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戦天女の黙示録  作者: 平平
二章 夜叉の子 那由多
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其の四

 二人が闘う場所は当然、浮島になる。

 まだ自分で立つ事が出来ない浩介は、空臥におぶられていた。

「お前達って馬鹿だろう? いや、馬鹿だ! なんでこう……すぐに力で解決って結論になるんだ? お前達見てるとさ、高校入学後に『お前どこ中だよ?』とかいって息巻いてる奴らを思い出してしまうぞ」

「浩介が何を言っているのか分からないが、俺達にとって『強さ』というのは……うーん、なんて言えばいいんだろうか? 自分が此処に居ていいとか、生きていていいと思えるとか、そんな感じだ」

「存在意義……か」

 住んでいた世界が違うのだから価値観も違って当然。だが、他にも色々あるだろう? と言ってしまいそうになる。しかし、浩介は何も言わなかった。

「そういえば、お前のヘソの珠、消えたぞ」

「マジでか!!!」

「なぁ、さすがに話した方がいいんじゃないのか?」

 空臥の言っている事は至極当然である。他人に迷惑を掛けているのだから、説明の義務はあると思ってはいた。

 だが、自分の中の何かが、もう少し待て! と訴えているのだ。

「いずれ話す。だから……」

「分かった」

 その後、二人は無言のまま、浮島の中央に着くまで会話を交わす事はなかった。


 修羅刀を抜いた桃華は、いつもの様に気合を入れ、修羅刀の姿を大剣に変えると、二度三度振ってその時が来るのを待っている。

 一方、那由多は、左右の手甲をガンガンとぶつけた後、首を回したり、軽く飛んだりしていた。

 面倒くさそうにしている吉祥天が、気だるく手を挙げると。

「はい。始めちゃって」

 と、軽く始まりの合図を告げた。


 始まりの合図から三分が経過したが、お互い距離を縮める事なく円を描く様に動いているだけだ。

 那由多はともかく、猪突猛進な桃華が飛び込まないのは、相手の強さを肌で感じとっているからなのだろう。

 そろそろ我慢の限界がきたのか、桃華は地を蹴ると、低い体勢のまま〈修羅刀〉を斬り上げる。

 それをスエーバックで躱すと、ピリピリとした剣圧で那由多の前髪が揺らめく。

 更には、避けた体勢からサマーソルトキックの要領で桃華の持ち手を下から蹴り上げ後方宙返りする。

 持ち手を蹴られた桃華は〈修羅刀〉を手放さないようギュッと力強く握ると、袈裟斬りの体勢に入るが、那由多はそれをさせない。

 着地した瞬間、刀が上がってガラ空きになっている胴を狙い定め、肘鉄を叩きこんだ。


「うぐっ!」


 くの字になって顔が下がった桃華の顎先に、肘鉄からの裏拳をヒットさせると、身体を沈めながら一回転して足を払った。


「まだ続ける?」


 倒れた桃華を見下ろしながら、得意気な顔をして尋ねた。

 慌てて後ろに飛んで距離を取った桃華は、一度大きく息を吐く。


「当然でしょ!」


 特定の技を持たない桃華は、いつもの様、思うがままに〈修羅刀〉を振り回しながら那由多に突っ込んでいく。

 だが、その攻撃はどれも当たりはしなかった。

「ふぅ……期待外れもいいところだね。君は刀を振るう前に、僕に太刀筋を教えてくれてるんだよ? そんなのに当たる訳ないじゃないか」

「う、うるさいっ! 私はこれしか知らないんだ!!!」

 そう叫びながら、先程と変わらない攻撃を繰り返す。

「『斬る』ということを知らないんだね。君が繰り出している攻撃は、全て『叩く』とか『砕く』なんだよ。君が手にしている物は棍棒なのかい?」

 アドバイスを送りつつ、攻撃を簡単にいなしている那由多に、桃華は苛立ちを感じていた。そして、苛立ちは力みに繋がっていく。

 そんな桃華を見て、那由多は自分の行動を変えた。

 上から豪快に振り下ろされる〈修羅刀〉をスッと横に躱すと、目の前を通り過ぎていく〈修羅刀〉の剣背に、拳を叩き込む。

 急激に刀の軌道を変えられてしまい、一瞬手首がきしんだが、そんな事関係なく次の攻撃に移る。

 水平斬りを試みれば、しゃがまれた後、刀にアッパー、袈裟斬りだと、振り下ろす前に持ち手に蹴りが飛ぶ。

 ありとあらゆる攻撃を試みるも、全て刀、もしくは持ち手に攻撃されてしまい、全く相手にならなかった。

「懲りないねぇ……君の攻撃は雑過ぎるって理解出来ただろう? このまま続けても、絶対に君の攻撃は当たらない」

 那由多の言ったとおり、桃華の攻撃は何度も、何度も空を斬る。それでいて、那由多は決定的な打撃を繰り出そうともしない。正に蛇の生殺し状態のまま時間だけが過ぎていく。

 そろそろ那由多も飽きてきたのか、法具を狙っていた打撃が徐々に桃華の身体に変わっていく。

 上からの剣撃が来る前に回し蹴り。よろめく桃華を倒れさせないように、今度は逆から掌底、更には顎を上げる様な下からの飛び膝。

 前のめりに倒れそうになると腹に双掌撃。そして顔面に左右の拳で連打を叩き込む。

 完全に両膝をついてしまった桃華に、追い打ちをかけるように踵を落とすと、那由多はこれで終わったと確信して背を向けた。

 完全に地面に伏してしまった桃華はピクリともしない。

 やれやれ、やっと終わったかと吉祥天が立ち上がろうとしたその時、桃華は不死鳥の如く立ち上がった。

 その視線は虚ろで、意識があるのかさえ分からない。

「……諦めが悪いんだね。そういうのは嫌いじゃ……」

 那由多の言葉は最後まで続かない。振り返った那由多が見た桃華は先程までとは違っていた。

 背中が風船の様に膨らんで盛り上がっている。どうみても筋肉ではない。この異常な光景に那由多は一歩、二歩と後ずさりする。

「三面六臂!!!」

 吉祥天がそう叫ぶと、那由多は大きく後ろに飛び、今までとらなかった構えをとった。


 桃華は自分の目に映っている那由多がハッキリ見えていない。

 意識はしっかりとしているはずなのに、身体が思い通りに動かせない。

(……くっ、何なのこれ? 背中が熱い! 視界が……どうして? どうして、正面はぼやけているのに左右はハッキリ見えるの?)

 身体の異変に戸惑っていた桃華だったが、すぐに何が起こっているのか理解した。

(そう……三面六臂に目覚めるのね)

 阿修羅一族としてはとても名誉な事だ。桃華もずっと望んでいた覚醒なのに、心は穏やかではない。左の視線の先にいる浩介達が気になって仕方がない。

(……そうか。私は見られたくないんだ。あいつと……違う! 他のみんなと違う姿になるのが怖いんだ……誇らしいはずなのに、望んでいたはずなのに……私は、みんなと同じ姿がいいと願っている!)

 桃華は、自分の中から湧き出てくる衝動を、開放ではなく、強引に押さえ込んだ。


 膨らんだ背中が徐々に元に戻っていく。それを見た吉祥天は大きく溜息をついた。

「あの子……三面六臂を捨てたわ。強くなりたいクセに馬鹿じゃないの」

「どういう意味だよ?」

 何も知らない浩介は吉祥天に問いかける。

「三面六臂に覚醒するチャンスは一度だけ。それを逃すと二度と訪れないのよ。――そして、あの子はそのチャンスを自分から捨てた。――全く、何考えてるんだか……」

 膨らみもなくなり、元の状態に戻った桃華を、嘲笑うように那由多が近づいていく。

「自ら強さを拒否するなんて、君は本当に阿修羅王の娘なのかい?」

「ほんと……自分でも信じられないよ。でも、〈修羅刀〉は私に強くなれ! と言ってくれている!」

 桃華の手に握られていた〈修羅刀〉が大剣から元の姿に戻っていく。

 何かを感じた那由多は、再び距離を取り〈冥狼砕牙〉を構えた。

 青白い光を放ちながら〈修羅刀〉は形を変えていく。その変化に呼応したかのように、桃華の赤い髪が根本からゆっくりと色を変えていく。

「三面六臂にはならなかったけど、その力を〈修羅刀〉が受け取ってくれた! 私は、まだ、強く、なれるっ!!!」

 桃華は〈修羅刀〉を天に掲げると、髪の色が空の様に青く染まっていた。

 掲げている〈修羅刀〉も大剣ではない。例えるなら日本刀。鍔が無い故に、一瞬木刀に見えそうだが、陽の光を浴びて反射するそれは、正しく『斬る』ことに特化した姿だ。

「正直、自分に何が起こっているのかさっぱり分からない。でも、あなたに勝つために〈修羅刀〉が手を貸してくれているのだけは、分かるっ!」

 桃華が那由多に向かって飛び出すが、先程までとは明らかに違うものがあった。それは速度だ。急激に早くなった桃華に驚いた那由多だったが、対応しきれない速度ではない。ただ、避けるという行動を取る前に、反射的に交差させた〈冥狼砕牙〉を上げて受け止める。そう、那由多は初めて防御の体勢に入ったのだ。

 鈍い金属音と共に、ぶつかり合う〈修羅刀〉と〈冥狼砕牙〉。

(刀の扱いはまだまだ未熟。それでも、僕が防御を取らされた……でも、さっきまでの力強さがない)

 確かに速度は上がった。だが、その代わりに力強さが失われている。その証拠に、先程までの力で振り下ろされていたのならば、この〈修羅刀〉を防ぐ事なく〈冥狼砕牙〉ごと腕を斬り落とされていたはず。


「一長一短だね!」


 那由多は、桃華の腹を思いっきり蹴ると、その反動で後ろに下がる。

 下がった那由多は次の攻撃に備えようとするが、桃華に動きがない。ないというより、さっきの蹴りの影響で膝をついていた。

(何気ない、立て直すための蹴りを受けって苦しんでいる? そうか! 防御力も下がっているんだ! 力と防御を代償に速度を得たんだね。でも、そんな事が出来るのかな? それも〈修羅刀〉の力……って事?)

 考え事をしている間に、なんとか立ち上がった桃華は、今まで見せた事もない構えで那由多を見据えている。

 両手で刀を握り、その手を自分の身体に引き寄せ、刀を水平にして切先を正面に向けている。

 そう、これは突きの構えだ。


「!!!」


 その構えに那由多が気づくのが少し遅かった。そう、ほんの少しだけ。

 今、那由多の目の前に桃華がいる。


「ぐはっ……」


 那由多が口から漏らしたのは声と……血だ。

 一瞬で懐に入られた那由多の脇腹には〈修羅刀〉が突き刺さっている。このまま上に斬り上げられたら全てが終わる。

 那由多は慢心していた。相手の分析に神経を集中させすぎていた。闘いの最中、目の前にいる敵から目を切ったのだ。

 今まで夜叉王に散々言われ続けていた事。そして瑠璃が言っていた「相変わらず」という言葉。

(ははっ……そうだよね。何事も本気で……相手を見下すな……当たり前の事を怠っていた僕が悪い……ははっ、今更か)

 後悔している那由多だったが、いつまでたっても桃華に動く気配がない。

 那由多はこの時ようやく気がついた。桃華が自分にもたれかかっている事に。持てる力全てを使い果たしなのか、意識が失くなっている。だが、両手の〈修羅刀〉だけはしっかりと握られていた。

 那由多は桃華の手を上から覆うと、そのままゆっくりと脇腹の〈修羅刀〉を抜いていく。倒れそうになる桃華をもう片方の手で支えながら〈修羅刀〉を抜くと、ピクッと動く桃

華の手に警戒する。まだ闘う気なのか? と思ってしまうのは、桃華の本気度の影響なの

だろう。

 那由多は桃華を受け止めると、そのままゆっくりとその場に寝かせた。

 これで終わった。と桃華に背を向けて歩き始めた那由多だったが、背後に違和感を感じて慌てて振り返ると、そこには刀を持たずに構えだけとって立っている桃華がいた。

「物凄い執念だね……いい意味でさ。僕にはないものだよ。君は強い! いや、強くなる! だから、今は休みなよ?」

 脇腹を押さえながら、意識のない桃華に話しかけるが、当然返事があるわけでもなく、桃華はヨロヨロとフラつきながら近づいてくる。髪の色はいつもの赤い色に戻っていた。

「そうか……僕が本気を出していなかったから怒っているんだね? 同じ倒れるにしても、本気の力で倒れたいんだね?」

 那由多が感じた事が正しいとは限らない。それでも、それが正しい! と〈冥狼砕牙〉を二度叩く。


「僕の全力を以って、君を倒す!」


 腰を落とした那由多は、両手を腰に据え、正拳突きの様な構えをとると、ゆっくり息を吐き続ける。

 完全に息が吐き終わると、手甲の上当たりにあった牙の様な装飾が、ガチンと音を立て拳の前に出てきた。

 両手を重ねて前に突き出すと、右の手の甲を上に、左の手の甲を下にする。

 拳の前には、まるで獣の口の様に上下に牙を光らせている。


「死なないと信じてるよ! いっけぇぇ!! 〈狼牙血裂覇(ろうがけつれっぱ)〉!!!」


 獣の口が眩く光り、まるでレーザービームの様な気弾が放出された。

 意識がないはずなのだが、桃華の表情は笑っている風に見えた。

(そうか。満足してくれたんだね。僕も満足だよ。ありがとう、桃華!)

 那由多が放った〈狼牙血裂覇〉をこのまま食らってしまうと、いくら赤髪に戻った桃華でも耐える事は困難だ。

 マズイと思った吉祥天は大声で叫ぶ。


「宇賀ちゃん!!!」


 その声を聞いた弁財天は、指先から出ている弦を思いっきり引き寄せる。

 弁財天は、那由多が明らかに違う構えをとった時点で、桃華に弦を絡ませていたのだ。

 間一髪で〈狼牙血裂覇〉から逃れた桃華は、弁財天の膝枕で寝息を立てている。

 〈狼牙血裂覇〉が通り過ぎた大地に、一本の刀が突き刺さっている。

 吹き飛ばされる事もなく、その場で悠然と立っていた〈修羅刀〉は、まるで勝ち誇ったかの様だ。

 そして、今か今かと待っている。桃華の手に戻る事を。


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