其の六
暗い、暗い通路を歩く一人の少女がいた。
その通路の脇には一定間隔に蝋燭が並べれれている。
少女が蝋燭の横を通り過ぎると、ボワッという音と共に火が灯っていく。
最初はそれに驚いていた少女だったが、そういう仕組だと分かると心構えが出来るというものだ。
少女の手には、河原で拾った珠が握られている。最初は何気ない石に見えたのだが、何故かそれが自分を呼んでいる気がしたのだ。
無言で歩みを進める少女。
どれほど歩いたのだろうか? そんな事を考えていると、視線の先に通路の終わりであろう大きな扉が見えてくる。
だからといって、駆け出す訳でもなく、同じ速度のまま進んでいく。
ようやく辿り着いた少女は、扉に手を添えると、大きく深呼吸をしてから、扉を押した。
重そうな扉だったが、少女を待っていたのか、それほど力を加える必要もなく迎え入れてくれる。
扉の先に広がっている空間の先には一人の男が立っていた。
真っ白な長い髪に、抱きしめると折れそうな細い身体、手には辞書の様な分厚い本を持っている。
女性にも見えそうな風貌だったが、少女は何故かそれが女性ではないと理解出来た。
「ようこそ、紅林真美。……では、これよりお前の罪を教えよう」
風貌に似合わない低い声が響き渡る。
男の名は夜摩天。
死んだ人間の魂に、次の行き場所を告げる神。そして、生前の罪を伝える地獄界の王。
真美は、凛とした目で真っ直ぐ夜摩天を見つめている。
「紅林真美。――お前の罪は…………」
真美はそれを聞かなくても自分で理解していた。
(そう。私は罰を受けなければいけない。浩ちゃん……ごめんね)
浩介の顔を思い出した真美は、思わずフッと笑顔になる。
ここがそんな場所ではないと分かっているはずなのに、それでも浩介の前では笑っていたいという願いがそうさせている。
「では、私の前に来なさい」
夜摩天に呼ばれた真美は、言われた通りに前に立つ。
夜摩天は真美のおでこに手を置くと、小さな声で呟く。
「オン・エンマヤ・ソワカ」
添えた手が白く発光すると、真美を包むように広がっていく。
意識が遠くなっていく真美は、珠だけは手放さないよう握っていた手に力を込める。
夜摩天の手の光が収束していく。
そして光が完全に消えた時、前に立っていたはずの真美の姿も消えていた。
●
浩介はいつもの様に朝から桃華達と一緒に過ごしている。
今日も携帯ゲーム機を手にしながら、神の子供達の相手をしている。
今回の相手は桃華だった。
「これはキャラメイクっていうんだけど、まぁそれはいいや。この前、桃華の身体に起こった異変はこんな感じだと思う」
そう言って、パラメーターの振り分けポイントを消費しながら説明していた。
「これが、普段の桃華だ。力特化で、その次が防御って所か……おっと、術防御が高いんだったな……まぁこんな感じ」
と現在の桃華を数値化して見せてみる。
「何これ? 全く分からないんだけど?」
「あぁ面倒くせぇ! 要するにお前はパラメーターのポイントを自由自在に振り分ける事が出来るんじゃねぇかって事なんだよ!」
「だからっ! それが分かんないって言ってるんでしょう!」
桃華は浩介に顔を近づけると、大声で怒鳴りつけた。
頭を掻きむしりながら「あぁぁぁぁっ!」と悶えている浩介を、ご愁傷様という目で吉祥天が見つめている。
「物凄く簡単にいうぞ?」
「最初からそうすればいいのよ」
「くそっ! 何か腹立つが、まぁいい。――あの時、お前の力が速さに、防御全般が技量? に変わったんだよ!」
「そ、そんな事が出来るのか」
思わず持っていた煎餅を落としてしまう程に驚いた桃華の顔を見て、浩介はガックリとする。
「……自分の身体の事だろうが。まぁ、本当の所は知らん。知らんが、那由多から聞いた話を参考に分析したら多分そんな感じだと思う」
何かを思い出したのか、桃華はポンと手を叩くと。スクっと立ち上がった。
「那由多で思い出した!!! 鍛錬の時間だった! 私、行ってくるよ」
そう言って、那由多の元へ駆け寄って行く。
那由多は、桃華には強くなる素質があると確信しているのか、毎日桃華と一緒に鍛錬をしている。
あわよくば、あの時の桃華の変化をもう一度引き出して、それを自由自在に使えるようにと考えているようだ。
これは、先日那由多が言っていた四天王の話が影響しているのだろう。
那由多は自分がこうなった以上、次に降りてくるのは四天王だと言っていた。
「四天王と闘う事になっても、僕は手を貸さないよ 後、紗倶羅は強いからね」
そんな事を言っていたのだ。紗倶羅とは、多聞天の娘らしい。
浩介にとっては次々に天女が降りてくるのはいい事である。
だが、さすがにそういう事も言っていられない気もしていた。
「ん?」
誰かに呼ばれた気がした浩介は、不意に空を見上げる。
雲一つない綺麗な青空だ。
「考えても仕方がないか。なるようななるさ!」
大きく伸びをした後、昼食を作る準備を始める。
空臥と凛は仕事中なので、量的にはまだマシか、と思いながら、炎輝を呼び寄せ調理を始める。
「ふぅ……今日は何を作るかなっと」
浩介にとって日常と化してしまった一日がまた始まる。
それは、騒がしくも楽しい日常なのだ。