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戦天女の黙示録  作者: 平平
二章 夜叉の子 那由多
31/37

其の二

 気配と断つ事が得意な夜叉一族の中でも、特に優れている那由多は、誰に気づかれる事もなく、廃寺に侵入し観察を続けていた。

 頻繁に出入りしているのは三人。浩介、空臥、凛だ。

 特に怪しい動きもなく、平和そのものだ。

 那由多は、木の実を噛じりながら考える。

(このままでは埒が明かないね。……やはり、あの結界の奥を調べるしかないかな? それにしても……この結界、誰が作ったのだろう?)

 二重結界は特段珍しいものではない。他と違う何かを挙げるなら、質が違いすぎるという事だ。

「張った者が違う……?」

 外の結界よりも数倍高度な内の結界。外が吉祥天なら、内は?

 法術に長けている者。……那由多が最初に思い浮かべたのは瑠璃だったが、それはありえない。吉祥天よりも強力な結界を張れるはずがないのだ。

 結界の前まで辿り着いた那由多は、いつもの三倍考える。

「……やっぱりダメだ。見つからずにこの結界を通るのは無理!」

 頭が無理と判断した瞬間、那由多は隠密行動をとる事そのものを諦めた。

 そして、ゆっくりと結界に手を伸ばしていく。

「これで誰かが僕に気づいてくれるはず……」

 結界に触れた瞬間、全身の毛が逆立つ程に空気が震えた。

 中に入ろうと、触れた手を押し込んでみるが、全てのものを跳ね返す盾のように硬い。

 奥に見える建造物に近づく事が出来ない以上、異変に気づいた誰かを待つしかない。

 那由多は、一先ず身を隠し、結界に触れた場所を監視する。

 時間にして数分といったところか? 予定通りに人が現れた。だが、想像していたのとは違う。その人物は結界の中、見えていた建造物から現れたのだ。

(!!! 参ったなぁ。まさか、中に誰かが居たなんて……という事は、あの男を守るための結界か?)

 歩いてきた男は、難なく結界を通りぬけると、マヌケな顔でとある一点を見つめている。

 その視線の先には、那由多が身を隠している。

(バレている? それにしても、誰なんだ? 法力を感じないという事は人間? いや、人間に見つかるワケがない!)

 否定する感情とは裏腹に、男の視線は確実に那由多を射抜いている。

 観念した那由多は覚悟を決めた。


 那由多は男の前に姿を現すと、掌を何度か動かし始めた。

「血気盛んなのは悪い事ではない。が、まずは話し合いの方がいいと思うが?」

「…………」

「ふむ、まずは、その殺気を解くがよい! 夜叉王の子よ」

 最後の言葉を聞いた瞬間、那由多は距離を詰めた。

 電光石火とは正しくこういう事だろう。

 骨と骨が当たる音が鈍く鳴り響く。

 いつそれを繰り出したのか分からない那由多の上段回し蹴り。そして、それを完璧な防御で防いだ男。

風に揺れる木々の葉音が静寂を切り裂く。

 蹴り足が戻りきる前に、男は軸足を払って那由多を転ばそうとするが、それを飛び上がって回避すると、その軸足で男の腹を蹴りつつ後方宙返りで距離をとり体勢を整える。

「ふむ、中々やるではないか」

 蹴られた腹を払いながら、男は笑っている。

「……何者? 僕の蹴りを受けきる人間なんて存在するはずがない」

「何者か答える前に攻撃してきたのはそっちだろう? どうしてこうも血の気の多い奴らばかりなのか不思議でならん」

 男は呆れながらぼやくと、自分に戦う意志がないと、両手を上げて表現した。

 それを見た那由多も警戒のレベルを下げる。

「……どうして、僕が夜叉王の娘だと?」

「ほう、娘だったのか! それにしては……」

 舐め回すように身体を視姦する男。

 那由多は両手で胸を覆うと、キッと睨みつける。

「はははっ! これは失礼。――そうそう、質問に答えないとだな。その手甲は〈冥狼砕牙〉ではないのか? それを手にする事が出来るのは、夜叉王の子だろう?」

 法具の事も知っているこの男は、間違いなく天上界の者だ。それに自ら話しをしてくれると言っているのだ。これに乗らない手はない。

 那由多も拳を降ろし、交戦の意志がないと示すと、男はニッコリと笑いながら、那由多を結界の奥へと誘った。


 ボロボロで今にも崩れそうな本堂の中に入ると、一体の仏像と、その横に立てかけられている錫杖に目線を奪われた。

「まずは座るがよい」

 那由多は男の正面に座ると〈冥狼砕牙〉を外し、自分の前に並べた。

「ふむ。礼節をわきまえるのは良い事だ。――私の名は天如。とはいっても仮の名だがな」

「僕の名は那由多。知っての通り夜叉王の娘だ」

「……那由多、良い名だ。まずはこちらから聞こう。何故、人間界に?」

「今、答える必要はない。そちらの話を聞いてから、僕が判断する」

「夜叉一族らしい答えだ。いいだろう。――その前に吉祥天を同席させたいのだがよいか?」

「問題ないよ。待っていればいいのかな?」

「いや、もう来ているさ。――さっさと入ってきたらどうだ?」

 天如の言葉で、本堂の外で立ち聞きしていた吉祥天が姿を現す。

「はぁ……面倒事に巻き込まれた気分だわ」

「そういうな。予想に反して夜叉一族が動きだしたのだ。こちらもコソコソしている場合ではなくなった」

「予想?」

「えぇ。私は次に人間界に降りてくるのは四天王だと思っていたのよ。それならまだ誤魔化しきれる自信はあったんだけどね。……夜叉王絡みだと、いずれ全てバレてしまう。それならあなたをこっち側に取り込んだ方が早いのよね」

 那由多は何を言われているのかサッパリ分からない。

「じゃあ本題。まずは私の横にいるコイツ! 天如なんて名乗ってるけど、本当の名前は梵天よ」

 話の冒頭でいきなり那由多は驚愕し、困惑する。

「えっ? な、何を言っている?」

「まぁ、ビックリするわよね。今、天上界で梵天を名乗っているのは、息子の飛舞よ。――さて……どこから説明しようかしら?」

 吉祥天は暫く考えた後、梵天の顔を確認する。静かに頷いた梵天を確認すると、自分で話なさいよ! と言いたげな目で睨みつけると。ため息混じりに話を始めた。


 帝釈天とは違い、一つの場所に留まらない梵天は、ある日、強大な業魔の気配を感じ取った。

「そして、その業魔に取り込まれたのが飛舞。……違うわね。飛舞は業魔を取り込んだのよ。自分の中に業魔を封じ込めた飛舞は、梵天に自分が退治したと報告したわ。その時に気づいていれば良かったんだけど、飛舞は誰にも気づかれないように自分の中で業魔を飼い続けた」

 那由多自身、業魔と戦い続けた身。業魔の事はよく知っているつもりだ。

「ちょっと待って! 業魔を取り込むなんてありえない! あれに触れると負の感情が流れ込んでくるんだ! それを許容するなんて……聞いた事がない。 すぐに心が壊れてしまうはず……」

「普通はそうよね。でも、飛舞は違った。ただそれだけの事よ。業魔の力を得た飛舞は強くなった。――そして、飛舞は梵天の信仰力を奪った」

「……そんな事……ありえない」

「そう、ありえないのよ。信仰力を奪うってのは、言い換えれば継承の儀が出来るって事よ。それは菩薩部や如来部にしか使えない力」

 話が大きくなりすぎて那由多の理解の範疇を超えていた。

「可能性は二つよ。飛舞が取り込んだ業魔が菩薩部か如来部で発生した業魔か、それとも、飛舞の背後に菩薩部もしくは如来部の誰かが居る。どちらにしても大問題よね?」

「当然だ! 天上界の存続に関わる!」

「そうね。――ちょっと話戻すわよ。信仰力を奪われた梵天は継承法具を持ってなんとか人間界に逃げ込んだ。継承法具のない飛舞は梵天の信仰力を自分の物に出来ない。だから飛舞はずっと梵天を探しているのよ」

「……飛舞から守るための結界がこれ……なんだね?」

「そういう事だ。この結界は俺が張った」

「信仰力を無くしても、梵天本来の法力も失くしたわけじゃないからね。でも、この結界に全てを使っているから、このおっさんはちょっと丈夫な人間ってところかしら?」

 那由多は合点がいった。最初に見た時のあの感じは、法力が無かったのではなく、使いきっていたからだと。

「それなら、どうして須弥山は動かない? 飛舞の事を報告して動けばいいんじゃ?」

「そうね。そうした方がいいのだろうけど、ここからは私の都合」

「どういう事?」

 問いかける那由多に、吉祥天は少し休憩を入れましょうと言って、一旦本堂の外に出る。

 那由多は今聞いている話が予想外すぎて、どのように処理すればいいのか分からずにいた。

「どうしてお前にこんな話を伝えてると思う?」

「……それは、夜叉一族が動けば、いずれ発覚するから……」

「そういう事だ。お前がここで退き、何も聞かなかった事に――」

「それはありえない!!! それこそ夜叉一族の名に泥を塗る事になる! 僕は、夜叉一族を任されたんだ! ここで退く事は出来ないっ!」

 梵天はそう言うと思っていたと、興奮した那由多を落ち着かせると、一息入れた吉祥天が戻ってきた。


 戻ってきた吉祥天は、先程とは違い、少し顔をしかめている。どうやら自分の話をするのが嫌らしい。それでも、重たい口をゆっくり開いていく。

「はぁ……じゃあ続きね。私の話の前にまずは須弥山に言わない理由を言っておくわ。――飛舞の、もしくはその背後の力に対抗するには、こちらも菩薩部や如来部の力が必要になるの。一方的に信仰力を奪われるだけになってしまうでしょう? でも、力を借りる事が出来ない。分かるわよね?」

「空居天への道が閉ざされているから?」

「そう。――阿修羅王と帝釈天の戦い以降、空居天との行き来が出来なくなってしまった。負け戦と分かって戦う方がいい?」

 那由多は何も答えない。いや、答えられない。

「さて、今度は私の話。あなた、黒闇天討伐の話は知ってる?」

「話だけは。名のある神で初めて死者がでたという話だ」

「そういう事になってるわね。知ってるだろうけど、黒闇天は私の妹よ。――黒闇天は生まれた時から厄災を振りまく神だったわ。本人の意志とは無関係にね。黒闇天の周囲には瘴気が発生して、ありとあらゆるものを朽ちさせていってしまう。その範囲が徐々に広がってきた事で、帝釈天とこの野郎が討伐命令を出したの」

「酷い言われようだが、王としては当然の事だろう?」

「えぇ、帝釈天もあなたも何も間違っていない。同じ立場なら同じ命令を出していたわ。でも、私は王じゃなかった。そして、正しいからといって納得出来るわけではないのよ」

「済まないとは思っていたさ」

「別に懺悔なんて必要ないわよ。恨んでもいないわ。恨み妬みは業魔の元だしね。ただ、帝釈天もあなたも大っ嫌い」

 帝釈天と梵天が吉祥天に引け目があるのはこのせいだ。

「私を喜見城に呼び出して、時間稼ぎをしている内に討伐する。そういう算段だったのだけど、誰も私を止められなかった」

「あの時は怖かったぞ。お前の〈紫鏡〉に対抗出来るのは俺ぐらいだしな」

「ふん! ――討伐隊の指揮を執っているのが阿修羅王と知って私は狼狽したわ。須弥山最強だもの。私だけでは止める事が出来ないと思ったの」

 黒闇天討伐の頃と言えば、那由多を含め神々の子供が生まれていない時代だ。初めて知る真実に那由多は興味を惹かれ聞き入っていた。

「黒闇天は心優しい子だったから、討伐されるのも快く受け入れるだろうと分かってた。だから急いだの。――私がその場に辿り着いた時、そこには黒闇天、阿修羅王、そして韋駄天だけがいた。そして、私の目の前で阿修羅王は黒闇天を斬った」

「…………」

 那由多は黙って聞いている。

「当然、私は激怒して阿修羅王に跳びかかったわ。――でも、阿修羅王は妹を助けようとしてくれていたの」

「どういう事?」

「阿修羅王が手に持っていた物は〈修羅刀〉ではなく〈魂伏(たまふせ)〉だったの」

 聞き慣れない言葉に那由多は困惑する。

「〈魂伏〉は肉体と魂を切り離す法具。法具自体はただの短剣。その短剣に空居天の神が特別な供物を代償にして魂を切り離す力を授けるの。〈魂伏〉は神格が同じ神には通用しない。如来同士で魂を切り離す事は出来ないの。格下への罰を与えるための法具……というよりは法術の類ね」

 その〈魂伏〉を使ったという事は、それなりの供物が捧げられたという事になる。那由多はそこが気になって仕方がなかった。

「知りたいんでしょう? その代償が」

「……うん」

「その時の〈魂伏〉の代償は……阿修羅王の真言よ。――阿修羅王は、不動明王に掛けあって自分の真言を捧げたの……」

「!!!」

「ビックリするわよね? 馬鹿じゃないって思ったもの。――魂が切り離された黒闇天の身体は瘴気が発生しなくなっていた。当然、このまま放置していれば魂は身体に帰ってしまう。だからといって、魂を戻さなければ肉体は朽ちていく」

「……手詰まりじゃないか」

「だから、黒闇天の肉体を地獄界へ送る事にした。魂だけの世界。地獄界には肉体という概念がないわ。だから朽ちる事がない。――そして、韋駄天が黒闇天の身体を空居天の夜摩天の元まで運んで、そこから地獄界に送った」

「じゃあ、吉祥天の目的は……」

「えぇ、妹の復活よ。あの時、阿修羅王が私に言ってくれたの。黒闇天が消える必要はないって! お前は妹のために頑張れって! 私達のために真言を捨てた阿修羅王の言葉に私は従った。誰が敵になろうとも、誰に嫌われても、絶対に妹を元の姿に戻すのよ!」

「…………」

「その後、阿修羅王と帝釈天の戦いが始まった。私はどちらにもつかなかった。妹を救う事しか考えてなかったから。――でも、その戦いの後、空居天への道が閉ざされた。私が地獄界へ行く手段が無くなったのよ。未だ妹の瘴気を抑える方法は見つからない。けど、いつでも地獄界へ行ける準備だけはしておかないといけないの」

「そこで私の登場だ。吉祥天は地獄界に行く他の方法を知っていた。そこで必要なのが、私の継承法具〈不浄六界(ふじょうろくかい)(しゃく)(じょう)〉だ。――だが、その時すでに俺は人間界に逃げ落ちていた。吉祥天は俺を探す際に飛舞が梵天の名を語っている事を知った。ありとあらゆる手段を用いて、俺が人間界に居る事を知った吉祥天は、弁財天を騙して自分が人間界の任についたのだ」

「天上界に何かが起こり始めたのは最近じゃなかったのよ。目に見えて変わり始めたのが最近ってだけのこと。その中心にいるのは……多分、浩介ちゃんよ」

 ここで突然、那由多の知らない名前が飛び出した。

 それは、監視している際に何度も見かけた人間の事だろう。

「その人間が菩薩の力に目覚めるから、飛舞にとって邪魔になるという事?」

「うーん、多分そうじゃないわ。向こう側の理由は分からないけど、それほど浩介ちゃんを重要視してる訳じゃないはず。――弥勒菩薩は、多分予測してたのでしょうね」

「予測?」

「えぇ。天上界で争いが起こる事を予測していた。もしくは、知らされていたのかも。こちらも知らない事が多いのよ。言える事は一つだけ。遅かれ早かれ大きな戦いが起こるのは避けられない」

 吉祥天は自分の知っている情報を全て開示することはなかった。

 妹を救う事が最優先である吉祥天にとって、たとえ須弥山が滅んでしまっても構わないという覚悟をもって行動しているのだ。簡単に全てのカードを晒す訳にはいかない。

(浩介ちゃんが本当に転輪聖王になるのなら……黒闇天を救ってくれるかもしれない。どちらにしても、浩介ちゃんを手放す事は出来ないわ)

 考え事をしている吉祥天をよそに、梵天は那由多に語りかける。

「どうだ? 私達の手助けをしてはくれないか?」

 その言葉に、那由多はとても嫌な顔をして睨みつける。

 いずれ情報漏洩してしまうとはいえ、敢えて先に話を聞かせたのは、那由多の選択肢を狭めるためだったのだろう。

「ここで、僕が『嫌だ』と答えた後、どうなるか考えると、答えは一つしかないよね? ただ、須弥山の危機って言われても、すぐに『そうですか』と思えないよ!」

「では、どうする?」

 そう言った梵天の声はとても低く、横に立っている吉祥天の目はまるで獲物を狙う目だ。

「今は味方にはなれない。でも、さっきの話を天上界に報告する気もない。そして、このまま帰る気もない。――そこで、相談なんだけど、僕を傍に置いてくれない?」

「ふむ、見定める……そういう事だな?」

「そう。手助けをするかどうかは、後で決める。あなた達の不利になる様な事もしない」

 要するに、コソコソと監視するのを止めて、堂々と観察して結論付けると言っている。

 ただ、那由多にはどうしても引っかかる部分があった。

 いくら夜叉一族とはいえ、この話を突き詰める事が出来たのだろうか? という疑問だ。

 弥勒菩薩の件で色々と調べ始めたのは最近だが、梵天に関してはかなり前から調べていたはずなのだ。それでも何も分からなかった。敢えて那由多に情報を開示した意味が分からないのだ。

「そうね。私は別に構わないけど……」

 那由多の条件を飲むと言っている割に、憂鬱な顔をしている吉祥天。この後出されるであろうもう一つの条件に何となく気づいてしまっているのだ。

「後、個人的な事なんだけど」

 やっぱり、と深く溜息をつく。

「阿修羅王の子と手合わせがしたい!」

 どうして皆、こうも好戦的なのだろう? それが神だからと言われればそれまでなのかもしれないが、吉祥天自身、強さに何の執着もない故に理解し難いのだ。

「はぁ……別にそれはいいんだけど、那由多ちゃん……長いわね。面倒くさいから、なーちゃんでいいわ。――そうね! これからみんなの事も同じ感じで呼ぼうかしら!」

 吉祥天は今、この瞬間、全員の呼び方を変える決意をした。この法則でいくと一人だけ可哀想な呼び名になってしまう。『りーちゃん』『えーちゃん』『きょーちゃん』『くーちゃん』『りーちゃん』『こーちゃん』。ここまでは特に問題はない。凛と杏はそのままでも問題ないだろうが、桃華だけは『とーちゃん』になってしまうのだ。

「な、なーちゃん?」

「そう。なーちゃん。で、なーちゃんは弱い者いじめが趣味なのかしら?」

「僕にそんな趣味はない!」

「とーちゃん……ちょっと変な感じね。ハッキリ言うと、桃華ちゃんに勝ち目がないわ。三面六臂に覚醒すらしていない上、神格が上のなーちゃんと闘ったら、ただの弱い者いじめじゃなくて? でも、言ったら戦いたがるわね……」

 サラッと聞き流そうとしていた那由多だったが、一部の言葉に違和感を感じる。

「??? 神格が上? 僕が?」

「あら? なーちゃんは自分の親の事とか、自分の強さの理由を知らなかったの?」

「??? はい? 僕の強さ? 何を言っているの?」

 どうやら本当に心当たりがない様子だ。吉祥天は顎に人差し指を添えて目線を上に上げている。

「ちょっと口が滑っちゃったみたい。どうしようかしら?」

 ごめんなさいと舌をチロッと出し、悪い顔をしながら梵天の方を見ている。

「……わざとだろう? まぁいい。那由多よ、知りたいのか?」

 どう答えるのか分かりきってはいたが、一応那由多に尋ねると、コクコクと首を縦に振っている。

「はぁ……仕方あるまい。天龍八部衆の一人である夜叉王だが、それは須弥山での立ち位置だ。本当の名は『金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)』。空居天に住まうとされている『五大明王(ごだいみょうおう)』の一人。須弥山で唯一の空居天の神。そして、空居天の神の子は那由多、ただ一人だけなのだ。――私達が秘密裏にしていた事を、お前に話した一番の理由が、金剛夜叉明王を敵に回したくないからなのだよ」

 那由多は、なんとも言えない顔で固まっている。精巧な蝋人形のようだ。

沢山の重要案件を聞かされた那由多だったが、一番驚いたのが、自分の父親についてだった。


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