関わってはいけないのだと。
そんな少女の思いとは裏腹に、浩介が少女に告白をしてきた。
少女の心臓はこの先の人生を使い切るかの様に激しく脈動する。
そう、とても嬉しいのだ。例えそれが迷惑をかけたお詫びだったとしても……
少女は浩介よりも浩介の事を理解しているつもりだった。確かに自分に特別な感情を持っていてくれているのは分かる。でも、それは恋心というよりは兄弟愛みたいなものだ。 だから、少女は嘘をつく。もっと自由でいて欲しいから……
少女は左胸の前で強く手を握り、溢れ出てくる涙を堪えながら口を開いた。
「私も浩ちゃんの事が好き。大好き! でも、それは家族愛みたいなものだと思う。周りに流されてこんな事を言うのは浩ちゃんらしくないよ?」
少女は『大好き』に自分のすべてを詰め込んだ。だからもう大丈夫。自分勝手なのは分かっている。でも、これだけは譲れなかった。
後は浩介が次の恋に早く出会える事を祈るだけ。その手助けになる様にと、浩介にお願いをする。それが呪いの言葉の如く浩介を変えてしまうのも知らずに……
「浩ちゃんはいつも私を助けてくれる私のヒーローだけど……私だけじゃなくて、沢山の女の子を助けるヒーローになればいいよ。沢山の人と触れ合って、沢山の人を好きになるの。漫画のようにハーレムを作っちゃえばいいんだよ!」
少女の言葉を聞いた浩介は笑い飛ばしながらも、少しだけ悲しそうな顔をしていた。
そして少女も笑顔を作りつつも、心の中は荒れていた。
本当は今すぐにでも飛びついて抱きつきたい。自分だけのヒーローでいて欲しい。兄とは全く違う意味で本当に『大好き!』
そう思えば思うほどに、胸が痛くなっていく。この痛みを取り除くたった一つの方法。 『本当の思いをぶちまける!』
だけど少女は違う道を選んだ。
わざと意識がなくなたように、フラッと倒れ込んだのだ。違う痛みで苦しんでいる左胸を押さえながら。
浩介は慌てて救急車を呼んでもらうために職員室へと向かう。
浩介は人が倒れた時にするべき事を知っていた。騒いでも、そばに寄り添っていても何も変わらない。やるべき事をしてから、相手の手を握るなりなんなりするんだと、自分の母親で学んでいた。
病院に運ばれた少女は、またいつもの白い部屋に逆戻りしてしまったが、これは少女が望んだ事でもあった。
お見舞いに来た浩介は、自分が告白したせいで負担をかけてしまったと思い込んでいた。 少女は浩介がこうなる事を予測してた。そして浩介に伝える。
「私が倒れた時の記憶があまりないの。浩ちゃんと何か話したのは覚えてるけど、何を話したのかまでは……ごめんね」
浩介は本当の事を思い出させる必要はないと、適当にごまかしたが、それも少女は予測していた。
そして、浩介に残ったのは、少女に言われた『沢山の人を助けて、沢山の人を好きになる』という少女の望みだけだった。




